第38話 露見

「ザンテ、其方がクリスの他に新たな弟子を取ったという話は聞いていないが、いつから弟子を取ったのだ?」


「は、その、十日ほど前になります」


「ふむ。そうなると、イネスとの模擬試合を行った辺りか」


「ザンテが魔素を取り戻した時期と重なりますね?」


「そういえば、ザンテよ。其方、冒険者ギルド主催のオークションで片眼鏡を買ったらしいな」


「しかも、性能も分からず使用者制限まで付いた売れ残りの品に二十五万ルメルも出したとか」


「それがその片眼鏡か?」


「はい。そうですが……」


「なるほど。ザンテが冒険者ギルド主催のオークションで片眼鏡を購入した。しかも、性能は冒険者ギルドの鑑定士でも正確に分からないような代物で、それも使用者制限付きだ。それを二十五万ルメルも出して購入した。そこまでならばただの笑い話だ。片眼鏡など、そこらの魔道具屋で五万ルメルも出せば立派な装飾の付いた立派なものが買えるからな。わざわざ得体のしれない、使えもしない片眼鏡を二十五万ルメルも出して買うなど酔狂としか言いようがないわけだ」


「ですが、それを購入した。しかも、使用者制限が掛かっているにも関わらず、ザンテは使用しています。そして、翌日の魔法騒ぎからライラ殿下の呼び出し、現役の宮廷魔法師への復帰、イネスとの模擬試合の勝利、洗礼の儀での護衛役の名誉を得て、それを見事やり遂げて無事に帰ってきました。その原動力となったのは魔素の復活です。失った魔素が再び復活するなどという神の御業とも言えることを成し遂げた。その契機は一体なんだったのか。実に興味深いですね」


「い、一体、何を仰りたいのですか……?」


「ずばり、その片眼鏡が其方の魔素復活の原因であろう!」


 国王が師匠の目元を指差して、いや俺を指差して叫ぶ。まるで、「どうだ」と言わんばかりに自信に満ち溢れた表情をしている。やっぱり、師匠に近い人が詳しく調べれば、分かってしまうんだろうな。それも国王と宰相なんていう権力の塊みたいな人に目をつけられたら、そりゃあ詳しくも調べられるだろう。


『これは、正直に話をしたほうがいいかもな』


「うむ。仕方があるまい。……国王陛下、宰相閣下。御明察の通りです。実は、この片眼鏡はユーマ・ヤスダという名の意思を持つインテリジェンス・アイテムです。ユーマの持つ膨大な魔素を魔力に変換してもらい、その供給を受けることで、再び魔法が使えることになったのです」


「…………今、なんと言った?」


「確か、インテリアがどうのと聞こえましたが、聞き間違えましたかね……?」


「いえ、間違いなくインテリジェンス・アイテムと申しました。この片眼鏡の正式な名前は暗黒竜の瞳と申しまして、難度Sランクダンジョン『暗黒竜の住処』の九十六階層より持ち帰られた、れっきとしたインテリジェンス・アイテムなのです。ただし、使用者制限が付いており、今のところ儂にしか扱うことができません」


「ま、誠にインテリジェンス・アイテムなのか……!?」


「そのようなもの、ここの宝物庫にもありませんからね」


 流石の国王と宰相も驚いているな。しかし、インテリジェンス・アイテムって本当に珍しいんだな。確か、以前聞こえてきたシステムメッセージも、俺のことはNo.29とかなんとか言っていたから、それほど多くはないんだろうなとは思ったけれど。他のインテリジェンス・アイテムを一度見てみたいな。もしかしたら俺みたいな異世界転生者だったりするかもしれないし。


「それで、そのインテリジェンス・アイテムにユーマとかいう意思が宿っていると言うわけか……」


「しかも、弟子にしたと聞きましたが、インテリジェンス・アイテムが魔法を使うのですか……?」


「いえ、今のところは魔法を使うことはできません。ですが、儂の代わりに詠唱を行うことはできます」


「……ふむ。もしや、先日の模擬試合で其方が見せた無詠唱魔法は!?」


「もちろん、儂も無詠唱魔法はできますが、儂に代わって光癒や雷痺を詠唱したのはユーマです」


「なるほど。魔法師の魔素消費を肩代わりしてくれるだけでなく、詠唱までも肩代わりしてくれるわけですか。他の魔法師たちからすれば羨ましい限りの弟子ですね」


「うむ。インテリジェンス・アイテムの存在を知っているのは、其方とクリスの他はライラと余とゴルシードだけに止(とど)めておけよ。使用者制限があるとはいえ、確実に命を狙われるからな。もちろん、クリスも」


「それに、薄々冒険者ギルドも気付いているのではないですか。国宝以上の価値があるインテリジェンス・アイテムを、たったの二十五万ルメルで手放したわけですから。彼らが買戻しを持ち掛けてくるかもしれません」


「はい。もちろん、周りには悟られないように十分気をつけるつもりです」


「私も十分に気をつけます」


「うむ。もし、其方らだけではどうにもならない状況になったら、余に献上すればいい。使用者制限が付いているとはいえ、インテリジェンス・アイテムを王家が持つというのは対外的にも様々な効果が得られるからな。クフフ、周辺国だけでなく遠方の国々との交渉事も楽になるかもしれん」


「そのようなことになれば、王城の宝物庫の警備も改めて見直しを行わねばなりませんね。何せ、世界中の盗賊たちから狙われるのに等しい状況となるのですから……。いいですか、インテリジェンス・アイテムを持つということはそれだけの大事なのです。二人とも、十分に気をつけなさい」


「ははぁっ!」


「承知致しました!」


 俺も世界中の盗賊に狙われるなんてのは御免だが、だからといって王城の宝物庫に入れられるなんてのはもっと嫌だ。それじゃあ、師匠を使用者に決めた意味がなくなってしまう。俺はこの世界のことをもっと知りたいと思うし、魔法を学びたいと思うし、何なら自分で使ってみたいのだ。本も読みたいし、手紙や書類なんかを読むのもいい。もしかしたら、冒険に出かけるのも面白いかも知れない。危険なのは嫌だけど。


 そんな風にこの世界を満喫したいのだ。せっかくこの世界に転生してきたのだから。それが王城の宝物庫で厳重に管理されて一生を過ごすなんて、耐えられる気がまったくしない。


『俺は師匠とクリス先輩と一緒にいたいんだ。王城の宝物庫なんて真っ平御免だからな!』


「儂だって、ユーマと離れるのは辛いからのう」


「お師匠様とユーマは一心同体ですからね」


『流石、クリス先輩はいいこと言うね』


 俺と師匠の話を察して、クリス先輩がそんなことを言ってくれた。本当に俺と師匠は一心同体というか、運命共同体なんだから、これはもう最後まで付き合うしかないだろう。


「ふむ。本当に誰かと話をしているようだな。それがユーマか?」


「私もインテリジェンス・アイテムと話してみたいですね」


「残念ですが、ユーマは儂を使用者に選んだ際に、アルスヴィズ神からスキルに制限を受けたようでして。使用者である儂としか意思疎通ができない状態なのです……」


「それは真か?」


「はい。そもそも、使用者制限により本来は儂も使用者として不適格だったのです。それをユーマがアルスヴィズ神に、儂を使用者として認めるよう願ったそうなのです。その結果、ユーマの持つスキルの幾つかが制限を掛けられてしまったようでして……」


「なんと、アルスヴィズ神への誓願ですか!? 本当に神の奇跡がもたらされたのですか!?」


「そのように聞いておりますが……」


「それは興味深いな。余も神には何度も祈ったことがあるが、聞き届けられたことはないからな」


「当然です! 神の奇跡など神話に出てくるぐらいですからね、そう簡単に起こることではありません! それが本当に起こったなど、到底信じられることではありません。ですが、インテリジェンス・アイテムならば、そういうことも可能なのでしょうか……」


 そんなことを言いながら、ぶつぶつと宰相の独り言が始まった。それを放置して国王が師匠とクリスに話し掛ける。


「ともかく、いろいろと合点がいったわ。そのインテリジェンス・アイテム、確かユーマと言ったか。それが魔力を供給していると分かれば、急にザンテが魔法を使えるようになったことも納得できた。ユーマよ、これからもザンテを頼むぞ。そして、ライラのことを頼む」


『任せてくれとは言えないが、できる限りのことはするつもりだよ』


「陛下。ユーマですが、任せてくれとは言えないが、できる限りのことはすると申しております」


「うむ。安請け合いされるよりよっぽど良いな。さて、余から話したいことは以上だ。ゴルシードは……もうしばらく放置するしかないか。今後の予定だが、ザンテへの名誉伯爵位授与はライラの十歳式で同時に執り行うつもりだ。式典に向けてちゃんと準備をしておけよ」


「それから、リーナスがいつ戻ってくるか分かりませんからね。いつでも王城からの呼び出しに応じられるようにしておきなさい。因みに、今回はどうやって王都に戻ってきたのですか? 王都からラーウォイ山まで馬車で三日掛かるというのに、まだ四日目の午前ですよ?」


 国王と話をしていたら、いつの間にか復活した宰相が話に加わってきた。あー、そういえばどうやって俺たちが戻ってきたのか、二人とも聞いて来なかったから説明してなかったな。拠点移動のこととか、隠身や魔素遮断なんかの説明は師匠に任せることにしよう。どうせ俺からは国王と宰相に説明できないし。


 さて、今頃リーナスはどの辺りを走っているのだろうか。姉弟子殿と師匠、クリス先輩の三人がいない馬車ならば、最高速で移動していることだろう。馬車の最高速がどれだけ出るのかは知らないけど、自転車くらいの速度は出るのだろうか。何にせよ、今日か明日には王都に戻ってくるはずだ。流石に三日も掛けて戻ってくるような危機感のない行動はしないと思う。


 しかし、もしもリーナスが王都に戻ってこなかったらどうする? まさかとは思うが、逐電したとなればそれはそれで王城は大騒ぎになるだろう。そして、その責任を負うのは誰か? 第一近衛騎士団の団長と、その責任者となる国王と宰相ではないか。王家を裏切っているとしたら、そういう可能性も考えられるな。


 他には生け捕りにした姉弟子殿を誰かに売り渡そうとしている、ということも考えられる。あぁ、もちろん俺たちは無事に巨岩をぶち壊して外に出れたし、王都にも戻ってきているのでその心配はないのだけれど。でも、もしもあのとき洗礼の洞窟の入口を塞いでいた巨岩が、魔法を一切受け付けない特殊な巨岩だったら、完全に詰んでいたはずだ。


 そんなことを考えると、急に恐ろしくなってきた。リーナスの行動に裏があるのかないのか。裏があったとして、何が目的なのか。何にせよ、姉弟子殿が命を狙われているのは間違いがなく、いつの間にか妙な陰謀に巻き込まれている気がしないでもない。怖いなぁ。


 暫らくの時間を掛けて、師匠により国王と宰相にここまで戻ってきた方法を伝えた結果、リーナスが戻ってきた際には連絡を師匠の屋敷に寄越すので、拠点移動で魔法師の訓練場に来るように伝えられた。どうやら、国王から事情をバーシャに事情を伝えてくれるらしい。それなら、事前に防護結界を使う必要はなくなるな。


 とりあえず、拠点移動したあと、誰にも見つからずに執務室に入ることができるのならば、特に問題はない。基本的には今日と同じ手順を踏むだけだ。執務室への順路は俺がちゃんと覚えているし、執務室に入る際の障壁通過も問題なく使える。


 いや、待てよ? それなら、反結界と隠身、魔素遮断の三つを使えば、直接執務室に拠点移動しても問題ないんじゃないか? などと思ったのだが、それは国王と宰相の二人から断られた。それから、次回執務室を訪れるときは中に入り次第、隠身と魔素遮断は解除するようにと言われた。いきなり何の気配もなく声を掛けられるのはやはり嫌だったようだ。


 国王と宰相と今後についての話し合いが無事に終わり、師匠とクリス先輩は王城を去ることになった。姉弟子殿は既に休んでいるだろうから、次に会うのはリーナスが王城に現れた時だろう。それまでの束の間の休息だ。ゆっくりと休ませてもらうことにしよう。

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