第28話 応用
俺が魔素探知のスキルを獲得したところで、何か状況が変わることなんてないと思っていたのだけど、ひとつだけ変わったことがあった。それは、師匠が広域探索の魔法をやめて、代わりに俺が魔素探知で索敵するようになった点だ。
負荷分散と言えば聞こえはいいけど、俺みたいな素人に重要な仕事を任せるのはリスク管理的に問題があるんじゃないかな。まぁ、皆の命に関わることだから当然頑張るんだけど、もう少しホワイトな環境で働きたいなとは思う。
とはいえ、魔物の気配はあるものの、師匠の封魔の魔法によってそれらが目の前に出てくる気配はない。それはありがたいのだが、個人的には魔物というリスクは排除したい。つまり、魔物は殲滅しておいたほうが結果として身の安全に繋がると思うのだが、どうだろうか。
一度今回のパーティーの戦力を俺なりに分析してみよう。師匠、クリス先輩、姉弟子殿の三人全員が魔法師だ。火力は高いと思う。その半面、紙装甲というか、守備力に課題がある。
一応、姉弟子殿は金属製の胸当てと籠手を身に付けているが、他の装備は軽装だ。姉弟子殿でもそうなのだから、師匠とクリス先輩がどんな装備かなんて察することができるだろう。革の胸当てを身に付けているものの、いつものローブ姿なのだ。クリス先輩に至っては荷運び役ということで背負子を背負っている。そして、皆の武器は杖のみだ。装甲だけでなく、機動力にも課題があるな。
遠距離からの先制攻撃で魔物を殲滅できるのならば問題はないが、もしも近接戦闘をしなければならない状況になると途端に危機的状況に陥るだろうというのは容易に想像できる。うん、やっぱりできるだけ魔物と遭わずに戦闘は回避するのが正解だと思えてきた。
せめて、前衛がいたらなぁ。などと思ったが、本来ならば第二近衛騎士団の騎士が姉弟子殿を護衛するはずだったのだ。ということは、今洞窟の前で馬車を見張っているリーナスが本来の護衛役だったはず。彼ならば魔物を撃退しながら先へと進んだのだろうか。
でも、今のような状況に対して彼はどう対応するだろうか。不測の事態が発生した時こそ経験がものを言う。護衛の経験が豊富そうなリーナスならばどのように対応するのかが気になった。気になったと言えば、師匠の護衛というか戦闘の経験だ。長年宮廷魔法師として活躍していたのであれば、護衛はともかく戦闘の経験は相当あるはず。
実際、洗礼の洞窟までの道中は広域索敵で敵性勢力を見つけると、瞬く間に得意の水魔法で殲滅していった。敵性勢力と言ってているのは、何も魔物だけではなかった。おかげで、使うつもりがなかった革の袋が役立つことになってしまった。それはともかく、師匠は戦闘には慣れていると思う。でも、近接戦闘となるようなことがあればどうするつもりなんだろうか?
『もしもの話だけど、魔法師が近接戦闘をしなければならなくなったら、一体どうすればいいんだ?』
「うむ、その時は……」
『その時は?』
「逃げるしかないのう」
逃げるのかよ! と思ったが、魔法師が戦闘をするにあたって、やはり詠唱時間が課題になってくる。つまり、詠唱中を狙ってくるのは何も魔法師殺しのイネスに限った話ではないということだ。
詠唱ができない魔法師は戦場において格好の的でしかなく、何の役にも立たない。だからこそ、先日の模擬試合で師匠が使った無詠唱魔法が大きな効果を発揮したのだが、初級魔法しか使えないとなると実戦では牽制以外に使いどころが難しい。
そうなると、俺が詠唱代行のスキルをどれだけ上手く扱えるかが勝敗のポイントになるわけだ。正直、プレッシャーを感じる。
『俺の詠唱代行も重要になるな……』
「その前に敵を近づけない努力が必要じゃの」
『なるほど』
確かに、そもそも敵を近づけない努力というのは魔法師として重要な役目かもしれない。なるほど、そのための広域索敵であり、サーチアンドデストロイなのか。それに封魔や罠探知の魔法も。戦闘における魔法師というロールが何となく分かってきたぞ。
でも、俺は戦闘らしい戦闘なんて、師匠とイネスとの模擬試合しか経験したことがないから、上手くやれる自信がない。
もしも、近接戦闘をしなければならない状況になったら逃げるしかないというけど、今回は師匠と二人だけで逃げるわけにもいかない。まずは護衛対象である姉弟子殿を師匠とクリス先輩の二人で守る必要がある。そして、それを踏まえての撤退戦を行うことになるのだ。これは相当大変なことだと思う。はたして、素人の俺なんかが役に立てるのだろうか?
うん、これは何か対策を考えておいたほうがいいな。そう思っていたら、次の階層に進む階段が見つかった。
『魔素探知完了! 周囲に魔物の気配はなし。階段の奥からも魔物の気配はなし。このまま進んでもいいんじゃない?』
「うむ、儂もその認識じゃ」
『おいおい、任せてくれてたんじゃなかったのか?』
「任せておるよ。儂の広域索敵はただの予備じゃよ」
「ユーマは何と言っておるのじゃ?」
「殿下、周囲からも階段の奥からも魔物の気配は感じられないと言うております」
「ふむ、問題ないのであれば先を急ぐぞ!」
そう言って姉弟子殿が階段に足を踏み入れたその時、再びズシンと強い縦揺れが襲った。洞窟の天井から土埃がパラパラと頭に落ちてくる。それを皆が手で振り払っていると、再び「グォォォオオオッ!」という唸るような声が階段の奥から響いてきた。
皆の足がすくむのが分かった。未だに俺の魔素探知には何も引っ掛からない。だけど、得体のしれない何かがこの洞窟の奥に潜んでいるのは間違いないと確信していた。嫌な予感しかしない。
『……どうする、引き返すか?』
「いや、まずは状況を確認する必要がある。それに、ユーマの魔素探知にも儂の広域索敵にも何の反応もないというのも気になる。殿下はいかが思われますか?」
「うむ、引き返すにしても正当な理由が必要じゃ。ただの地揺れや魔物の唸り声に怖気づいて逃げ出したとあっては、王族の名に傷がつくからの。せめて、正体くらいは確認しておかんとな!」
「そういうことでしたら、殿下は次の階層からは私の後ろに下がって下さい。殿下にもしものことがあってはいけませんから。ご安心ください、私が身代わりになってでも必ずお守り致します」
そう言ってクリス先輩が姉弟子殿の前に出る。つまり、師匠を先頭に、真ん中にクリス先輩、最後に姉弟子殿という隊列になったのだ。うん、何か前方でトラブルが発生した際に姉弟子殿を先頭に逃げ出すことができるというのはいいかもしれない。その代わりに、師匠と俺は先頭を行くことになったので、先ほどまで以上に気が張り詰める思いだ。
階段を降りると、地下四階層が現れた。先ほどまでの洞窟の雰囲気から様子が一変した。具体的に言うと、洞窟内がより人工的な構造になったのだ。壁面には青白い煉瓦が積み重ねられており、燭台のようなものには火が灯っている。床には絨毯が敷かれており、まるで何処かの建物の中に入ったかのようだ。
ただ、それにしては魔物の気配は先ほどまでとは比べ物にならないほど濃くなった。もしかすると戦闘が発生するかもしれない、などと思っていると、目の前から魔物が近づいてくる気配を感じ取った。
『前方から魔物だ! 気配は……四つ、いや五つ!』
「うむ! ユーマは雷痺(スタン)を頼む!」
『分かった! 雷よ、彼の者の動きをとめよ 雷痺! 雷よ、彼の者の動きをとめよ 雷痺! 雷よ、彼の者の動きをとめよ 雷痺! 雷よ、彼の者の動きをとめよ 雷痺! 雷よ、彼の者の動きをとめよ 雷痺!』
俺の詠唱代行により雷痺の魔法が師匠を通して飛んでいく。すると、撃ち漏れることもなくすべての魔物に的中したようで、洞窟の奥から魔物が姿を現わすことはなかった。
それはいいんだけど、どうも魔法の詠唱が面倒に感じて仕方がない。正直、同じ魔法を複数回使う際に何度も詠唱しないといけないのって、ものすごく非効率だと思うんだよな。何かいい方法はないんだろうか? そんなことを思っていると、師匠の詠唱が始まる。
「凍てつく氷よ、五本の鋭き矢となりて敵を撃て! 氷矢(アイスアロー)!」
師匠が氷矢の魔法を唱えると、瞬く間に五十センチほどの鋭く尖ったツララが五本、師匠の頭上に生み出されて、それが洞窟の奥へと向かって本物の矢のように飛んで行った。その瞬間に洞窟の奥から魔物の断末魔が聞こえてきた。それと同時に魔物の反応も消える。本当に瞬殺だったな。それほど強くない魔物だったんだろうな、魔素の反応も大きくなかったし。
というか、そんなことはどうでもいいんだよ。それよりも、なんで師匠は一回の詠唱で五本の氷の矢を作ることができたんだ!? もしかして、氷矢は五本で出るのがデフォルトの魔法なのか!? めっちゃ気になるんだけど!?
『師匠、今の氷矢だけど……』
「うむ。あれはのう、出現させる魔法の数を詠唱の中に条件として組み込んだのよ。そうすれば、一度の魔法で複数の効果を発動させることができるのじゃ。ま、詠唱の応用じゃな」
『そんな便利なものがあるなら、先に教えてくれよ!』
「便利か……。まぁ、便利ではあるな。じゃが、普通の魔法師ならばあのようなことはしないがの」
『やっぱり、師匠くらい経験豊富じゃないとできないのか……?』
「いいや、やろうと思えば誰だってできる。じゃが、やる者は非常に少ないというところかのう」
「先ほどの氷矢の件ですね。普通の魔法師は魔素に限りがありますから仕方がありません」
『えっと、一体どういうこと?』
「実は、この詠唱方法にはひとつだけ欠点があっての。同じ魔法を何度も使うときよりも魔素の消費量が非常に多くなるのじゃ」
「以前私が読んだ文献では、魔道具で消費する魔素量を計測してみたところ、一回の魔法詠唱でふたつの効果を得る場合は同じ魔法を四回使用するのと消費する魔素だったそうです。また、三つの効果を得ようとした場合は魔法を九回使用するのと同じだけの魔素が、四つの効果を得ようとした場合は魔法を十六回も使用するのと同じだけの魔素が必要になったそうです」
「魔法師にとって魔素は限られた資源じゃ。それを無駄に消費したい魔法師はおらぬということよ。それ故、この応用は詠唱の時間を短縮してでもふたつの効果を得たい場合に限って使われておる」
『なるほど。詠唱を省略して効果を二回分以上得ようとすると、消費する魔素の量が極端に増えるということか。魔法師の魔素の量は有限だから、長く活躍したいと思う魔法師は使いたがらないと、そういうことか……』
師匠が「そういうことじゃ」と言いながら深く頷く。
「じゃが、儂はすべての魔力をユーマから供給してもらっておる。そして、ユーマの魔素はとてつもなく膨大じゃ。しかもユーマは周囲から魔素を吸収することができる。つまり、儂ならば消費する魔素を気にすることなく、この詠唱方法を活用できるというわけじゃ!」
『なるほど。そういうことなら、俺も師匠みたいに条件を指定して魔法を詠唱できるってことだよな?』
「うむ、その通りじゃ。ユーマならば問題なく詠唱できるじゃろう」
『だったら、やっぱり教えてくれてもよかったんじゃ……』
「ばっかもん! 魔法の詠唱ができるからといって、このようなことを始めから教えてどうする! 先ほども言った通り、これは詠唱の応用なのじゃぞ? 詠唱の基礎も覚えたてのユーマに本来教えるべきものではないのじゃ!」
『そう言われると、そうかもしれないけど……』
「先ほどからザンテとクリスが何を話しているのかと思えば、魔法詠唱の応用の話か。あのようなものは魔法師としての寿命を削るだけじゃ、使うとしても二回分より多くの効果を得ようとはするでないぞ!」
『うーん、納得はしておくよ』
とは言ったものの、一度の詠唱で幾つもの効果を生み出せる詠唱の応用、かなり便利だよな。
クリス先輩の話を聞いていると、一度の魔法詠唱で二回分の魔法の効果を得ようとすると、それは四回魔法を詠唱した時と魔素消費量は同じらしい。つまり、魔素の消費量が倍掛かるということだ。
それが三つ分の魔法の効果を得ようとすると、消費する魔素量が九回詠唱した時と同じになり、四つ分の魔法の効果を得ようとした場合は十六回も詠唱したときと同じになるという。ということは、五つ分の魔法の効果を得ようとした場合は、恐らく二十五回分の魔素を消費するはずだ。即ち、一回の魔法詠唱で複数回分の効果を得ようとした場合は、通常の魔素消費量を二乗した魔素量を消費するのだと思われる。
確かに、魔素の消費効率的に複数回分の効果を求めるにはあまりにも魔素の消費量が高くなり、常人の魔法師ならば躊躇うところかもしれないが、俺には暗黒竜による膨大な魔素がある。しかも、魔素吸収スキルにより、消費した魔素もいつの間にか回復する。
そのことを考えると、師匠の言った通り、師匠ならば問題なくこの詠唱方法を使いこなせるし、同時に俺も同じように詠唱代行できることになる。ということは、もしも近接戦闘しなければならない状況で師匠が魔法の詠唱ができない事態になったとしても、俺が例えば氷矢を何十、何百と条件を付けて詠唱すれば、命の危機を回避できるかもしれない。
『これは、いいことを聞いたな……』
そんなことを俺はひとり呟きながら、師匠とクリス先輩と姉弟子殿の三人で先を急ぐのだった。
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