第19話 国王

 姉弟子殿の待つ部屋に戻ると、部屋の前にいた第二近衛騎士団の姿はなくなっていた。その代わりに、また別の騎士が二人で扉の前に立っていた。あの近衛騎士はやっぱりクビになったのかな?


「騎士殿、殿下にザンテとクリスが戻ってきたとお伝えして頂きたいのじゃが、頼めますかな?」


「少々お待ち下さい」


 師匠の言葉を受けて、扉の前に立っていた騎士の一人が扉をノックして中に入り、「ザンテ殿とクリス殿が戻られました」と伝えた。扉の前なので中の声がよく聞こえる。なるほど、遮音の魔法って結構大事だな。「中に入れよ」と、姉弟子殿の声がすると、すぐに扉が開いて、騎士が「どうぞ、お入りください」と言って招き入れてくれた。


 うん、なんかさっきまでいた近衛騎士と違って随分と丁寧と言うか。扱いが違うなと戸惑っていると、師匠とクリス先輩が騎士に頭を下げてから部屋の中へと入った。偉い人だったのかな?


 部屋の中にはテーブルを囲む三人の姿があった。一人は姉弟子殿だ。だが、あとの二人は初めて見る顔だな。そう思っていると、師匠とクリス先輩の二人が部屋の奥へと進み、テーブルの前で突然跪いた。


「大変ご無沙汰しております、陛下。ゴルシード様もお変わりないようで何よりですじゃ」


 なんと、この赤髪のおっさんが国王だと? 確かに着ている服は金銀の刺繍がされているし、豪華に見えるけど、それは隣の銀髪のおっさんも変わりない。つまり、銀髪のおっさんも国王と並ぶくらいに偉い人だと思われる。そういえば、ゴルシードって確か宰相の名前だったような。なるほど、師匠とクリス先輩が跪くわけだ。


「うむ。久しいな、ザンテ。いや、兄弟子殿」


「それを言っては、私もザンテ殿を兄弟子殿と呼ばねばなりません」


 国王と宰相の二人がカラカラと笑い合う。どうやら二人は師匠の父親である大賢者ダンサの弟子だったらしい。うーん、国王や宰相に魔法を教えるなんて、流石は大賢者だな。まぁ、師匠も王女を弟子にしているのだし十分凄いのだが、それは大賢者ダンサの実績があったからこそかもなのかもしれない。


「それで、バーシャからは認めてもらえたのじゃろうな?」


「もちろんです。こちらをご確認ください」


 師匠がずりずりとしゃがんだまま姉弟子殿の下へと向かい、バーシャの署名と押印が入った手紙を掲げるように手渡す。あぁ、これ国王が立っていいよって言うまでこの姿勢を続けないとだめなやつか。面倒だなぁ……。


「ふむ。ザンテの現役復帰を条件付きで認める、か。まぁ、定期的に魔法を披露し、実力を確認するくらいなら問題なかろう」


「はい。無事に現役の魔法師に復帰することができました。殿下のおかげです。ありがとうございました」


「うむ、よくやった。父上、叔父上。どうか、ザンテを私の専属魔法師にすることを認めて頂きたいのじゃ!」


 姉弟子殿の言葉に国王と宰相の表情が険しくなる。二人は師匠が専属魔法師になることに反対なのだろうか?


「ザンテよ。其方は王族の馬鹿な命令で、魔素が枯れることになったというのに、再び王族に仕えると申すのか……?」


「せっかく魔素が再び宿るという奇跡が起こったのです。王族のために使うのではなく、自分のために使ってはどうですか?」


 どうやら二人は師匠を心配しているようだ。しかし、師匠が魔素を失った原因って、王族が関係していたのか。一体何があったのかは気になるが、それもあってか国王も宰相も、多分姉弟子殿も師匠には同情的なんだろうな。師匠、皆に慕われてるな。


「確かに、儂が魔素を失う原因となったのは王族の命令によるものです。もちろん、その王族を恨んだこともありました。ですが、魔素を失ってからも支え続けて下さったのも王族の方々です。魔素を失った儂にもできる書類仕事と給金を頂けたことで、儂もクリスも今日まで生きてこれました。再び得た魔素を、魔力を、魔法を王族のために使わずに、何に使いましょうや。もう一度、仕えさせて頂けませんでしょうか!」


「……そうか。そこまで申してくれるのであれば、其方をライラの専属魔法師にすることを認めよう。だが……」


「ひとつ試験を受けてもらいます。宮廷魔法師長のバーシャが認めたとのことですが、バーシャは貴殿の息子ですからね。親子の情で実力もないのに現役復帰を認めたという可能性も捨てきれませんし、そういう噂が立つ可能性もありますから。特にライラ殿下の周りはうるさ型が多いですからね、気をつけねばなりません」


「うむ。いらぬことで騒ぎ立てる馬鹿な連中がおるからな。慎重に事を進めねばならぬ。面倒なことだが仕方がない。其方がライラの専属魔法師に就任することは私とゴルシードの二人が認めよう。だが、魔素枯れによって宮廷魔法師を辞した其方が再び魔素を得て現役復帰をはたすとなれば、それを世に知らしめねばならぬ」


「そこで試験というわけですな。それで、一体どのようなもので?」


「ライラがもうすぐ十歳となるのは知っておるな?」


「存じております。あぁ、なるほど……洗礼の儀に向かわれるのですな? そちらに同行せよと申されるので?」


「話が早くて助かる。その通りだ。十歳となる王子、王女は例外なく洗礼の洞窟に向かい、最下層から洗礼を受けた証として紋章石を持ち帰らねばならぬ。その際の護衛役を其方にやり遂げてもらいたい」


「本来でしたら第二近衛騎士団の中から選抜するところですが、正直に言って彼らはあまり信用できませんからね。貴殿ならば実力も実績も申し分ありません。魔素が本当に再び宿ったのなら、ですがね」


「なるほど……。洗礼の洞窟の難度は幾つでしたかな?」


「難度はD級だ。其方であれば一人でも問題あるまい。あぁ、荷物持ちが必要か。ならば、クリスを連れて行くことを許可しよう」


「適任ですね。そうそう、持ち帰る紋章石の大きさはお任せしますが、大きければ大きいほどライラ殿下の名声は高まるでしょう」


「分かりました。その試験、受けましょう」


『師匠、本当に大丈夫なのか?』


「うむ。それで、出発はいつ頃ですかな?」


「まずは其方の現役復帰を皆に告げねばならぬ。宮廷魔法師への任命式を本日中に行うつもりだ。当然だが其方も参加するように。出発までに五日間の猶予を与える。その間に必要な準備を整えるのだ」


「つまり、六日後には出発です。洗礼の儀に向かう際の馬車の手配はこちらで行いましょう。御者も信頼の置ける者を第一近衛騎士団から選抜致しますので、ご安心ください」


 なんだか至れり尽くせりといった感じだな。とりあえず、出発は明日だ、とか言われなかっただけでも良しとするか。


 しかし、師匠が魔素枯れになった原因が王族の命令によるものだったとは思わなかった。一体どんなことを命令されたら魔素が枯れるなんて事態になるんだろうと嫌な想像をしてしまう。だが、師匠はそのこと以上に、師匠を助けてくれた王族に対して恩義を感じているようだった。


 確かに、魔法が使えなくなった魔法師の存在価値ってかなり微妙だもんな。そんな師匠を支えてくれた王族には恩義も感じるか。とはいえ、それって王族というよりも国王や姉弟子殿といった一部の王族に対してだけだよな。王族と一括りにするわけにはいかない。


 それにしても、洗礼の洞窟ねぇ。まるでゲームみたいじゃないの。難度D級っていうのがどれほどのものかは分からないが、本当に師匠とクリス先輩だけで問題ないのか、正直に言って心配だ。難度が設定されてるってことは、魔物が出たり罠があったりするんだろ?


 それに、紋章石ってなんだよ。大きさが姉弟子殿の名声に関わるってことは、結局は大きなものを持って帰って来いと言ってるのと同じじゃないか。それで、多分だけど、小さいものは簡単に手に入るけど、大きなものは手に入れることが難しいってことなんだろ? 簡単に想像がつくよ、それぐらい。


 問題は、大きなものを見つけることが大変なのか、見つけるのは簡単だけど手に入れるのが大変なのか、どっちなのかということだ。 いや、もしかして両方なのか? その辺を詳しく聞きたいのだが。


「無事に帰ってきたら、十歳式のパーティーだ。持ち帰った紋章石で王族の証となる徽章を作り、それを授けることになる。ライラは王位継承権第一位だ。下手なものは出せないと思え」


 やっぱり、紋章石の大きさを求められているじゃないか! 何が「大きさはお任せします」だよ。最初から大きなものを持って帰ってこいと言えばいいのに。これはアレか? 上司の意図を文脈から汲み取る必要があるやつか? はぁ、面倒だなぁ。


「さて。余がザンテに伝えておきたいことはすべて伝えた。ゴルシードもそうだろう。ライラからは何かあるか?」


「いえ、何もありません。ザンテを私の専属魔法師に認めて頂き、ありがとうございます、父上。また、洗礼の儀にザンテとクリスの同行を許して頂けたことも非常に嬉しく思います。可能であれば、洗礼の儀を終えたあとも、ザンテとクリスを引き続き私の側近として扱いたいと思うのですが、如何でしょうか?」


 父親である国王に対しては、のじゃ口調を控えているようだ。それなら、別に普段から普通の口調でいいと思うのだけど。多分、子供の頃によくあるごっこ遊びか何かなのだろうと勝手に想像する。


 それは一旦置いておいて、姉弟子殿は師匠を側近に加えたいのか。まぁ、話を聞いていると、姉弟子殿の周りには自分を次期国王にしようとする者や、王族の縁戚になろうとする者が多いようだし、彼らとは距離を置いた、自分を真に支えてくれる支持基盤が欲しいということなのだろう。あぁ、それが信頼の置ける家臣ということになるのか。


 第二近衛騎士団が頼りにはできないのは事情を聞かなくとも分かるし、他に頼れる者がいない姉弟子殿としては自分を守ってくれる独自の勢力を新たに作りたいのだろう。その気持ちは分からなくもない。


『……まぁ、姉弟子殿がそれを望むのならば、期待に応えることもやぶさかじゃないけどな』


「うむ、儂もそう思っていたところじゃ。殿下、儂は殿下が求めるのであれば、側近になっても良いと思っております。ですが、一介の魔法師でしかない儂に何ができるのかは分かりませんが……」


「そうだぞ、ライラ。ザンテは魔法師であって、政治屋ではない。其方がこの政争から生き残るためには、より政治に長けた者が必要になるだろう。ザンテは魔法師として扱ったほうが良い」


 国王の言葉に俺も激しく同意する。姉弟子殿の置かれている状況は極めて政治的な力に左右されている。そこにただ強大な魔法が使えるというだけの魔法師が加わったところで、何の力にもならないだろう。


「……ですが、ザンテが賢者選定の儀を受けて、賢者となれば状況は一変するはずです!」


「な、なんだとっ!?」


「まさか、賢者選定の儀を行うつもりですかっ!?」


 姉弟子殿の言葉に国王と宰相の二人が驚く。そうか、この話は伝わっていなかったんだな。しかし、この部屋は遮音の魔法が掛かっていないんだが、本当にそれを話しても良かったのか?


「そのまさかです。実力、実績、ともに申し分のない魔法師ですからね。それに、ザンテの父は大賢者ダンサ。息子のザンテが賢者選定の儀に挑むのは何ら不思議ではないはずです!」


「むぅ……」


「なるほど、確かにザンテ殿が賢者と認められれば、ライラ殿下を取り巻く状況は一変するかもしれませんね……」


「そうでしょう!」


『……師匠! この話を遮音の魔法も使っていないこの部屋でするのはどうなんだ!?』


「この部屋の前に待機していたのは国王直属の第一近衛騎士団じゃ。流石に話が他所に広まることはないじゃろう。じゃが、念のため、魔法は掛けておいたほうがいいな。クリスよ、頼む」


「はい。音よ、沈黙の中に消え去れ、遮音!」


「うむ、これで問題なかろう。殿下、迂闊な発言は御身のためになりませぬぞ?」


「う、うむ。今後は気を付ける……」


「……ライラがザンテを賢者にしたい理由はなんだ?」


 国王が姉弟子殿に問い掛ける。その言葉に姉弟子殿は静かに顎を引いて、真剣に答えを出そうとしていた。恐らく姉弟子殿の中では師匠が賢者になることはもはや既定路線なのだろう。まぁ、それくらいのインパクトのある人事ができなければ、姉弟子殿は彼女を国王に推す連中の言いなりになるしかないのだから。


「ザンテが賢者となり、私の側近となれば、今私を推す勢力もその存在を無視できなくなると考えました」


「それは、其方の魔法の師であるザンテを王国の政争に巻き込むことになるが、本当にそのようなことを望んでおるのか?」


「……望んではおりません。ですが、今の私にはザンテの魔法師としての力と、賢者としての権威が必要です! それがなければ、私は奴らの傀儡となる道しかない。そのようなことになれば、この国はいずれ滅びの道を辿ることになります。それだけは絶対に避けねばなりません!」


「……ふむ。私利私欲ではなく、あくまでこの国のことを思ってのことだというのだな?」


「……はい。その通りです」


「むぅ……」


 本当に私利私欲がないのかは少々気になるところだが、姉弟子殿としてはこのまま自分が国王となり、そして彼女を推す勢力から婿を取らされることは、国が衰退することに繋がると危惧しているのだろう。姉弟子殿の訴えに国王も宰相も否定はしない。ということは、そういう可能性も十分にあると考えているのだろうか。


 ただ、国王と宰相が姉弟子殿の言葉になかなか納得しないのは、二人が師匠に対して何らかの引け目を感じているせいだと思う。恐らくは過去の王族による命令を気にしているのだろう。師匠がそのことを気にしているというのならば何も言うことはないが、それについては先ほど師匠から気にしないという話があったばかりだ。


『師匠、二人に「いつまでも自分のことを気にするな」と改めて伝えたほうがいいんじゃないか?』


「そうじゃの、ユーマの言う通りじゃ。陛下、ゴルシード様、儂のことはどうか何も気になされずにご判断頂きたく思います。殿下が儂のことをそこまで信頼してくださっているのであれば、儂はそれに応えられるように努めるのみでございます」


「……うむ。其方がそう言うのであれば仕方がない。ライラよ、責任を持って最後まで面倒を見ると誓うか?」


「もちろんです! アルスヴィズ神に誓います、父上!」


 なんか、拾ってきた犬か猫の面倒でも見るような話しっぷりなのは気になるが、国王が納得してくれたのなら問題はないか。


「そうか……。しかしなぁ……どうする、ゴルシード?」


「ひとまず、ライラ殿下の希望については承りました。ただし、それを認めるかどうかは、洗礼の儀と十歳式を無事に終えてからですね」


「そういうことだ!」


「むぅ、仕方がないのう……」


 国王と宰相の言葉に渋々ながら納得する姉弟子殿。だが、これで暫くの間、師匠とクリス先輩が姉弟子殿の護衛を務めることに決まった。師匠が姉弟子殿の護衛に付くということは、もちろん、俺もそうなるわけだ。


 しかし、現役の魔法師に復帰した途端に仕事を振られるとはなぁ。しかも、これは師匠に姉弟子殿の専属魔法師が務まるかどうか実力を確認するための試験でもあるらしい。まったく、一体何回試されなきゃならないんだと、俺なら不満をぶちまけるところだろう。


 ただ、今回の試験は対外的に師匠が現役の魔法師に復帰したことと姉弟子殿の専属魔法師になることをアピールする狙いがあるようなので、避けては通れない道のようだ。そういうことなら俺も納得するしかない。ただ、準備期間がたったの五日しかないというのはどうなんだろう。師匠もクリス先輩も文句ひとつ言わないし、この世界ではこういうものなのだろうか。


 とりあえず、師匠の屋敷に戻ったら早速旅の準備をしなければならないな。それにしても旅の準備か。一体何が必要なんだろう。やはり食料は必須だよな。ワインの入った革袋の水筒に、干し肉やチーズに硬いパンとかかな? いや、それだと師匠とクリス先輩の普段の食事よりも豪華になるんだけど……。ま、まぁ、その辺は師匠とクリス先輩に任せよう。どうせ俺は食事をする必要がないわけだし。


 くだらないことを考えていると、「では、また後でな」と言って国王と宰相が部屋を出ていった。残されたのは姉弟子殿と師匠とクリス先輩の三人だ。後ほど揃って謁見の間に向かわなければならないらしいので、悠長にテーブルの上のお菓子を食べるわけにはいかないな。

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