第15話 姉弟子
十人の騎士にまるで連行されるかのように、師匠とクリス先輩は王城へと向かうことになった。もちろん、俺も師匠にぴったりと張り付いて同行している。それにしても、徒歩とはな……。こちとら年寄りと子供だぞ、もっと配慮してくれよ。
ただ、幸いなことに師匠の屋敷から王城までは徒歩で小一時間ほどの距離ということだった。まぁ、ちょっとした散歩だと思えば我慢できなくはないか。師匠もクリス先輩も今のところ辛くはなさそうだ。
周りを見渡すと大きな屋敷があちこちに建っている。そして、当然のように出入り口も広く取られており、縦格子の門扉からは綺麗に整えられた庭園が垣間見える。そう、ここは貴族街。文字通り貴族の住む屋敷が集まった区画で、王城は貴族街の中央にあるそうだ。ここからでも王城の屋根というか尖塔が見える。
そして、王城に近づけば近づくほど、より高位の貴族の屋敷があるらしい。ということは、師匠はそこまで高位の貴族というわけではなさそうだ。まぁ、庭も荒れ放題だったし、借金だらけだし。師匠からは貴族らしさなんてまったく感じないからな。
因みに、師匠の屋敷も立派ではあった。ちょっと古ぼけた感じがするのは手入れがされていないせいだろう。もったいない。やはり、使用人を雇うべきだな。そのためには何よりもお金が必要だ。うん、たくさん稼がないといけないな。
さて、師匠を迎えに来た近衛騎士団は第二近衛騎士団というらしく、王族の中でも特に王子や王女の護衛を務めている騎士の集まりなのだとか。そう言えば、師匠を王城に呼び出したのはライラ王女殿下だったな。それにしても、近衛騎士団ってこんな雑用までさせられるのか。大変だなぁ。
それから暫くすると王城が近づいてきた。
王城の周りには水堀が掘られており、城門に備え付けられた跳ね橋を渡って中に入るようだ。門の前には警備中の衛兵が見える範囲だけで四、五人立っていた。やはり警備は厳重だな。
彼らの下に師匠とクリス先輩を連れてきた騎士の一人が向かい、入城の手続きを取る。すると、衛兵の一人が確認のためか王城内へと駆け足で去っていった。
「こちらでしばらくお待ち下さい」
「うむ」
やはり、確認が済むまでは中には入れないようだ。しかし、大きなお城だな。というか、そもそもの敷地がめちゃくちゃ広いだろう。下手をしたら、この門前から城内に辿り着くまでに十分は掛かるんじゃないか? 一体どれくらいの広さなのだろうか。
そして、その門前から王女のいる部屋まで確認に向かわなければならないとなると、かなりの時間待たされるんじゃないか? などと思っていたら、意外とあっさり通された。いや、早くね? もしかして、魔法か何かを使ったのだろうか?
第二近衛騎士団のマッケンに連れられて敷地内を歩く。門を潜るとそこは天国のような世界が広がっていた。ありとあらゆる、花という花が咲き誇るかのような見事な庭園がそこにあった。この庭園の維持費に一体幾ら掛かるのかと想像してしまうのは心が貧しいからだろうか。あまり深く考えるのはやめておこう。
もちろん天国のような世界というのは比喩表現なんだけど、目の前に広がる庭園は本当に見事だったし、王城との間にはまるで凱旋門のような大きな石造りの門があって、それはそれで見事だったし、それを潜ると再び新たな庭園が姿を見せた。そこには大小様々な噴水があるなど、目を奪われるものが散りばめられているようだった。
うん、贅の限りを尽くした庭園といったところか。借金で首が回らず、朝食も硬く黒いパン一切れと味の薄そうなスープだけという生活をしている師匠とクリス先輩からしてみれば、ここは完全に「住む世界が違う」と感じることだろう。俺はそう思った。
庭園から移動して、ようやく王城の中へと辿り着いた。そのお城の中をゆくのだが、俺は先ほどから驚いてばかりだ。うわっ、天井が高いな! 豪華でいて繊細な彫刻があちこちに施されているし、美しい絵まで描かれている。まるで以前テレビで見た海外のお城のようだ。天井から吊り下がったどでかいシャンデリアの存在も気になる。壁にも細やかな装飾がされているし、本当に王城って感じだな。あ、甲冑の置物もあるな。多分夜中に動き出すやつだわ。
王城の中を見回りながら、ガイドのいない王城観光ツアーに参加した観光客のような気分で周囲を見回していると、偶然メイドさんの姿をした女性とすれ違った。コスプレとかで見かけるミニスカメイドなんかではなく、英国風のロングスカートのメイド服だ。
『すっ、素晴らしい!』
本場(?)のメイドさんを見れるとはまったくもって眼福だ。心の中でヒャッホウと叫んだ。個人的にはこういうシックな感じのメイドさんが好みだ。うん、やはりメイドさんを雇うしかないな。俺は心に決めた。師匠の屋敷でメイドさんを雇うと。
そんな下らないことを考えていると、いつの間にか王女の待つ部屋の前に着いていた。目の前の閉ざされた扉ひとつとっても何か気品が感じられるな。王女の待つ部屋と偽って取調室に連れてこられたということなはいと思う。扉の前には二人の衛兵が警備のためかビシッとした姿勢で立っていた。
「ライラ王女殿下のご命令で、ザンテ・ノーザ殿を連れて参った。王女殿下にお取り次ぎを願いたい」
「ふむ。それで、そちらの子どもは?」
「ノーザ殿の弟子で、クリス・ブレイブ殿と言う。屋敷に残しておくわけにいかぬとノーザ殿が仰られてな、ご同行頂いた」
「なるほど。殿下に確認を取る。暫しここで待たれよ」
「はっ!」
思った通り、この扉の向こうに王女殿下がおられるそうだ。一体どんな方だろうかと妄想を膨らませるが、その材料となる情報はあまり良くないものばかりだ。
ひとつは師匠を呼びつけるために第二近衛騎士団に雑用を命じたこと。まぁ、それも第二近衛騎士団の職務のひとつなのだろうけど、俺的にはその地位にあぐらをかいて自分で動かないというのは、例え王女という立場であっても、それはどうかなと思った。
そして、もうひとつは年寄りと子供を王城まで歩かせたことだ。これは大きな減点ポイントだ。王女の呼び出しというのであれば、その地位を活かして馬車のひとつでも寄越せばいいものを……。これでは権威も何も無いと言っているに等しい。
その辺りの俺の愚痴は師匠を介して直接王女殿下に言うしかないか。まぁ、師匠にその気があれば、ということになるが。
そんなことを考えていると、部屋の中にいる王女に確認しに行った衛兵から「入室を許可する」という短い言葉があった。個人的には、「えっ、それだけ?」という感想しか思い浮かばなかったが、扉が開かれて騎士たちが部屋の中へと誘導し、それに師匠とクリス先輩が従って中へ入るので、流石に何も言えなくなった。
まぁ、師匠とクリス先輩に何も文句がないというのであれば、俺も彼らの意向に従うしかない。俺は師匠と一緒に部屋の中へと入った。
「失礼致します。ザンテ・ノーザ殿と弟子のクリス・ブレイブ殿をお連れ致しました」
部屋の中に入ると、マッケンが声を響き渡らせた。部屋の中は想像していたよりも広かった。廊下にあったような彫刻や絵画などは一切飾られておらず、慎ましやかさがあるものの、なんとも厳かな雰囲気を保った空間だった。俺の貧素な感覚で言うと「高潔で真面目な貴族が心を休めるための部屋」という感じがした。うん、自分の語彙力がなさ過ぎて死にたくなる。
そんなことを考えていると、師匠のクリス先輩の姿を見つけた一人の女の子が「おぅ、おぅ、おぅ!」と言いながらこちらを見つめてくる。オットセイか何かかな?
どうやら、女の子はティータイム中だったようで、カップを手にしており、テーブルの上にはソーサーの他、ティーポットと可愛らしいお菓子の乗った三段のケーキスタンドが置かれていた。
女の子がティーカップを手早くテーブルの上に置いて、師匠に駆け寄ると、勢い余って飛び付いた。それをよたよたと後ろに下がりながら師匠が受け止めて、静かに床に下ろした。
「よく来たな、ザンテ! 久しぶりじゃ!」
「殿下のご命令により、ザンテ・ノーザ、参上致しました」
「うむ。クリスも元気そうだな!」
「おかげさまで、健やかに過ごしております」
「そうか! それは何よりじゃ!」
ワハハハハハっと笑う女の子が恐らくはライラ王女殿下なのだろう。見た感じの印象からすると、クリス先輩よりも年下ではないだろうか。所謂、のじゃロリというジャンルの人物だと思われる。実際に会うのは初めてのタイプだ。
それはともかく、師匠やクリス先輩は王女と顔見知りらしい。一国の王女と顔見知りとは、二人ともなかなかやるな。俺が二人に感心していると、王女が師匠とクリス先輩に目の前にある椅子に着くように勧め、そこに二人が腰を掛けた。それは王女の真正面に座ることを意味した。
俺は真正面に座る王女をまじまじと観察した。栗色の明るくツヤツヤとした長い髪に、整った顔立ち。つぶらな瞳をしていて、まつ毛も長く伸び、鼻筋はシュッと通っていて、ピンクの唇はぷっくりとしている。うん、間違いなく美少女と言える。流石は王族の血筋、というところだろうか?
その美少女の王女が、真正面の席に着いた師匠とクリス先輩をじっと見て、簡潔に問い掛けてきた。
「先ほど王都を襲った突然の豪雨じゃが、ザンテ、其方の魔法によるものじゃろ?」
まぁ、ここに師匠とクリス先輩を呼びつけたのだから、用件はそれを聞かれる以外には考えられなかったのだが、それにしてもどうして師匠の魔法だと分かったのだろう。師匠の体内に宿る魔素が尽きていることは周知の事実だと思っていたのだが。
「たまたま外の景色を眺めていたら、其方の屋敷の方角から強大な魔法が放たれるのを見かけてな。あの辺りに住んでいる魔法師は其方らしかおらぬ。それ故に、もしやと思い声を掛けたのだ」
あぁ、なるほど。魔法師はそもそも人数が少ないらしいし、その中でも貴族街に住む魔法師となるとさらに絞れるはずだ。王女ならば有名な魔法師の所在を把握していても不思議ではない。強大な魔法が貴族街から放たれたと分かれば、師匠に辿り着くのも早かったということか。まぁ、バレてしまっては仕方がないな。
さて、師匠はどう答えるのか。正直に俺のことを話すのか。それとも、俺のことは黙って失った魔素が回復したと伝えるのか。面倒事には巻き込まれたくはないが、俺としてはどちらでもいい。
「確かに、先ほどの魔法は儂がやったことです。ですが、弟子のクリスは関係ございません。責任のすべては儂にあります。ですから、どうか処罰は儂だけに留めて頂けませんか……」
師匠がテーブルに額を擦りつける勢いで頭を下げた。それにクリス先輩も続いて頭を下げる。師匠の言葉は俺が想像していたようなものではなく、王都の中で魔法を使ったことに対する謝罪の言葉だったのだ。
いや、普通に考えれば、それが当然だった。師匠の魔素が回復したことや、その原因が俺を手に入れたことだとか、そんなことはどうでもいい話で、王都内で使用を禁止されている魔法を使ったこと、それによって浸水などの被害を出してしまったことを謝罪するべきだったのだ。なのに、俺ときたら……。
俺はバカだから、王女がそのことを口にしなかったこともあって、そのことがすっぽりと抜け落ちてしまっていた。そして、ついつい調子に乗って、師匠の魔素が回復した原因は俺であり、「師匠がすごい=俺もすごい」などと、バカなことを勝手に妄想していたのだ。はぁ、俺ってダメだな……。
自分のバカさにいい加減うんざりしてきたところで、話を戻す。
師匠が王女に謝罪した。そして、その責任は自分にあるので、処罰するなら自分だけにしてほしい、弟子のクリス先輩は関係ない。そう言ったのだが、それを言うのなら責任のすべては俺にある。本来、溢れた魔力を師匠に渡した俺こそが処罰されるべきなんだ。だから、そんなことは言わないでほしい!
『師匠、すべての責任は俺にある! 師匠ではなく、俺が処分されるように王女に説明してくれっ!』
俺は師匠に向かって叫んだ。だが、師匠はそんな俺の叫びを無視して、じっと王女の反応を待っていた。なんで、何も反応してくれないんだ!? と思ったが、冷静に考えれば人前で俺に話し掛けるわけにもいかないのか。クソッ、意思疎通に制限が掛かっていることがこんなにもどかしいことだとは思わなかった。
俺がもどかしい思いをしていると、突然王女がテーブルをバンと叩いて立ち上がった。怒りと悲しみが入り交じったような、なんとも言えない表情をしている。
「……謝るでない! 私は其方に謝罪など求めてはいない!」
「し、しかし……」
「私が聞きたい言葉はそのようなことではない! ザンテよ、其方は魔素が戻ったのではないか!? どうなのじゃ!?」
「は、はい、とある方法で再び魔素を得ることができましたが……」
師匠の言葉に王女が破顔する。
「やはりそうか! 天嵐豪雷雨は其方の十八番じゃったからな! 見事であったぞ!」
うんうん、と頷きながら、王女は師匠の前に歩み寄ると、師匠の手を取り、語り掛けた。
「ザンテよ、本当に良かったの。あのような事件のせいで魔素枯れになり宮廷魔法師の職を辞することになったのはさぞ辛かっただろう。何もできず其方を守れなかったあの頃の私を許してほしい」
「殿下……」
「じゃが、私も今では王位継承権第一位となった。今の私ならば、其方を守ってやれる! 今回の件で其方が罪に問われるようなことがないように取り図ろう。もちろん、クリスもな!」
「なんと、ご立派になられて……!」
師匠がハンカチで瞳に溜まった涙を拭う。もちろん、俺は外された。まぁ、涙で溺れるよりはいい。
「……本当にお任せしてもよろしいのですか?」
「うむ、頼りにしてくれて構わぬ、兄弟子よ」
「そう言うことでしたら、お言葉に甘えさせて頂きます」
ほう。クリス先輩のことを兄弟子と言ったぞ。ということは、王女殿下は師匠の弟子なのか? 師匠だけでなくクリス先輩とも知り合いのようだったから気にはなっていたが。うん? それって俺にとっても兄弟子ってこと? いや、姉弟子か。ややこしいな。ひとまず、王女のことは今後「姉弟子殿」と呼ぶことにしよう。
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