第13話 魔素
『スキルが取得できるかどうかは分からないが、魔法というものには非常に興味がある。是非勉強してみたいんだが、初級の魔法だけでも教えてくれないか?』
「ふむ。まぁ、よかろう。魔法書ならそこの本棚に置いてある故、自由に読むとよい」
「しかし、ユーマ様は片眼鏡ですよ? どのように読むのですか?」
「あ……。ということは、儂が読まねばならないのか?」
『もちろん、そうなるな』
「はぁ、今更初級魔法の魔法書を読み返すのも面倒なのじゃが……。仕方がないのう、儂が直々に魔法を教えることにしよう。じゃが、その前にユーマに魔門があるのか?」
『まもん? なんだそれ?』
「うむ。魔法を扱える者の身体に現れる目に見えないような小さな穴じゃ。その穴から体内に秘められた魔素が魔力となって放出される。その魔力を使って魔法を実現させるのじゃ」
『へぇ。それじゃ、その魔門がない人は一生魔法を使えないのか?』
「そうなる。まぁ、魔門がまったく開いていない人間はいないと思うがの。とはいえ、魔門の数は人によってその数に大きな差があってな。どうも、これは血筋によって違いがあるようじゃな」
『なるほど。だから、大賢者の息子である爺さんも優秀な魔法使いに成れたんだな』
「ほほほ、そういうことじゃ。因みに、今では人工的に魔門を開ける施術も確立されておるから、魔法師の血筋でなくとも、魔法師に成れる可能性はある。一代限りじゃがな」
「ちなみに、魔門形成術は法外なお金が必要になります。なんでも一人当たり五千万ルメルほどとか……」
『ご、五千万ルメル!?』
「まぁ、流石に片眼鏡に魔門形成術を施すことはできないじゃろう」
「そうですね」
「それから、当然じゃが魔法を使うには魔力が必要となる。体内に秘められている魔素を意識的に身体の中で循環させることで魔力に変換することができる。魔素を魔力に変換させる能力が高いほうがより効率的に魔法を扱うことができるわけじゃ。これは努力と経験でなんとかするしかない」
「因みに、人が持つ魔素の量も個人により違いがあります。こちらも血筋が関係しているようで、代々魔法使いの家系の方はやはり体内に秘めた魔素の量も多い傾向にあります」
『なるほど。魔門だけじゃなくて、魔素量も必要なのか。そして魔素を魔力に変換する能力も……』
「どうじゃ、魔法使いになるのは大変じゃぞ?」
『いや、俄然やる気が出てきたぜ。まずは魔門だな。その魔門があるかどうかはどうすれば分かるんだ!?』
「うむ。早速じゃが初級魔法の魔法書を開いてみよう。クリス、取ってきてくれるか?」
「少々お待ちください」
クリスがぱたぱたと本棚に向かっていった。しかし、魔門か。この世界の人間には魔門という穴が空いているのだという。恐らく汗腺とか毛穴とかそれくらいのサイズの穴が空いているんだろう。その数は人それぞれで違うらしいが、魔法使いの血筋は魔門が多く開いているらしい。恐らくは遺伝なんだろうな。
そして体内に秘めた魔素量も遺伝によると。ここまで魔法使いになるために血筋が重要だとは思っていなかった。更に言うと、魔法スキルを持っているかも重要ということになる。うわ、魔法使いって超レアな職業なんじゃね?
せっかく魔法スキルを持っていても、魔門が少ないからとか、魔素量が少ないから、という理由で魔法使いを諦めて他の職業に就くというケースもあるんだろうな。逆に言うと、魔門も魔素量も申し分ないのに魔法スキルがなくて諦めるケースもありそうだ。うーん、はたしてこの世界に何人魔法使いが存在するのか気になるな。
そして、俺に魔門があるのか。魔素量があるのか。その点も気になる。何せ、俺は人じゃなくて片眼鏡(アイテム)だから、魔門形成術なる方法で人工的に魔門を作ることもできない。まぁ、そもそも五千万ルメルなんて用意もできないわけだが。というか、魔門形成術ってもしかしてかなり需要がないのでは? だって、魔素量が多くて魔法スキルを持っているのに魔門が少ない人くらいでしょ? うーん、需要あるのかな?
そんなことを考えていると、本棚の下段に並ぶ埃を被った魔法書の中から比較的薄い、と言ってもここに並んでいる本の中ではという話で、三センチくらいの分厚さの立派な装丁のされた本を持ってきた。もちろん、本の頭に分厚い埃の山ができているので、それを指でゴミ箱にツツっと落として最後にパンパンと埃を払い、爺さんに渡した。
「うむ、ありがとう。まずは序章じゃ。ここで魔法使いになる素養があるのかどうかの識別について書かれておる。まずは体内に秘めた魔素を感じ取り、循環させることから始めなければならない。これが最初にして最大の難関じゃな。そもそも、魔素を感じられるのか、魔素を動かすことができるのか」
「魔素は胸の奥に存在すると言われています。それを血液のように体中に循環させることを意識してみてください。……といっても、ユーマ様は片眼鏡ですし、血液もないので感覚が伝わるかどうか」
『ふむ。とりあえずやってみよう』
まずは魔素を感じるところからだ。…………うん、何も感じない。
『というか、そもそも魔素ってどんな感覚なの?』
「そうじゃのう、胸の奥に強く握りしめられた拳があるような感じじゃな。まずはそれを感じ取るのじゃ。そして、少しずつ力を抜いて拳を開く。そうすると、じわっと温かい感覚が広がってくるのが分かるじゃろう。それが魔素の循環じゃ」
「大賢者ダンサ様が発明されたという魔素認識法です」
『分かった、胸の奥に拳を感じるんだな』
うーん。胸の奥に拳か。心臓みたいなものだろうか。俺に心臓なんてあるのだろうか。いや、あると思えばある、そう考えよう。しかし、脈もないのだから心臓を感じることはできないな。ならば、マンガやアニメで敵の魔物やモンスターが持っているという魔石というか魔核というものを想像してみてはどうだろうか。
こんな薄っぺらい身体にそのようなものが存在するのかは分からないが、身体の中にあると思わずに心の中にどでかい魔石というか魔核というか、そういう塊があるのだと想像してみよう。そうだな、どうせなら地球くらいのドデカイのを想像するか。
【魔素を宿す器の作成に成功しました。これよりインテリジェンス・アイテムNo.29 暗黒竜の瞳 呼称(ニックネーム):ユーマ・ヤスダに暗黒竜の魔素が譲渡されます。処理中です。しばらくお待ちください…………処理中です。しばらくお待ちください…………処理中です。しばらくお待ちください…………処理中です。しばらくお待ちください…………処理中です。しばらくお待ちください…………処理中です。しばらくお待ちください…………処理中です。しばらくお待ちください…………処理中です。しばらくお待ちください…………処理中です。しばらくお待ちください…………処理中です。しばらくお待ちください…………処理中です。しばらくお待ちください…………処理中です。しばらくお待ちください…………処理中です。しばらくお待ちください…………処理中です。しばらくお待ちください…………処理中です。しばらくお待ちください…………】
『ファッ!? どういうこと!?』
魔素を感じようといろいろと想像していたら、またもや勝手にシステムメッセージが頭の中に響いてきた。しかも、暗黒竜の魔素を譲渡するとか。どういうこと? しかも俺の了解も得ずに勝手に決まったし、なんか処理中らしいし、一体どうなってるの? などと思っていたら、急に何か俺の身体の中にこれまで感じることがなかった感覚というか、力? のようなものが湧き出てきた。もしかして、これが魔素なのか?
それを感じ取ったのは俺だけでないらしく、爺さんとクリスの二人も俺の異変に気が付いたようだ。そういえば、魔素って感じられるものなんだよな? ということは俺の中に突然湧き出てきた魔素について認識できていても不思議ではない。
「な、なんじゃあ!?」
「これは……!?」
『なんか、暗黒竜の魔素を手に入れたみたいだ。どうすればいい?』
「暗黒竜の魔素じゃと!? とんでもないのう、それは……」
「これほど膨大で濃密な魔素は見たことがありません……」
【…………処理中です。しばらくお待ちください…………処理中です。しばらくお待ちください…………処理中です。しばらくお待ちください…………処理が完了しました】
お、おぉ、ようやく終わったのか……!?
【なお、一部の魔素が器に収まりきらなかったため、魔力として強制排出を行います。強制排出までの時間を五分後にセット。…………完了しました。カウントダウンを開始します。四分五十九秒、四分五十八秒、四分五十七秒…………】
『じ、爺さんっ! なんだかヤバいことになったかもしれん!』
「ど、どうしたのじゃ!?」
『どうも、俺の中に収まりきらない魔素が魔力になって強制的に排出されるらしい! 魔力の放出って大丈夫なのかっ!? 因みに、あと四分くらいで放出されるみたいなんだが!』
「なんじゃと!? これはいかん! クリス、外に出るぞ!」
「は、はい!」
俺の頭の中でカウントダウンが止まらない。残り三分。慌ただしく爺さんとクリスが部屋を飛び出て玄関から屋敷の庭までやって来た。庭は手入れがほとんどされておらず、植えられている草木がぼうぼうと枝葉を伸ばしているし、芝なのか草なのかわからないものが伸び散らかしている。そこに二人が足を踏み入れた。二人が通った跡には踏み倒された草により俄作りの轍ができている。
そんなことを気にする余裕もなく、慌ただしく庭のちょうど真ん中まで来たときに、爺さんが俺を外そうとした。どうやら俺を庭に放り投げて処理しようというのだろう。俺もそれには賛成だ。だが、外れない。ぴったりと爺さんに貼り付いたままだ。
なんで!? いつの間に俺は呪われた装備になったんだ!?
慌てているうちに、行き場を失った俺の魔素は急速に魔力に変換されて、外に出ようとしているのだった。だが、それは俺から直接出ようというのではなく、どうやら装備している爺さんを通して魔力を放出しようとしているようだ。
『だめだ、爺さん! どうやら、爺さんを通して魔力が放出されるみたいだ!』
「うむ、久しく感じられなかった魔力の流れを感じる。しかも、儂の全盛期の魔力よりも膨大じゃ……と、感心している場合ではない! まだまだ流れ込んできよるわ! 流石に儂でもそのすべてを受け止めることはできんぞ!?」
『爺さんが受け止められなかったら一体どうなるんだ!?』
「魔力の暴発により爆発が起こる! この魔力量じゃ、この辺りは灰燼に帰すかもしれん!」
「そんな!」
『何とか回避する方法はないのか!?』
「ある! 儂から溢れる魔力の分だけ、魔法を使うしかない!」
『だったらそれをやってくれ!』
「うむ! じゃが、これは久々に大魔法を使わざるを得んぞ!? 街中での魔法の使用は王国法で禁じられておる! それが大魔法の使用ともなれば、一体どれだけの罪に問われるか……」
『だが、迷ってる暇はねぇぞ!?』
「儂のことはどうなろうと構わん! じゃが、弟子のクリスを巻き込みたくない! クリスまで罪に問われるのは避けたい!」
「私のことはお気になさらないで下さい! お師匠様が罪に問われるというのなら、この場にいる私も同じ。私はザンテ様の弟子ですよ? 如何なるときもザンテ様と共にあります!」
「……うむ、じゃが」
【…………一分、五十九秒、五十八秒、五十七秒、五十六秒、五十五秒、五十四秒、五十三秒、五十二秒、五十一秒、五十秒…………】
『爺さん、時間がねぇ! 一分を切った!』
「むぅ……仕方がない、覚悟を決めるしかないのう!」
そう言って爺さんが何やら詠唱を始める。
魔法って詠唱が必要なのか? さっき、洗面台で水を出していたときは無詠唱だったけど。いや、そんなことよりも、爺さんが詠唱し始めた頃から、爺さんの周りに何か気というかオーラのようなものが漂い始めた。もしかして、これが魔力か?
そんなことを考えている状況ではないんだけど、焦りのせいか事態に集中できねぇんだ!
【…………四十秒、三十九秒、三十八秒、三十七秒、三十六秒、三十五秒、三十四秒、三十三秒、三十二秒、三十一秒、三十秒】
詠唱はまだ終わらないのか!? 残り三十秒を切ったぞ! 早くしないと魔力が暴発してしまう! そうなるとこの辺りは木っ端微塵に吹き飛ぶんだろ!? 俺だって無事で済むか分からないし、爺さんとクリスが大変なことになってしまう!
まだか、まだか、まだかっ!?
【…………十秒、九秒、八秒、七秒、六秒】
『爺さん、残り五秒!』
「…………うむ、準備は整った!」
【三秒、二秒、一秒…………】
「むぅん! 古の神々よ、その怒りを我に授け、天を裂き、雷を轟かせ、嵐を巻き起こせ! 天嵐豪雷雨(ヘヴンリーストームライトニング)、今ここに降り注げ!」
爺さんがなんだか派手な呪文を唱えると、俺から溢れ出た魔力がごそっとなくなる感覚があった。恐らく、爺さんが唱えた魔法が魔力を消費したのだろう。そして、突如現れた大量の水が竜巻のように巻き上がり、天を貫くように鋭く打ち上げられると、それが急速に雨雲となって日の光を遮った。そして、急に辺りが暗くなり、突如として恐ろしいほどの豪雨と稲妻が襲ってきた。所謂ゲリラ豪雨というやつだな。
ザァァァというよりも、ドォォォと言う音とともに王都全体に覆いかぶさるように酷く濃い色をした分厚い雨雲が突然の豪雨と落雷をもたらした。爺さんの屋敷の庭も瞬く間に雨水で満たされていき、爺さんもクリスも踝ぐらいまで浸かってしまったのだった。まさか、このまま膝丈までいっちゃうことはないよな……!?
【…………魔力の強制放出が完了しました】
ふぅ、やれやれだ。これで安心して爺さんから魔法を教われるな。そんなことを思っていたら、システムメッセージはこれだけで終わらなかった。
【なお、魔力の強制放出を行った結果、インテリジェンス・アイテムNo.29 暗黒竜の瞳 呼称(ニックネーム):ユーマ・ヤスダに新たなスキルが発現しました。スキル:魔力供給を獲得しました。スキル:魔素吸収を獲得しました】
はぁっ!? いきなりだなっ!? てか、スキルってこんなに簡単に得られるもんなの?
それに魔力供給って、どういうこと? と思ったが、恐らくは今回の件で俺が爺さんに魔力を与えたことが原因で発現したスキルなのだと思う。つまり、俺に譲渡されたという暗黒竜の魔素は、俺の中で魔力となり、それを装備している爺さんが扱えることになったと見ていいと思う。まぁ、別にそれくらい問題ないだろう。
あと、魔素吸収はよく分からない。多分、字面の通り魔素を吸収するものだと思う。魔素ってそこら辺に漂ってるのかな? 呼吸するように取り入れることができるのならば、素晴らしいスキルだ。だけど、もしも魔素があるところから吸収する能力だとしたら結構問題になるスキルかもしれない。
もしかすると、魔素を持つ他の人やアイテムから勝手に魔素を奪うことになるかもしれない。爺さんとクリスの話によれば、魔素って限りのある資源みたいなものなんだろう? そうなると、周りから吸収するスキルなんて羨望の的だろうし、下手をすると色々と問題になる可能性がある。
詳しいことは爺さんに確認するしかないが、あまり他人に吹聴するようなことではないな。爺さんとクリスにも黙っていてもらったほうがいいな。
ともかく。これで緊急の事態は収まった。クリスも必死に耐えながら、爺さんの魔法を見つめていた。まぁ、爺さんの使った魔法も何かを破壊するようなものではなかったし、お咎めもそれほど酷いものにはならないだろう。そう思いたい。
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