第37話 『地雷』は空へと打ち上がる

 彼女の想像は当たっていた。数分前、管制室の扉は兵士たちによって爆破された。振り向いたウォンの前に現れたのは、ン=グィの首長であった。




「おお、首長どの直々にいらっしゃるとは」




 おどけた様子のウォンに、首長は唸った。彼は護衛のレン人兵士からビーム・ブラスターを奪うと、眼前の不愉快な運び屋に向かって発砲する。




「何を打ち上げようとしている?目的は『ヘイロー』の破壊だな?」




「…っ!」




 ビームはウォンの左肩を穿った。肉の焼ける臭いが、辺りに漂う。彼は肩庇って、操作盤にもたれかかった。




「機雷か?それとも誘導兵器<ミサイル>か?さっさと吐け、拷問に掛けられたくはないだろう?」




 そう言いつつ、彼は青白い光を発する鞭を手にした。それはとある異星生物が開発した携帯用の拷問器具である。この恐ろしい電磁鞭が与える苦痛に耐えられる知性体は、宇宙全体でも数種類―何れも痛覚を有さない種族だけである。




「『地雷』だ」




「…は?」




 自信満々にそう述べたウォンの様子に、首長は口元の触手を広げると、その内側に隠された歯を見せた。彼らムーンビーストが『不愉快』さを表現する際に用いるジェスチャーである。




「本当さ、嘘はついてない。見せてやろうか?」




 彼はパネルを操作し、六番カタパルトの様子をモニタに映し出した。『地雷』系こと花崎海咲はトライアドを魔術的に固定し、射出までの全ての準備を終えようとしていた。




「本当に『ヘイロー』を破壊できると思っているのか?あの小娘が?」




「さあ。正直に言えば、まだ半信半疑さ」




 ウォンは右肩を竦めると、不敵に笑った。そして、モニタの方を仰ぎ見る。首長の目がそちらに向いたその瞬間。彼は撃たれた左腕で、射出のレバーに手をかける。




「止めろ!」




 慌てて、首長は彼の右半身に鞭を振るった。想像を絶する苦痛に、ウォンの体は硬直し、彼は泡を吹いて卒倒てしまった。しかし、彼の左腕はがっちりと、下ろされたレバーを掴んでいた。




「レバーを上げろ!早く!」




 首長の背中に取り付けられたスピーカーの音声に、ノイズが混ざる。発声器官を有しない彼らであるが、感情の昂りに伴って、意思疎通テレパスの強度も変化するのだ。




『金切り声』を上げた首長の命令を受け、でっぷり肥えたレン人の大臣が、焦った様子でレバーを上げた。しかし、カウントダウンは止まらない。




「…お姫様みたいな格好だろ?『地雷系』っていうらしいぜ」




 朦朧とする頭で、彼はうわ言のように呟いた。




「地雷系…?どういう意味だ?」




『地雷系』を『空』に打ち上げる。短い付き合いだが、あのひねくれた洒落を好む少女であれば、手を叩いて喜びそうな言い回しだ。その少女は自由で、他人に支配されることが嫌いで。押し付けがましいくらい、レン民族の未来<あした>を憂いたりして。




「我儘で、幼稚で、夢見がちで―」




 そして、一言で述べるならば。




「―個性的な、いい女って意味」




 件の少女から「こちら海咲」と通信が入る。ウォンは敢えてチャンネルをずらすと、こちらからの通信が彼女の端末へ入らないようにした。




「…マスドライバーを破壊しろ。ヘイローだけは守り切れ」




 首長の命令を受け、兵士の一人が幽閉機関に指示を出した。モニタにノイズが走る。それは、攻撃命令が通ったことを示唆していた。




「個性などと。そんなものは、『イデア』から外れた余計な贅肉だ。個性があるから、差異があるから苦しむのだ。それがなぜ分からん」




 差異があるから、人は苦しむ。その通りだ、とウォンは笑った。




「そうかもしれない。アンタたちに飼われて、アンタたちが望むように躾られた方が、悩み苦しまなくて済むのかもしれない。分かってるんだ、頭では」




「ならば、何故だ?」




「それでも俺たちには―『明日』が必要だ」




 誰もが違う人生<あした>を歩む。それは単純で、そして難しいことだ。月の都では、第三者によって敷かれたレール以外の生き方は存在しない。誰もが役割を規定され、或いはそれに抗うため、別の役割<解放同盟>に身を投じる。




「くれてやるさ、明日など!幾らでもな!食料か?寝床か?それとも女か?程度は違えど、所詮それだけだ。貴様らの望むものなど!ならば何故、『同化』を拒む!」




 何故、一つになろうとしないのか。ムーン・ビーストは、一は全、全は一<ワンフォーオール・オールフォーワン>を地で行く生き物だ。それもいい。そう思うことも、彼らの個性で―彼らがそう考えることを、ウォンは否定しなかった。




 ぎちぎちと触手を動かした首長に、ウォンはぎこちなく口元を歪めた。先程の電磁鞭の一撃で、全身の筋肉は少しばかり動かしにくくなっていた。それでも、ウォンはその場から逃げようとはしなかった。それは彼の意地であり、決意であり、そして彼を人間たらしめる、本質であった。




「飯も家も女も―自分で選べない人生なんて、俺は嫌だね」




 誕生と死はひと繋ぎ。それは、誰にとっても等しく同じことだ。人生を人生たらしめるのは、生と死の間隙、幾度となく繰り返される選択だ。




 彼の言葉を受け、レン人の兵士たちに動揺が走る。彼らは、考えもしなかったのだ。あてがわれた相手と結婚をすることは当たり前のことで、子供を作ることも当たり前のこと。子供が出来ればより日銭を多く稼がなければならず、そうなればムーン・ビーストに身売りをすることは当たり前であった。誰もそれを疑わなかったし、誰も彼もがそれを受け入れ、同じ人生を送っていた。球技の選手、天才外科医、あるいはスーパーヒーロー。あんなに自由に、思い描いていたはずなのに。『自由<あした>』などと、そんな甘い幻想のことは、いつしか忘れてしまっていたのだ。




 ウォンは不敵に笑った。彼は懐から紙タバコを取り出すと、火をつける。




「俺たちは『明日』を迎えるのさ。空を覆う『光の輪<ヘイロー>』をぶっ壊して」




 そう言って、彼はモニタを指さした。表示されていた残り時間は、五秒。




「―演説は以上か?」




 なら死ね、と。首長は鞭を振りかぶった。




「いや、もう一つ」




 ふらふらと、彼は立ち上がる。彼は操作盤を支えに、どうにか立ち上がった。




「ご清聴<お待ち>いただきありがとう」




 そして。『射出』と書かれたボタンを、右手で叩きつけた。時間は丁度ゼロ秒。発進シークエンスが完了し、射出の許可も降りた。




「貴様…っ!」




 謀ったな、と叫んだ首長に、ウォンは中指を立てた。

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