第20話 海咲さんの一人遊び

 格納庫の方から、獣の鳴き声のような物音がする。我妻天使はオートマチックな引き戸を開けると、恐る恐るその中を覗き込んだ。格納庫には、一人。奇声を発するタイプの、痛いオタク女が腕を組んでいた。




「…廊下にまで響いてるぞ、唸り声」




「あ、ごめんあそばせ。漏れてたかな、ひとり遊びの声」




  へらへらと笑った海咲の手には、メモ帳が握られていた。彼女は何かを書き殴っていたらしい。




「何してんのー?」




  天使はその紙を奪うと、中身を開いた。ブレイン・ストーミングの段階だったのだろう、散逸した文章から一定の指向性を導き出すと、彼は唇に手を添えた。




「ヘイローの収束ターボレーザーを耐える方法か…」




「そうなのです。魔術式的にどうにかなれば、私の出力で強引に解決出来るんだけども」




  普通はしないんだよ、そんなこと。天使は苦笑した。魔術師の世界において、魔力の無駄な浪費<出力頼み>は外道とされ、海咲の一言は魔術師が聞けば噴飯ものの発言である。しかし、彼は年の離れた後輩を責め立てることはしなかった。どれほど高く見積っても、花崎海咲の魔術の才能は中の下。『下』の領域は『手品師』扱いされている状況を鑑みるに、海咲は最も才能のない魔術師にカテゴライズされる。そんな彼女を責め知識を衒うのは、寧ろ破廉恥だ。




「…ターボ・レーザーが兵器に使われるのは、魔術で防ぎにくいからなんだけど。あと、出力頼みは最後の手段にしておきなよ?いざと言う時無茶ができないからね」




  天使の言葉を、海咲は素直に受け入れた。常日頃からひねくれている彼女であるが、先達の教えに対しては優等生なのだ。




 「うん、気をつける。倹約倹約、無駄遣いダメ絶対」




 「そうしなよ。あと、気がついてると思うけど、ターボレーザーを魔術盾で受けるのは問題があるな。あれは力場で霊子を偏向させて魔術を拡散するものだ。ターボレーザーには通用しない」




  うーん、と海咲は首を傾げた。ターボレーザーに用いられているのは、霊子ではない。ある特定の環境下で生成される極々微小な素粒子である。それは現象として光に近く、粒子であると共に波長としての性質を持つ。それ故に科学的に制御が容易で、かつ霊子場によって掻き乱されることはない。




 「因みに対物理魔術盾も無理ってことはわかってる?メッシュを最小にしたとしても、ターボレーザーの粒子はすり抜けるよ」




「それは途中で気がついたんだけど…。畢竟、熱兵器には変わりないよね?耐熱性を持たせればどうにかならないかな?」




「瞬間的とはいえ、直滑降で大気圏突入したときの温度になるんだよ?」




「やるか、大気圏突入―オペレーション・メテオ」




 「やってみな。死ぬほど痛いよ」




  地球型惑星に対して大気圏再突入可能な大型の宇宙船は、数千K<ケルビン>の耐熱性を有している。そしてその宇宙船の外殻を溶断し、風穴を空けるのがターボ・レーザーである。最低でも、セ氏にして三千度程度の耐熱性が必要になる。当然、海咲程度の魔術師が付け焼き刃で出来るなら、どこの宇宙船にも魔術師が同乗することになるだろう。




「大気圏突入、か。ガノタ(ガンダ○オタク)並の感想だけど、バリュート<傘>広げてどうにかできない?」




 「それでいいなら誰も死なないよ」




  僕の友達も含めてね、と彼は付け足した。




 「じゃあ、AMC<アンチ・マジック・コーティング>の要領でいけないかな?」




  霊子を場で弾き返さず、塗料の中に溶かしこみ昇華させることで魔術を無効化する、米軍の対魔術師装備。使用回数に制限があるとはいえ、非魔術師でも使用可能なことが利点とされていた。




  海咲の発言を素人考えと侮っていた天使は、彼女の言葉を聞いて考え込んだ。そして、口を開けたり閉じたりすると、くすりと笑った。




「…なるほど。そのヒラメキ、妬ましいな」




  我妻天使は、『トライアド』の簡易魔術外装のコンソールを開いた。コマンドプロンプトを呼び出し、外装の魔術的性質を書き換えていく。張られている魔術シールドの霊子構造をAMCに近づけると、彼は途中で手を止めた。




「書き換えられそうだけど。この理屈じゃあ、耐えられても一発だ。あとは、生身で飛ぶ羽目になるよ?」




  宇宙空間を、と天使は付け加えた。結局、ざっと計算したところ、完全にヘイローのターボレーザーを無効化することは不可能であった。ここにある設備では、どうにか海咲一人の命を繋ぐ、その程度の性能しか発揮できない。以降のことは、彼女が一人でどうにかするしかない。




「上等。弱者を作り出すのが強者だってこと、彼らに教えてあげる」




「はいはい。君がヘイローと相対しないことを祈るよ」




  これは本当の意味で『付け焼き刃』。こんなものをアテにするような作戦は、失敗するに決まっている。どうか、これを使う機会がありませんように。




  術式を書き換えると、少年は祈るように息を吐いた。

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