第18話 『月世界に自由を!』
カフェにお願いしていた和風ピザを受け取って、海咲たち二人も彼らに合流した。ウォン含む彼らは既に親睦を深め終わったようで、互いの能力について雑談しているようであった。
「よしよし、このメンバーで月に攻め込みます。自己紹介は終わってる?」
海咲はピザの箱を開けると、お手拭きで手を拭いた。
「終わってます。ネコちゃん含めて」
そう言った善子は、踝まで体を地上に出していた。彼女は床板を石の槍で貫くと、適度に足場を確保したようであった。立食パーティ用のテーブルには、腰までの状態では高さが足りなかったらしい。
「善子さん、そんなに出せたんだ。生足」
「言い方きっしょ♡最低限、体が地中に入っていればいいんですよ〜」
泥田坊と言えば、上半身のみの図で描かれることが多い。しかし最新型の泥田坊は、体の一部分が沈んでいればよいらしい。否、それは単に、善子が純粋な泥田坊ではないからかもしれない。
「善子って神様の娘なんだっけ?」
「ええ、一応。ハイチの女神の娘ということになっています。あ、頭チ○コ野郎が誤解しないよう言っておくと、地母神とかではないですよ〜?安心ですね〜♡」
実の親に関してはあまり興味が無いのか、彼女はくるくると髪を巻きながら呟いた。相変わらずの口の悪さに辟易しつつ、天使はハイペリオンに尋ねた。
「ウラノス神の熱心な信徒的には、じめんタイプはイけるの?」
「そうですね。聖典では―」
ハイペリオン司教は、ナイフとフォークでピザを小さく切り分けていた。天使に質問を投げかけられると、彼は手を止めた。
「地面に陰茎を挿す行為は、認められていません」
高度なプレイすぎるだろ、と海咲は吹き出した。確かに昔、ネットの掲示板で見たトキあるけれど。
天空教では、大地との交合は絶対のタブーである。更に言えば、衣服を介さず土に触れる行為そのものが禁止されていた。尤も、その教えを大真面目に守っているのは、司教の中でも過激派だけなのであるが。
「あらあら、じゃあ抱き締めてヨシヨシしてあげたら、泣いちゃいますか?試してみてもいいですか〜?」
くすくす、と扇情的な笑い声を零しながら。善子は、挑発するように目を細めた。
「ご勘弁を。信徒に顔向けできませんから」
「まあ、向ける顔がありますの?全身陰茎みたいな見た目して」
「褒め言葉として、受け取っておきましょう」
善子の揶揄に対して、司教は柔和な微笑みを返した。その大人な対応に、海咲は感銘を受けた。やはりハイペリオンという御仁は、見た目に依らず誠実で生真面目で、そして底を読ませない人柄であるようだ。
その様子を見て、にたにたと笑う泥田坊。彼女の人を小馬鹿にする姿勢が、イシュバランケには気に食わなかったらしい。
「態度が悪いな、女。他人には敬意を払え」
彼は顔を上げると、泥田善子を睨めつけた。彼らの間にいたウォンは、気まずそうにしていた。
「あら、ごめんあそばせ。『人』には敬意を払いますね〜」
反射的に、海咲は対面に立っていたウォンを突き飛ばした。彼女の読み通り、黒いジャガーが妖怪目掛けて飛びかかる。
「馬鹿にしているのか?神の子たるオレを」
その爪は、空を切った。善子が、地中に逃れた為だ。
「あら、私も女神の娘です♡お揃いですね〜?」
「だから何だ?」
あーあ、と海咲は肩を竦めた。このジャガーは神霊の例に漏れず、低俗な挑発に乗ってしまう短気な性分らしい。こうやって自身の言動に容易く心乱される他人を、泥田善子は『信用』しない。
「心配しちゃいました♡ネコちゃんの『取り柄』が一つ、なくなっちゃいますから〜」
「貴様…っ!」
泥田善子は、問題児だ。海咲はそれを、十分に理解していた。彼女は、騙し騙され、孤独に生きてきた―そう聞いている。だから、警戒心も人一倍高いのだ。
「善子さん、そこまでにしよう。イシュバランケくんも、一回爪を納めてくれる?」
この人は、仲間にストレステストを課す悪癖がある。天使くんは、OK。ハイペリオンさんも、OK。しかしどうやら、イシュバランケはレッドカードらしい。
「はいはい、ごめんあそばせ?私『は』許してあげますよ〜」
『でも、彼はどうでしょうねぇ』。意地の悪い言い方に、イシュバランケは深く唸った。獰猛な大型肉食獣の、本気の威嚇である。
「ありがとうございます、イシュバランケさん。私のために勃起<怒張して>くださったのでしょう?」
そんな彼を窘めるように。丁寧にお礼の言葉を述べて、ハイペリオンは一礼した。じゃらり、と首から提げた下品な金のネックレスが音を立てる。少し慣れてきたとはいえ、海咲にはまだ、ハイペリオンの見た目と中身のギャップが処理しきれなかった。
何でこの見た目でこんな丁寧なんだ。胡散臭すぎる。
「ふん、この『土くれ』が気に食わなかっただけだ」
照れ隠しなのか、イシュバランケはふいと顔を背けてしまう。司教は、そんな彼の前に跪いた。
「ご謙遜なさらず、素晴らしい『射精<心イキ>』だと思います」
そう言って、彼は懐からハンドブックを取り出した。
「我が教団は、貴方のように誠実な方を募集しております。ご興味があれは是非に…」
最悪な流れに、海咲は笑ってしまった。
流石は宗教家である。やはり勧誘活動は忘れない。あと本当に胡散臭いし、見た目と行動と口調と言動と未開の語彙が結びついて無さすぎて怖い。でも、絵面が宗教画のようになっているのは少し面白い。正午の光指す小会議室の一角で、漆黒の毛並みのジャガーの前で跪く、派手なスーツの派手な黒人男性。いや、宗教画じゃないな。ファミレスに貼ってあったら怖すぎるもの。
などと思考を巡らせつつ。海咲は、自身が緊急避難させたウォンを助け起こした。
「ごめんウォンさん、突き飛ばしちゃって。大丈夫そ?」
彼女とウォンはよたよたと起き上がると、服に着いた汚れを払った。
「な、何とか。ありがとう、助かったよ」
「軟弱ですね〜?そんな様子で…」
次のストレステストが開始される前に、海咲は善子を諌めた。
「善子。仕事の話をしたいな。ちょっと話してもいい?」
「…いいですよ〜」
泥田善子は細い肩を竦めると、腰まで床に埋まった。
「よし、じゃあ天使くん。まずは私がこれまでの出来事について簡単に話します。そしたら話の整理と状況説明お願い」
「…なんで僕?」
食後の一服をしようとしていた天使は、露骨に嫌そうな顔をした。いやいやながら、少年は煙草を再び箱に納めた。そして、置いてあったホワイトボードに向かうと、ペンを手に取った。彼は、てきぱきとこれまでの状況を整理するための枠組みを作り上げていく。それはかなり熟れた様子であり、月で古物商を営む前のキャリアを窺わせる。
私はこれまでの出来事について簡単に説明した。私は夢沢渡里という女の子を追っていること。公爵という月の化け物によって渡里共々敵の施設に捕らえられ、そこで解放同盟と出会い、協力して施設から脱出したこと。それからン=グィという街に逃げ、そこで再び渡里が捕まってしまったこと。そして公爵は渡里を、新たなる月の邪神に祀りあげようとしていること。一連の流れを説明すると、私は天使にバトンタッチした。彼はざっと、今回の仕事の背景についてまとめあげてくれた。
レン民族解放同盟と公爵一派の関係性と目的、そして海咲たちが襲撃する施設の特徴。解放同盟が有するという輸送艦と、ヘイローによる狙撃についてなど、天使は要点をホワイトボードに書き出した。彼はペンを置くと、振り返った。
「そして僕らの仕事は、施設を強襲し、レン民族と夢沢渡里を救出すること。ここまで合ってる?ウォン」
天使は眼鏡の位置を正すと、レン人であるウォンの方に向き直った。
「ばっちりだ。君たちには、まずどうにかして施設の防衛能力を削いで欲しい」
「迎撃兵器、と言いますと?」
「機銃にターボレーザー、あとは誘導ミサイルかな。射程は二キロほど。迂闊に寄ると蜂の巣だよ」
海咲が自身の経験を語ると、ハイペリオンは顎に手を当てて思案した。彼には飛行能力があるが、敵の科学力<センサー類>の前には動く的に等しい。
「それでは、空からの強襲<杭打ちピストン>は難しそうですね」
「因みに、輸送艦というのは〜?」
「ああ、ごめん。詳細を書いていなかった。陸上を走る、巨大な船のこと」
昔見た事がある、と天使は付け足した。
「『ガーイェグ』、ペルシャ語でそのまま、船を意味する。革命軍時代の産物、陸上戦艦をベースにした輸送艦だ。外装は月の岩製でステルス性能は高く装甲も厚いが、今はまともな戦闘装備がないからな。高齢の鈍重な亀だと思ってくれていい。敵宇宙戦闘機に付き纏われたら、ドームに着くまでにスクラップだ」
恥ずかしながら、我々の旗艦だ。ウォンはそう言うと、写真を見せてくれた。その姿は正に『動く山』。月の地表に溶け込んで、光学系のセンサを欺くのは容易いだろう。
イシュバランケとハイペリオンは頷いて、具体的な作戦について話し合おうとした。しかし口を開きかけたジャガーを制するようにして、善子の笑い声が響く。
「ふふ、本気で言ってるんですか〜?それ」
そう言って、泥田善子はくすくすと笑った。
「おっそーい亀さんにレン人を詰め込んで、施設からよっこらひいこら撤退するんですか〜?私だったら、そこを狙っちゃいますね〜」
「亀頭狙いですか、手厳しい」
「それは理解しているよ。だからどうするのって話で…」
善子の発言に、我妻天使は苛立った様子だった。司教のセクハラコメントを無視しつつ、海咲はそんな彼を宥める。そして、この中で最も付き合いの長い友人に、笑いかけた。
「善子、何が足りてない?」
「空間転移です〜。勿論、第三者の移動が可能なレベルで。海咲さんみたいなヨワヨワクソザコマジョモドキ(和名)じゃない、つよつよ魔術師がいれば解決です」
海咲は、我妻天使の方を見る。
「いるよ。あるんだね、善子。名案が」
「ええ、頭よわよわな皆さんと違って―私はかしこいので♡」
海咲は頷いた。そして、天使にメモを取るように促した。
泥田善子。泥田坊とハイチの女神『赤い眼のエルズリー』の娘にして、半神半妖。養父にはかの『串刺し公』ヴラド三世。花崎海咲の通う、イリス最高学府―アカデミア高等部在学。エリートのみが所属する二年一組にして、成績は学年トップ。一学年の試験を全て『満点』で通過した、アカデミアきっての才媛である。
彼女の描いた『絵』を確認すると、メンバーは口々に意見を出し合った。
「ご質問はありますか?特にチン○野郎、いざという時は、貴方が頼りですよ?落ちてきますからね、空が」
泥田坊の少女は、司教にびしりと指をさした。彼は堂々とした振る舞いで『チ〇ポ野郎』の謗りを受け入れると、朗らかに答えた。
「ええ、理解しています」
柔和な声色とは裏腹に、覇気のある様子だった。その雰囲気に呑まれぬよう、善子は敢えて飄々とした態度を貫くことにした。
「本当ですか〜?」
にやにや、と笑う善子。彼女は、また『意地悪』を口にした。
「下半身でモノを考えてそうなのに」
善子が口を開いたのと殆ど同じタイミングで、ハイペリオンは微笑んだ。
「下半身で物事を考えておりますので」
海咲はくすくすと笑った。メスガキと変態がハモってしまった。最悪のハーモニーだ。泥田善子に文字通りの『天敵』が存在していたとは、驚いた。
思考を読まれたことが恥ずかしかったのか、頬を赤らめた様子の善子を見て、海咲は生暖かい表情をした。そのとき、電話がかかってきた。海咲は、スマートフォンの通話ボタンを押した。電話の主は、インターンの上司。
「面接は終わったかい?」
ええ、と海咲が答えると、窓の外に『TU-Na輸送艦<トランスポーター>』が現れた。
「燃料も整備も万全だ。おまけに『植木鉢』も積んでおいた―役立ててくれたまえ。それではセレーネ商会諸君、『月世界に自由を!』」
そう言い残して、彼は通話を切る。
「ふむ、ウィットに富んでる。評価星三とします」
天使くんとは、相性が悪いみたいだが。私こと花崎海咲は、この上司のことを気に入っているのだ。私の好きなハインラインを引用されたのだ。それなら、腹を括るしかない。『勝ちの目は、七に一つ』かもしれないが―革命の時間といこうじゃないか。
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