第16話 モラハラメスガキ泥田坊

 面接会場に選ばれたのは、鳥取県某市のとある喫茶店。古民家を改築した店舗であり、元々八畳間であった奥の部屋は、会議室として貸し出されていた。海咲たちはその会議室を借用したのだが、実際に部屋を使う訳では無い。必要なのは、魔術的に細工しやすく一般人が触りにくい『扉』だけであった。




  貸会議室へ続いていた扉は、魔術によって『ファウンデーション』のとある小会議室に接続されている。『ファウンデーション』は外宇宙の悪意から地球を守る組織であり、海咲のインターンにおける上司が所属している。扉を開けば、コンクリート造りの無骨な小会議室。可愛げのないオフィスに気分を少し盛り下げながら、海咲は面接の準備をすることにした。




  彼女たちは近所にあった漫画喫茶でシャワーを借りつつ、市街地のイオンモールに取り敢えずの衣服を買いに行った。海咲は例によって、黒地にビビット・ピンクのワンポイントがあしらわれた、セットアップの地雷服。凡そ戦争に行くとは思えないひらひらのレースを身にまとい、彼女は御満悦だった。可能な限りのメイクアップをして、準備は万端。上司がYAMATO<バイクメーカー>にかけあってくれたらしく、三輪バイク『トライアド』は準備できるようだ。ここまでの準備で、二時間ほど。殆どメイクの時間だったが、「戦争に行くのだから、戦装束に着替えるのは当然のことだ」と海咲は言い張った。




  デスクに座り、ペンを手に取る。デスクの上に広げられた募集チラシは、数時間前全世界に向けてばらまかれたものである。




 「応募人数は?」




 「十五人ほど。履歴書に目を通した?」




  そう言って、天使は紙の束を差し出した。海咲はそれを受け取ると、机に置いた。たった二時間ほどで、よくも十五人集まったものだ。ファウンデーションの力は計り知れない。応募は世界中から集まり、彼らは各々の国にある『ファウンデーション』所有のワープ・ゲートから、この会議室へアクセスできるようになっていた。




 「見ながらやるとするよ。一人目、どうぞ」




  面接は一人五分。手早く決めて、手早く向かいたい。仕事の説明は、午前中に―できればランチをしながら終わらせたい。懸念事項の一つであった宇宙船は、修理してもらえるらしい。したがって幻夢境を経由する必要は無い―とはいえ、『儀式』まではあまり時間が無い。




 「…どうぞ?」




  それなのに、このような遅刻をされるのは腹が立つ。二分ほど経ったが、扉が開く気配は無い。少しイラついたので、履歴書を拝んでやろうと思う。きっと、社会不適合者のような顔つきをしているに違いない。社会人にとって遅刻はタブーであることすら知らないような、知性の低そうなクソガキ―そんな感じでしょう。




 「―あ」




  先に席を立ったのは、天使であった。続けて、履歴書の扇情的な証明写真に苦笑していた海咲も、体を強く捻って『それ』から逃れた。彼女の座っていた安物のパイプ椅子が、木っ端微塵に砕け散る。床から伸びた自由の女神<スタチュー>に、貫かれたのだ。




  反射的に鉾を抜いた天使を、海咲は諌める。そして、右手を銃の形に象らせた。




 「じめんタイプめ、ドロポンを喰らえ!」




  同僚が芝生の水やりのように液体をぶちまける様子を見て、天使は苦い顔をした。机の上は無事だろうか。




 「くすくす」




  笑い声が、小会議室に反響する。




 「現れたな。お下品妖怪、メスガキ」




  挑発的な笑い声は、やや幼い少女の声色。彼女は床からゆっくりと頭を出すと、そのまま腰の辺りまで姿を現した。泥のような褐色の肌に、鮮やかな銀色の髪。扇情的な薄い白布を纏った細い肢体は、艶やかで繊細、そしてガラス細工のように美しい。しかし、色素の薄い真紅の瞳には、爛々と獰猛な光が満ちていた。そして、左目を覆う眼帯には、赤い椿の花飾りが添えられていた。




 「あらあら。『パパ活』で稼いでいても、相変わらず品性は場末のドンキみたいですねぇ、海咲さん。こんにちは、泥田善子です♡」




  泥田善子。海咲の通うイリスの学校『アカデミア』の一年先輩であり、知己の間柄であった。彼女は『泥田坊』と呼ばれる妖怪の一族であり、シリコン系の鉱物に潜り込み、自在に操る能力を有していた。彼女はたまたま学校を休学し、養父が育ったルーマニアや、実母の故郷であるハイチを漫遊している最中であった。




 「善子さん、久しぶり。あと壊れたんだけど、椅子」




 「あら、かわいそ〜。椅子さん、地雷系の『重さ』に耐えきれなかったんですね〜よちよち♡」




 「煽るね〜〜〜〜〜」




 「相応しいものを拵えましょうか〜?」




  そう言って、彼女は自由の女神像の王冠を、ドーナツ型に変形させる。そして、ぴょこんと白鳥の首を立てた。それを粉々になった海咲の椅子と同じくらいの高さ―から少し下に降ろして、出来上がりである。




 「いや、おまるじゃん。こちとら赤ちゃんだぞ、座りやすい椅子にしろ」




  その形に、海咲は思わずツッコミを入れてしまった。顔を顰めて立ち尽くす彼女の姿を見て、善子はにたにたと笑う。




 「あら〜?ごめんあそばせ、まだ一人で出来ないんでしたっけ♡」




  海咲の揚げ足を取り、善子は『悪い顔』をした。彼女の可憐な容姿に魅せられる男性は多い。しかし、交際したとしても大抵は数ヶ月と関係を保てなかった。容姿も能力も申し分無し、しかし人を無闇矢鱈に小馬鹿にするところが、彼女のウィーク・ポイントであった。




 「それで、そちらの方は?」




 「我妻天使くん。今回のチームメイト」




 「ふーん…」




  にたにたと笑う、泥田坊。どうか、揉め事が起こりませんように―と海咲は願った。




 「可愛らしい―『女の子』ですね?」




  私が地雷系女子なら。彼女は、地雷探知機だ。人の地雷を踏むことに関して、一切の躊躇いがない上―抜群の感度を誇る。本当に、不和をもたらすのが上手い。流石は、ハイチが誇るケンカと愛の女神の娘である。




 「僕は男だぞ。ちんちん見せようか?」




  例によって、彼はいきり立った。安い挑発だと分かっていても、乗らなければならない。それが、男というものであるのだ。馬鹿だね。




  我妻天使のレスポンスに、善子はにたりと笑って応える。




 「あら、見せてくれるんですか〜?ちっちゃいちっちゃい、お・ち・〇・ち・ん♡」




 「こいつ…っ」




  馬鹿にしやがって、と彼はパンツに手をかけた。そして、迷いなく陰茎を露出させる。




 「ほら見ろ!」




  またも迷いない陰茎開示だった。これぞ政治、黒塗りは許さない。




 「あら、可愛い♡これ、お〇んちんですか?お豆さんかと思いました♡」




  彼女は態々、天使のパンツの中身を覗きに来た。そして、厭らしく笑いながら―態とらしくじっと見つめる。急な陰茎開示にも冷静に対応。すごいな。海咲は感心したように頷いた。




「こんなにちぃちゃいと、接吻<ちゅー>してあげたくなっちゃいますね〜♡…あれ〜?あれあれ〜?あれあれあれ〜??ちょ~~~っとだけ、大きくなりました〜?」




  性的なイタズラを受けた我妻天使の我妻天使は、ぴくりといきり立ってしまった。くすくすとメスガキ仕草をした善子に揶揄われ、天使は真っ赤になった。




「もしかして、期待しちゃったんですか〜?ど・う・て・いクン?」




  善子はこつん、と天使の天使を爪弾いた。そして恥ずかしくなったのか、彼は目を潤ませて撤退した。




 「うわーん!僕こいつやだ〜!」




 「おーよしよし。パンツ下ろした手で女の子に抱きつくのはやめようね〜」




  天使をあやしつつ、海咲は善子の方を見た。彼女はまたにやにやと意地の悪い笑顔を浮かべると、椅子のある位置に戻っていく。




 「…それで、何か質問は?私の動機としましては…パパにお土産を。月のルビーが欲しいです。レン人<ざこども>が何人殺されてようがどうでもいいですが、雇われれば仕事はしますよ。多分ですけど。暇ですのでね」




  月の建造物はその殆どが石造りだ。泥田善子の能力は、非常に有用だろう。それに、確かに口は悪いが、彼女は責任感が強く義理堅い人柄である。海咲は、善子の性格をよく理解していた。




 「本当に、動機はそれだけ?」




 「ええ、そうですけど」




 「律儀だね。態々借りを返しに来てくれてありがと、善子さん」




  そう言いつつ、海咲は『不採用』の判子を天使の手から奪い取ると、彼の手の届かないところに移動させた。




  露悪的に振る舞うせいで第一印象悪いんだよな、善子さん。もう少しメスガキを抑えないと、今後も損すると思う。




 「はあ〜?借り?とかよく分からないんですけど?月の石に興味があるだけなんですけど?」




 「はいはい、どうもありがと。『私のために』真っ先に来てくれたの、よく分かってるから。よ、エントリーナンバー一番」




 「違いますけど?妄想激しすぎますよ?きっしょいのでやめてくださいね?」




  早口に捲し立てた善子。はいはい、と海咲は肩を竦めて舌を出した。その様子を見て、天使も何かを察したようだ。彼は海咲の方を向いて、生暖かい笑顔を浮かべていた。天使とアイコンタクトを取ると、海咲は『採用』の印を押した。




 「採用なので。右隣の部屋で待っていて、ピザ注文してあるから」




 「ふん、さっさとそう言えばいいんです。本当に別に実際に貴女のことなんてどうでもいいですから。くどくど。そそくさ」




  不服そうに何事か呟きながら、善子は床に潜って行った。十秒ほど待ってから、海咲はおまるの上でぼそりと呟いた。




 「あ、やば」




  重い音と、悲鳴が響いた。泥田善子は、砂や泥を含むシリコン系の鉱物に潜り込める。つまり、フローリング<木>の前では、人と同じく無力である。隣りの部屋から、抗議の意を込めた頭大の木片が飛んできた。




 「もうなんなんです!?折角急いで来てさしあげたのに〜!むかつく〜!」




 「ごめんって。あとやっぱり態々来てくれたんじゃん」




 「違いますから〜!」




  顔面に当たった木片を床に捨てつつ、海咲は笑った。さて、これで一人は手練を確保できた。残り二人ほど、決めてしまおう。

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