第13話 利害の一致
モンゴルの『ゲル』を思わせるしっかりとした造りのテントには、六枚羽のクジラが刺繍された、薄い藍染―『水縹色』の旗が飾られている。それは彼らの夜明けの色―レン民族の『自由』のシンボルであった。
少女たちを待っていたのは、レン民族解放同盟司令官、ヒライであった。彼は無事、一命を取り留めたのだ。
「随分と、遅かったじゃないか」
すみません、とばかりに、海咲は舌を出した。怪我人を待たせておいて、この態度は酷い。傍らでそれを見ていた少年は、そう思った。
「コーヒー押し付けられたので」
人に奢らせておいて、この言い草<責任転嫁>である。こういう見た目の女は、往々にして『こう』なのだ。そうレッテルを貼りたくなるくらい、天使は腹が立った。声を荒らげそうになったが、ここで大仰なリアクションをとっては、負けを認めたことになる。この女<カス>のことだ、反応したら付け上がるに決まっている。荒らしは無視。少年は、ぐっと堪えて押し黙った。
「海咲くん、無事で何より。私はこの通り、また生き残ってしまった。君には救われてばかりだ」
「良きなのです。ぶい。困った時はお互いSummer」
「…?どういう意味だ?」
「いつも助け合うこと、常夏<Summer>」
「は??」
天使は思わず、困惑の声を漏らしてしまった。海咲はと言えば、くだらない事を述べつつも、ヒライの体を注意深く観察していた。痛々しく包帯の巻かれた身体。弾丸は貫通したはずなので、余計な後遺症は少ないだろう。他の傷もそこまで深くなさそうだ。
「翻訳が不調なようだな。まあいい、渡里くんは一緒ではないか。そうか…」
彼は目を伏せると、大きく頭を下げた。その様子を目撃した解放同盟のメンバーに、動揺が広がる。ヒライの名は、冷酷無比な鬼将軍として知られていたからだ。そして、今は亡き彼らの王朝の、血を継ぐとも。
「私の責任だ。あの時、早急に君たちを逃がしていれば」
「いや、仕方ないですよ。私も―首長の機嫌を損ねて、出国できなくなるよりはマシ、とか思ってましたから。結果はあのザマでしたけど」
首長の裏切りにより、渡里は再び奪われてしまった。悪いのはヒライではなく、首長本人だ。司令官を責めるつもりは、一切なかった。
「かたじけない。…ところで、潜り込ませている間諜が、渡里くんを発見した」
「どこで」
先程までのふざけた素振りからは見違えるように、真剣な顔付きになる。海咲は、生真面目な声色で応えた。
「我々が囚われていた『例の施設』だ。彼女は幽閉機関の艦船で、そこに移送されている」
全長五百メートル越えの豪華客船による、送迎サービス付きらしい。随分と出世したな、渡里。
「あら、ご執心ですこと。親分ナメクジの目的は?」
「ああ、それも分かっている。弟の―フライからの情報だ」
そう言って、司令官は弟を紹介した。フライは、海咲たちに挨拶をする。海咲は彼に見覚えがあった。首長の部下の男と一緒にいた男性である。一通りの自己紹介を見届けて、ヒライは滔々と語り始める。
「公爵の目的は、第二次月面戦争の後、通称『モスクワの海』と呼ばれるクレーターに封印された、邪悪なる神『ムノムクア』の復活だ。彼は長年、復活の儀式に用いる『依代』候補を探していた。しかし、どうやら公爵は遂に『依代』を見つけたらしい。それが、渡里くんだ」
「ちょっと待った。月の邪神<大トカゲ>の復活だって?有り得ないね、奴は出て来れない」
そう口を挟んだのは、我妻天使だ。彼は訳知り顔で、ヒライを問い詰めた。彼は少年の顔を見ると、静かな声色で応えた。
「何故そう思う、ワガツマ殿」
早口で、やや食い気味に。天使は力説した。
「アレはそう簡単に解ける封印じゃない。擬似多元宇宙に放り込んだんだ。そこに居たとしても、外から干渉なんて出来ないよ」
ばーか、と少年は付け足した。彼は不機嫌そうに、ヒライの返答を待った。司令官は少し考えた後、重々しい素振りで頷いた。
「仰る通りだ。『貴方がた』が過去に施した封印は、解けはしない。だから公爵は、別の器に、『ムノムクア』の力を注ぎ入れることにした」
「それも無理だって。魔術にわか?」
「本体に干渉は出来ないが、間違いなくそこに存在しているのだろう。それなら、写し取れるのではないか?」
『絵に描いた餅』には、干渉できない。手に取ることは出来ないし、書き加えたり書き換えることは出来ても、それを実際に口に入れ、味を感じることはできない。しかし、描かれたものを写し取るだけならば―描かれた餅そっくりのモノを作り出すことは可能だろう。
挑発するように、眉を釣り上げていた少年。彼は、それをきゅっと顰めた。
「…月齢は?」
「昨日は『赤い月』だよ、天使くん。渡里は間違いなく、投影による影響を受けている」
合点がいった。海咲は、一人大きく頷いた。陰謀論と自身に言い聞かせたが、どうやら仮説は正しかったようだ。彼女が恐れていたことは、現実になってしまった。
やはり夢沢渡里は、『邪神の力』の器<ホルダ>になりうる。そういう血筋だったのだ。だから上司も渡里のことを警戒していた。
今までは単に、邪神の力そのもの―中身がなかっただけだ。彼らはそこに目をつけた。どういう方法かは知らないが、渡里を幻夢境まで誘導し―そして無垢な白紙に、複写した邪神の力を焼き込んだ。あとは、その力を引き出すだけだ。私と、同じように。
だからこそ、渡里が公爵の手に渡る前に始末しなければならなかった。しかし、私が余計な温情を掛けたせいもあり、失敗した。事態は一刻を争う。対応を誤れば、邪神が復活する。邪神とは一度やり合ったことがあるが―到底勝てる気がしない。『触らぬ神に祟りなし』、逆を言うならば、触られる<復活する>前に始末を付けるしかない。
海咲は、天使の様子を伺った。うわ言のように公爵一派の使用した術式の理論を因数分解して、彼は舌打ちした。それは彼の中で、術式が『実現可能』と判断されたことの証左である。
「地球の虚像<幻夢境>を水鏡に見立てた投影術式…現世からの転移時に『焦点』は通るけど―そんな裏技、ありかよ」
「魔術にわか?」
にんまりと笑う海咲。天使を煽った少女の脛は、渾身の威力で蹴飛ばされた。
「DV!?」
冗談抜きの暴力に、彼女は咄嗟に防御魔術を発動せざるを得なかった。
我妻天使は、先程までの様子からは想像もできないほど、狼狽えていた。彼は悔しそうに、下唇を噛み締めた。
「くそ、くそ、くそ。それはダメだ、絶対にそれだけは許さない。渡里っていうは、どんなやつなんだ」
「ちょっとオタクっぽい、普通の女子学生だよ」
「人相は?」
「教えないよ〜だ」
少年は再び舌打ちして、真横にいた海咲の襟元を掴んだ。天使の余裕のない素振りに、同盟のメンバーは動揺した。海咲は彼らを制すると、天使に向かって尋ねた。
「期待しないでおくけれど。それを聞いて、どうするつもり?」
決まってるだろ、と彼は吐き捨てた。
「殺す<沈める>」
だろうと思った、と彼女は笑った。
「名案だね。『公爵』もさぞお喜びになられるよ」
「…はあ?」
「彼女は既に、邪神の力を持っている。そしてそれは、彼女の死を以て発動する」
「根拠がない」
「私がエビデンス。プラスもう一件、事例を知ってる」
そう胸を張った少女を、天使は凝視した。彼は海咲の足先から頭までを一瞥すると、襟を掴んでいた手を弛めた。その代わり―彼は一瞬、憎悪の込められた視線を海咲に向ける。
「…お前、あいつの―」
「私じゃないよ、その人は。それより、続きを聞こう?」
「…そうだね」
海咲にそう笑いかけられると、彼は不愉快そうに鼻を鳴らした。そして態とらしく頭を引っ掻くと、溜息と共にヒライの方へ向き直った。そして小さく、頭を下げる。
「申し訳ない、取り乱した。『依代』がなんだって?」
ヒライは頷くと、話を進める。
「フライからの情報によれば、だ。渡里くんは、施設に運ばれたあと『調整』され、明日の夜までに、『モスクワの海』―我々は『ウボス』と呼んでいるが―へ向けて移送される。そこで、生贄を立てて儀式を執り行うらしい」
「儀式の詳細は明らかになってる?復活は有り得ない、奴らの目的は―神を生み出すことだろ」
「左様、復活とは名ばかりだ。ワガツマ殿のおっしゃる通り、公爵一派の本当の目的―それは、邪神ムノムクアの力を持つ、新たな神の創造だ。渡里くんは、彼らの神に祭り上げられる」
大出世だ。彼女は新世界の神になる。彼女は『人類は十進法を採用した』とでも宣うように両腕を十時に開き、声高に叫ぶのだろう。『そう!私こそが神!』『ならどうする!殺すの!?』。オタクな渡里のことだ、私が誘導せずとも、そんなことを言い出しそうである。
「聞いてる?海咲」
「あ、ごめん渡里のこと考えてた。続けて」
ヒライと天使が同情するような顔で、海咲を見つめていた。良かった、と海咲は思った。嘘はついていない。
「…儀式に用いられる生贄は、公爵の城『クレマトリオム』―我々が囚われていた施設のどこかにいる、同胞たちだ。我々は、彼らを解放したい。渡里くんも、施設にいるはずだ。取り戻せれば、儀式そのものを潰すことが出来るだろう」
そのために、施設に攻勢をかける。それが、解放同盟の計画していた、大規模作戦である。
「待って、その作戦。意味ある?」
ボルテージの上がっていた同盟の戦士たちに、言葉の冷水が浴びせられた。柄杓を握っていたのは、またも我妻天使だ。
「『生贄』とやらの要件は?何か資格があるの?」
天使の言わんとしていることを理解し、海咲は口を挟んだ。婉曲な言葉遊びと問答は好きだが、今はそんなことに時間を割いている場合ではない。
「…結論を急いでもいいかしら。天使くんはこう聞きたいのでしょう?この街にいるレン民族も、生贄に出来てしまうのでは…って」
解放同盟の戦士たちが、はっと息を飲んだ。彼らは舌を巻いた様子で、周囲と顔を見合せた。
「プランBを想像してみよーよ。君たちのじゃない、向こう<公爵一派>のプランB」
天使はメガネの位置を戻すと、指をくるりと回して見せた。彼はヒライの机にあった大判の紙とペンを奪うと、書き込み始めた。
彼曰く。公爵の目的は儀式の成就。そして、儀式に必要な要素は『祭壇』を除いて二つある。第一要件は、渡里の確保。それだけは確実かつ堅実な方法で遂行するはずだ。第二要件として、霊力を生み出すため―あるいは呼び水とするための生贄の確保。プランAは、レン民族解放同盟から儀式成功に必要な分の生贄を守り切り、ウボスに移送すること。そしてプランBは、作戦中に手薄になったここン=グィに住むレン民族を強制徴用、ウボスに直送する。生贄に何らかの『処置』が必要であれば、プランBの線はない。しかし、生贄が誰でも良いのなら―例えば収容は洗脳や薬剤投与による抵抗の抑止が目的なら―例の大規模作戦は、全くの徒労に終わる可能性がある。作戦が成功したとしても、『戦いに勝って、勝負に負ける』。更には、施設防衛の次いでに解放同盟の戦力を削げるだけ削いでしまえば再起不能―つまりは、ゲームオーバーだ。
「理解した?反乱にわかの人達」
海咲は「誰しも反乱はにわかなのでは」と言いかけたが、彼もどこかで反乱を食らった可能性があるので言わなかった。
「…『マザー』に尋ねてみよう」
そう言って、ヒライは部下を使いに出した。数分して、若い戦士が一人の女性を連れて帰ってくる。歳の頃は八十近いだろうか。腰の曲がった、タトゥー塗れの『麻薬中毒者<ジャンキー>』である。
「この人が『マザー』?」
いいや、とヒライは首を振った。彼の部下たちは、テントに様々な物品を運び込んでくる。何かの毛皮で作られた敷物に、水色のペルシャ絨毯。そして、何かの液体で満たされた陶磁器と、シーシャ用のガラス瓶。老婆は坐禅を組み、煙を吸い込んだ。
だから、悠長なことをやっている場合ではないのだが―と海咲は言いかけたが、他所の国の儀式に文句をつけるのはポリコレ的に自省した。
「『マザー』、私です。お尋ねしたいことが」
ヒライが一礼すると、老婆は痙攣した。その様子は、電源の入った直後のラジコンを思わせた。
「ええ、構わ、ないわ。お、久しぶり、ね、将軍」
『マザー』なる人物が、降臨したようだ。それを観光客気分で面白可笑しく眺めていた海咲の横で、天使が大きくため息をつく。
「わーあ、その頭のおめでたさ、妬ましい。いやマジか。君たちさあ、ヤク中ババアのイタコ芸に従ってきたワケ?」
少年のボヤキを無視して、ヒライは話を続ける。
「『ムノムクア』の儀式に関して、ご助言を賜りたく。儀式に用いる生贄の要件について伺いたい」
「ふふ、そんな、もの、ない、わ。誰、でも、いい、の。あの子、は、血が、好き、だから。血と、争い、に、溺れて、いるのが、見たい、だけ。生贄、にも、あの子、の、興味、を引く、くらい、の、意味、しか、ない、わ。いい、え、今、あの子、は、囚われて、いる、から、道標に、なるの、かしら」
ぶつ切りの音声を聞いているみたいで、聞き取りにくい。しかし、その声色は、刺青だらけの老婆から出てきたものにしては、柔らかい。
「いいWiFi使ってんじゃん。火星のマクドナルドから配信してんの?」
通信にタイムラグがあるような話し方に、天使は苛立ったように老婆を睨めつけた。『マザー』なる人物は少年には目もくれず、話を続ける。
「ええ、だから、そう、ね。薬でも、お酒、でも。あと、は、拷、問、?。他人と、争、うこと、に、抵、抗、が、なくなれ、ば、下準備、は、終わ、り。要件、は、それ、くらい、かしら。お茶、を、淹れ、て、いる、の」
「ありがとうございます。作戦の練り直しが必要だ」
「『マザー』」
話が終わったことを確認し、海咲が口を挟んだ。どうせここまで半刻近く浪費したのだ。『観光客』か口を挟む時間程度、大局には影響がないだろう。
「何、かしら、『海咲』」
「物知りさんだな、マザーは」
「ふふ。ええ、貴女、の、こと、も、知って、いる、わ。花崎、海咲、『享年』十六、歳。身長、百六、十、五セン、チ。体重、五十、一キロ。バスト、は、A、カップ。好きな言葉、は、げこ…」
「それ以上やめて、恥ずかしいから。あと最後のやつは間違ってる」
「あら、そう、だった、かしら」
止めるところ、そこなんだ。天使はそう思った。
「貴女、どこの誰さん?」
この人物の正体。海咲はそれを知りたかった。彼女は、信頼に足る人物なのか。身元不明の人間に、渡里の行く末を決めさせるのは、彼女の生真面目さが許さなかった。
「…ふふ。『ベツレヘムの星』、と、でも、名乗って、おきま、しょう、か」
それを聞いて、海咲は訝しげな顔をする。暫く考えたあと、彼女は微笑んだ。
「かっこいい名前」
「ふふ、頑張って、ね。私は、『種まき』、くらい、しか、できない、から」
老婆は暖かな微笑みを浮かべると、かくんと眠りに落ちた。交信はここまで、ということだ。
「くそー、いいなー。ゴミカス通信環境の癖して、ちやほや姫プできて。妬ましー。こんなヘボ回線よりも、実益のある月クジラを信仰すべきだよ」
通信速度が遅いことに焦れていた少年は、不機嫌そうに唸った。そんな彼を他所に、ヒライは同盟のメンバーを見回した。
「計画は変更だ。施設には最低限のメンバーで行くしかない」
『推定プランB』の可能性を捨てきれない以上、どうきても後顧の憂いが残る。最悪の場合、解放同盟と一般のレン民族、双方が壊滅的な被害を被ることになるだろう。
「無茶だ」
そう言ったのは、フライだった。彼は兄であるヒライと共に若くして革命を志し、現在へ至る。スパイの身ながら幽閉機関の上役まで上り詰めた、老練にして優秀な戦士である。
「知っているはずだ、兄上。施設の防備は硬い。恐らく我々の奪還作戦を見据えて、兵力も充填されることだろう。数しか頼みにできない我々が、どうしてこれを攻略できる?また俺たち<幽閉機関のスパイ>に同胞を撃たせるつもりか?」
彼とて、やり切れぬ思いなのだろう。悔しそうに歯軋りした彼を、責める者はいなかった。元々、政治的な信条こそ異なるとはいえ―同族<レン人>同士の血で血を洗う争いになるのは明らかだ。彼らは可能な限り同胞を殺めたくはないし、むざむざと同胞に殺されるのも耐えきれなかった。
「無理は重々承知だ。しかし、例の邪神が甦れば、再びレン民族は暗黒の時代を迎えることになる」
「兄上。そう言ってお前は、何人殺してきた」
火傷によりガサツいた声帯で、弟は兄に問いかけた。
「数え切れんさ。だが、私には彼らの屍で築かれた道を進む義務がある」
「王道では無い。血塗られた道だ。お前の傲慢さが、妹を―ミライを殺したのだ」
「言うな。それに、今回は私たちだけではない」
ヒライは、重々しく口を開いた。そして、彼は海咲と天使を、二つの瞳で真っ直ぐに見据えた。
「お二人。聞いての通りだ。我々には、彼の基地を攻撃するだけの兵力がない。どうか、力を貸してくれないだろうか」
そして、深深と頭を下げた。彼に追従して、同盟の戦士たちも頭を垂れる。
海咲と天使は、顔を見合わせた。
「鉄砲玉になれってさ」
「爆弾でしょ?私地雷系だし」
我妻天使は、大きく聞こえよがしに溜息を吐いた。彼は懐のケースから紙タバコを一本出すと、近くにいた兵士に突き出した。
「火」
彼らは紙タバコを嗜まない。わたわたと慌てた兵士の代わりに、海咲が火を付けてやった。少年は煙草を吸い込むと、紫煙を吐き出した。元々シーシャで煙たかったテントの中が、余計に煙で燻される。
「…僕のことを知っていたね、司令官。第二次月面戦争の時にも会った?」
海咲は気が付かなかった。言われてみれば確かに先程、ヒライは我妻天使の自己紹介を待たずして、彼の名前を口にしていた。
「あの時は、戦艦の艦長として。革命義勇軍にて、モスクワの海制圧戦に従軍しました」
「いたんだ、彼処に。あれは、酷い戦場だった。うん。レン民族同士殺しあって、馬鹿みたいにウン十万と死んだね。あれがなければ、革命はもう少し簡単だった違いない。失ってばかりの無駄な戦いだった。僕も、友達を失った」
遠い目をして。彼は煙を吐き出した。夥しいほどの死体。それらを飲み込む黒い粘液。そして、完膚なきまでに破壊されたムノムクアの体。
「だからこそだ。あの勝利を、誰も彼もが傷だらけになって勝ち取ったものを。今更ひっくり返されるのは、虫唾が走る」
「虫唾がランニング…」
「また首根っこ掴まれたい?」
意外なことに、少年は海咲より先に―首を縦に振る。
「…はあ。いいよ、手を貸そう。革命にわかのレン民族解放同盟。群れからはぐれたロートル一匹だ、あんまり期待はしないでよね」
彼は、携帯していた灰皿に、煙草を擦り付けた。彼の言葉に、同盟のメンバーから歓声が上がる。その様子を眺めたあと、海咲はヒライに声をかけた。
「ところで、ヒライさん。約束通り、船はいただける?私は地球に戻らなくてはならないの」
お小遣いを強請るように―淫蕩な微笑みを浮かべて、海咲はそう言った。少し残念そうな顔をして、司令官は頷いた。
彼が口を開く直前。海咲は老練の司令官を揶揄うように、ウインクをした。
「『私の手は貸せる』けど、二人で足りるのかしら。増援<ヘルプ>を呼べるか、試してみましょう。やってみる価値はありますぜ」
敵は強い。可能なら、もう何人か手練が必要だ。心当たりなら、幾らでもある。
海咲の言葉を聞いて、戦士たちは表情を輝かせた。
「勿論だ。力添え、恩に着る」
ヒライは再び、大きく頭を下げた。
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