第5話
どんなに幸せな家庭にも小さな不満はあるものだ。と紗羅は自分に言い聞かせ、デパートの入口にあるカラクリ時計を見上げる。
今の時刻は、午前11時5分。
一通りの家事を終えてからと、バタバタしている内に、うっかり電車を一本乗り逃してしまったのは失敗だった。人形の背中を最後にカラクリの扉は閉じ、味も素っ気もないただの時計になってしまった。
些細な楽しみを逃した事を残念に思いながら、重厚なエントランスを抜ける。特別な記念日でしか手の出ない、お気に入りのブランドショップを横目に、エレベーターで下る。辿り着いた地下の食品売り場は、平日にも関わらず、買い物客で賑わっていた。
有名な老舗メーカーの羊羹や小分けにされたカステラなど、政志が気軽に言う、いつものお土産を買い求め、人の合間を縫うように歩く。
政志の実家だけでなく、近所に住む本家や兄夫婦へのお土産も必要なのだ。
お土産の数だけ、おサイフは軽くなり、それと反比例して、紗羅の気持ちは重くなる。
だんだんと増えていく買い物袋に、両手いっぱい塞がれる。
ひとつひとつは大した重さじゃないが、数が増えれば、地味に重いし、かさ張るから喫茶店にも入りづらい。
おまけに帰りの道中、炎天下の中、日傘もさせないとなると、本当に罰ゲームとしか思えなかった。
デパートに来たのに何一つ楽しくない。
「はぁ」と幸せが逃げて行くような大きなため息を吐きだし、このまま家に帰ろうと上りのエスカレーターを探し、辺りを見回す。
「いらっしゃいませ。ご試食いかがですか?」
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