シャナの食卓
お皿を持つ指先に、ほのかな熱がじんわりと伝わってくる。それが、なんだか少しくすぐったいような、安心するような感じだった。ミートローフの輪切りは、ふちがこんがりと色づいて、少しだけ立ちのぼる湯気が香ばしい。隣の椀からは、薬膳スープの匂い。強くて、少し乾いたような、それでいて土を掘ったときの匂いに似た感じがした。
スプーンを入れると、具材が重なってとろりと浮き上がる。やっぱり、いつもの味。苦いのに、美味しい。不思議な味なのに、なぜかほっとする。最初のひとくちは、毎回ちょっとだけ勇気がいるけれど、それを超えると、身体の奥の方までしんしんと染みていくような、そんな気がする。少し背伸びしてるみたいな、でもその背伸びが嬉しいような。
「いただきます」と言ったとき、声が少しだけ弾んだのは、ミートローフの香りだけのせいじゃなかった。
目の前では、カーラが食卓の端で黙ってスプーンを握っていた。彼女は、さっきからあまり喋らない。というより、喋ろうとしていない。わたしがパンを切って皿に分けたときも、ありがとうとも言わずに、ただ小さく頷いただけだった。静かなのは嫌いじゃない。でも、なんだかその沈黙が、少しずつ部屋の中に広がっていくようで、わたしは少しだけ、スープの湯気に顔を寄せた。
アビーは、というと、珍しくしゃべらずに食べている。いや、珍しく、ではない。たぶん、こういうときの姉は、よくこうして静かにスープを飲む。けれど今日は、目線がときどき、こちらに寄ってくる。カーラを見て、それからスープに戻って、また見て。何かを探っているような、答え合わせをしようとしているような、そんな目だった。
ミートローフをひとくち。さっき混ぜた卵のなめらかさと、パン粉の香ばしさがじんわり広がる。玉ねぎはすっかり火が通って、舌の上で溶けた。うん、上手くできたと思う。焼き加減も、ちょうどよかった。
「……どう?」
声に出したのは、ほんのささやきだった。答えがほしかったというよりも、そこに届いてほしかった。カーラは一瞬こちらを見て、それから「うん」とだけ言って、フォークを動かした。
わたしは笑った。カーラはたぶん、本当にこれを食べたかったんだと思う。でも、そういう顔はしていなかった。ミートローフが好きなのも、薬膳スープの匂いに顔をしかめるのも、前と同じなのに、今日はちょっと違う。言葉が足りないのではなくて、言葉を持っていないみたいな。きっと、自分の中で何かを探している途中なんだ。
スープをもう一口。今度は、きちんと噛みしめて飲んでみた。苦味のあとに、すぐにほんの少しの甘さが来て、それがゆっくりと引いていく。姉はきっと、このスープで、誰かを“元気にしたい”と思っている。でも、きっとそれだけじゃない。自分の中の何かを整えたくて、作っていた気がする。
わたしは、それを「重たい」とは思わなかった。むしろ、ありがたいと思った。
わたしたちは、こうして毎日、誰かの作ったものを食べている。でも今日は、それがちょっとだけ違う。全部が“ちょっとだけ”で成り立っていて、たぶん、そこが大事なんだと思った。
ふと、カーラが小さくため息をついた。わたしは何も言わずに、パンのかけらを皿の隅に寄せた。何かをしてあげたい、というよりも、ただ「いてほしい」と思った。カーラがそこに座っていることが、なぜか大事に思えた。
姉が、わたしたちの皿を見て、少しだけ表情を緩めた気がした。
その時だった。どこからともなく、鶏の鳴き声が聞こえた。たぶん、納屋のあたり。ボブおじさんがエサをやっているのかもしれない。その音が、静かだった食卓に少しだけ空気を入れてくれた。
もう一度、ミートローフにフォークを入れた。
――ああ、やっぱり、今日はこれでよかったんだ。
誰もちゃんと話してはいない。でも、きっとそれぞれが、それぞれの方法で、今日を終わらせようとしている。
わたしは食卓の景色を、もう少しだけ眺めていたくなった。
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