ボブは取り持つ


 空を見上げると、淡い雲がのんびり流れていた。いつもと変わらないプレイリーの春の空。だが、今日の空気には、どうにも重さがあった。

 少し離れた場所に立つ三人の少女――俺の兄の娘たち――その肩越しに、見えない綱がぴんと張っていた。


 カーラが声を張った直後の沈黙は、土の上に落ちた雨粒のようにじわじわと広がっていた。長女はきびすを返し、トラクターの脇に立ち尽くしている。シャナは動かず、帽子の影に顔を沈めていた。カーラだけがまだ何か言いたげに、でも何も言えず、両手をパンツのポケットに突っ込んだままだ。


 ――誰も悪気はなかった。それは、すぐにわかった。


 けれど、気持ちというのはなかなか伝わらんものだ。しかもそれが、優しさや正しさであればあるほど、なおのこと。


 「……片付けて、飯にするか」


 わたしはトラクターのフェンダーを軽く叩いて声をかけた。誰にともなく、空に向けて吐いたような一言だった。あくまで日常の調子で。間を埋めるだけの、何気ない動き。


 返事はなかったが、それでいい。大事なのは、声の“音”の方だ。言葉の“意味”じゃない。


 工具箱に向かって歩きながら、ちらと横目で見ると、長女がゆっくりしゃがんで、トラクターのタイヤについた泥をタオルで拭っていた。カーラは手にした枝を放り、無言でホースを巻いていた。シャナは一瞬動かずにいたが、やがて自分の手袋を外し、丁寧に畦道に揃えて置いた。


 そう、ちゃんと分かってる。みんなそれぞれに、立て直そうとしてる。

 わたしの役目は、それを邪魔しないこと。必要なだけの動きと、最小限の言葉だけで、場をひとつの方向へ流すこと。


 「レモネード、持ってきてるぞ。井戸で冷やしておいた」


 誰に向けてでもなく、そんなことを言って、わたしはピックアップの荷台を開けた。古びたクーラーの中には氷水に浸した瓶が数本。自分用ではない。わたしはこういう甘いのはほとんど飲まん。だが、あの子たちは喜ぶ。特にシャナが、あの味をじっと確かめるように飲むのを、なんとなく覚えている。


 「サンドイッチも、あんたら持ってきてただろ。日なたで食うとすぐ痛むから、そろそろがちょうどいい」


 長女がトラクターの影から立ち上がり、カーラは腰に手をあてて顔をしかめたまま、ちらりとこちらを見た。シャナはクーラーボックスの瓶を一つ手に取り、冷たさに少し指先をすくめていた。


 「日陰、広げとくか」


 わたしは荷台の古シートを畦の影に広げながら、そう呟いた。影の位置を見て、陽を背に受けないよう調整しながら、座る場所と荷物置き場とを手際よく整える。何も言わずとも、三人は少しずつ近づいてきていた。


 昼飯の支度というのは、単なる食事の用意じゃない。緊張をゆるめる小道具であり、火種を土に埋める儀式でもある。だが、わたしはそれを「気を遣って」やるのではなく、「いつも通り」にやる。子どもたちは、そういうのをよく見ている。


 シートに座ると、カーラが少し離れて腰を下ろした。長女はレモネードの栓を抜きながら、何か言いたげにカーラを見たが、結局なにも言わなかった。シャナはぎこちなくサンドイッチの包みを開いて、パンの断面をじっと見つめていた。


 「いただきます」


 小さな声がひとつ、シャナからこぼれた。長女がそれに続き、カーラもぼそりと、ひとことだけ口にした。


 ――ああ、いい。これでいい。


 わたしは瓶の栓を開けたが、口をつけず、その冷たさを指に感じながら、ただ座っていた。


 声高に叱るでも、無理に話題を変えるでもない。ただ「今日はこうして昼を食う」という、それだけの共有。


 兄貴と義姉さんがいなくなったとき、わたしはたぶん、一番近い大人だった。それが、ずっと続いてるだけのことだ。何かを成し遂げたわけじゃないし、立派なことをしたつもりもない。ただ、子どもたちが今日を無事に終えられるように、それだけを考えてきた。


 レモネードの瓶から、ほんの少しだけ音が鳴った。炭酸がまだ残っていたらしい。シャナがそれに気づいて、少しだけ笑った。


 わたしはようやく、瓶に口をつけた。


 冷たさと甘さが喉をすべっていく感覚。やっぱり好みじゃなかった。けれど、その味が、いまのこの場所にはちょうどよかった。

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