第22話 降り積もった感情


 ママは優しかった。

 

 いつも笑顔で迎えてくれるママ。色白の肌と痩せこけた頬。それでも温かい笑顔がそこにはあった。

 

 『ママは伊織のこと好きー?』

 『もちろん、大好きよ。愛してる。』

 

 『やったあ!!伊織ね〜ママといる時がいちばん幸せ!』

 

 『私もよ。ママね、伊織産む時とぉーっても大変だったのよ』

 『そうなの?』

 

 『うん、なかなか伊織生まれてこなくてね。ママ、ほら。体悪いでしょ?途中で意識なくなっちゃって』

 『いしき?』

 

 『うん、頑張って伊織産まなきゃいけないのに、疲れちゃって力でなくなっちゃったの。とっても痛くて、辛くて、気持ちも悪くてね。でも頑張りたくて。』

 

 『そうなんだ。大変だったんだね。痛かった?』

 

 『うん、すっごく。……でもね、目が覚めて伊織がいて、パパが私の……ママの娘だって言ってくれてね。全部吹き飛ぶぐらい幸せだったのよ』

 

 ーーーーーー。

 

 いつも私を大切だと伝えてくれた。幼かったけど、それだけはちゃんと覚えている。

 

 でも、ママはすぐに死んじゃって。

 

 パパはいつも辛そうで。

 

 家には知らない女の人がいて。

 

 『あなたは完璧な娘になるのよ。勉強も、運動も、一番になるの。』

 

 いつもおばさんはわたしに嫌なことをした。

 

 私のことを嫌っているとすぐにわかった。

 

 それに比べてパパに向ける視線は変に色っぽくて気持ち悪かった。

 

 パパもママ以外の人にデレデレして気持ち悪かった。

 

 それからだ。拷問のような日々は始まった。

 

 毎日、ビデオを見せられた。何時間も。何日も。

 

 毎日体を鍛えた。

 

 夜寝る時もそうだった。体を鍛える振動装置に、脳波を整える音楽、枕から響く知らない言語。

 

 起きている時も、寝ている時も、私は教育をされ続けた。

 

 『なんで出来ないの!!!』

 

 失敗すれば、罵倒されて。

 

 泣いたって装置をつけられるだけ。

 

 知らないおばさんが毎日わたしをいじめに来る。

 

 誰も助けてくれない。

 

 誰も愛してくれない。

 

 そんな日々だった。

 

 ーーーーーー。

 

 抵抗しても無駄だと気がつくようになると、わたしは無心で勉強するようになった。

 

 それからだった。私の意識と記憶が噛み合わなくなっていったのは。

 

 気がつくと勉強を終えて、おばさんに褒められるようになっていた。

 

 本当に理解できなかった。

 

 次は運動の時間が気がつくと終わるようになっていた。

 

 最初は褒めていたおばさんが、私を怖がるようになっていた。

 

 その頃には、時間と記憶がどんどん噛み合わなくなっていた。

 

 ずっと寝ているようなそんな感覚だ。

 

 でも、起きるとすべてが解決していた。

 

 嫌なこと全てが目を覚ますと終わっている。

 

 そして、テストや体育の時間にも記憶が無くなることが増えて行った。

 

 学校でも知らない話をよくされるようになっていた。

 

 『伊織ちゃんって勉強も運動も出来てすごいね!』

 

 『今度、俺らとサッカーしようぜ!』

 

 『すごいわ!神崎さん、また100点よ!』

 

 知らない。

 知らない知らない知らない知らない知らない。

 

 『わからない、分からないよ。』

 

 ーーーーーーー。

 

 気がつくと私は学校にあまり足を運ばなくなっていた。

 

 おばさんも私に意地悪しなくなった。

 

 そして、パパも出ていって。

 

 おばさんもいなくなって。

 

 私は一人になった。

 

 誰も友達が居なくて、愛を感じていたママも私の本当のお母さんではなくて。

 

 あのおばさんが本物で。

 

 ママは偽物で。

 

 パパは、ただ女の人なら誰でも良くて。

 

 私の事なんて見てなくて。

 

 運動や勉強ができるようになると、途端にみんな寄ってきて。

 

 全てがどうでも良くて。

 

 生きていける気がしなくて。

 

 ーーーーーー。

 

 「バカ!あんな見るからに怪しいヤツについて行くな!危ないだろ!」

 

 そんな灰色の景色に光が差し込んだ。

 

 誰も見てくれない。見捨てられたわたしを彼だけが照らしてくれた。

 

 「あのなあ、いいか?恋とか愛ってのは一時期の感情じゃない。......揺るがない心なんだ。だからな、また今度会った時まだ俺のことが好きならそいつは本物だ。」

 

 『愛を教えてやんよ!』

 

 私なんかに思った言葉をそのままぶつけてくれた。

 

 叱ってくれた、見てくれた。

 

 「おまえ、なんか危なっかしいからなー!お前が不安なら、居てやるよ!」

 

 こんな私に一緒にいてくれるって愛を教えてくれるって言ってくれた。

 

 約束してくれたんだ。

 

 私にとってそれは、何よりも大切で。

 

 知りたくて、求めていて。

 

 全部を想くんがくれたんだ。

 

 この気持ちはあの人たちとは違うって。

 

 本物だって証明したくて。

 

 知って欲しくて。

 

 受け入れて欲しくて。

 

 あなたの愛が何よりも欲しくて。

 

 こんな私の事も見てくれる人がいるってわかったから。だから、私はもう一度立ち上がれた。

 

 ーーーーーー。

 

 それからまた、学校に行くようになって。

 

 でも、今までと何も変わらず運動と勉強の時間だけは意識が無くなっていた。

 

 知らないことがいつも起きて、怖かった。

 

 それでも構わなかった。また、あの人に会うために。

 

 ただ、あの人に嫌われたくないから。もう一度私を見て欲しかったから。

 

 あの後も何度も、公園に足を運んだ。それでも会うことは無かった。

 

 会えなかった。

 

 会いたくて。会いたくて。

 

 私は無気力にただ、そんな毎日を過ごした。

 

 ーーーーーーー。

 

 そんなある日だった。

 

 とある男子から告白された。

 

 いつも私を舐めまわすように見ていた男子だ。

 

 その視線が、おばさんと同じで不快だった。

 

 告白を断ると、その男子は狂ったように私に怒りをぶつけてきた。

 

 『ふざけんなよ?いつもブツブツ言って気味悪がられてんの、守ってやってんだぞ?』

 

 壁際まで追い込まれて身動きが取れない。

 

 男の人の顔が近くにあって、圧迫感が怖い。

 

 『やめて……ください』

 

 『いつも妄想ばっかして気持ちわりいんだよ!また想くんに助けてもらうのか?ああ!?』

 

 『……え?知って……るの?』

 

 『知らねえよ!いつもそばにいて助けてくれるんだろう!?そんな妄想の男なんかより、俺を見ろよ!?』

 

 言っていることの意味が分からなかった。

 

 でも不思議だった。

 

 そう言われれば、ずっと彼はそばにいたのかもしれない。

 

 だからこそ頑張れていたのかもしれない。

 

 だって、私をちゃんと見てくれるのは思ったくんだけだから。

 

 『あ、うん。いつもね、そこにいるの。私のそばにいてくれるの。』

 

 なんだ。簡単な事だったじゃないか。

 

 瞳を閉じ、ゆっくりと目を開ける。

 

 そこにはあの頃のまま、わたしを導いてくれる彼がいた。

 

 優しく微笑んで、私を見てくれる。

 

 決してそこに邪な想いはなくて。

 

 人間として私を見て、愛してくれる。

 

 こんな目の前にいる人とは違う。

 

 想くんは特別なんだ。

 

 そこからの記憶はあまりない。何故か迫ってきていた男の人は私を見て怯えていた。

 

 記憶が曖昧で虚ろな瞳で彼を捉えていたことしか覚えていない。

 

 『な、なんだよ。お前……さっきから何言ってんだよ!俺そんなこと言ってないって!そんなふうに見てないって!』

 

 『気持ちわりいから、どっか行けよ猿野郎が。』

 

 『ああっ!?』

 

 何を口走ったか覚えていない。

 

 ただ、男の子が焦ったように逃げて、周りの女子が男の子に向けて酷い顔をしていた。

 

 きっと、想くんが守ってくれたんだ。

 

 ーーーーーーー。

 

 それからの中学校生活は誰にも構われることはなくなった。

 

 相変わらず、何もすることなく過ぎていく毎日。

 

 それでも構わなかった。

 

 だって、想くんが守ってくれるから。

 

 ーーーーーー。

 

 高校二年のクラス替えで、目を引く美少女と隣になった。

 

 ろくに学校に来ていなかったらしく、登校再開からかなり注目の的だ。

 

 名前を姫路萌衣といった。

 

 どうやら、私たち二人は似たものがあるようで、クラスの中では浮いていた。

 

 決して虐められる訳では無かった。私もメイちゃんも成績が常に上位。周りと絡むことは無い。

 

 良くも悪くも2人で目立つことが多かったみたいだ。

 

 ーーーーー。

 

 だが、ある日のことだ。

 

 メイちゃんからとっても睨まれることが多くなった。

 

 体育の時間が終わってからだ。やたらと敵対するような目を向けるられるようになった。

 

 相変わらず、記憶がなくなる私は困惑した。

 

  また何かをやってしまったのだろうか。

 

 『あの、ごめんなさい。私なにかしたんでしょうか?』

 

 初めて自分から声をかけた。どうしても悪いことをしてしまったという気持ちが抜けなかったからだ。

 

 『……べつに。煽られてムカついたのよ。それだけ。』

 

 『煽った……?』

 

 『あんたさ。中身と外見かなりぐちゃぐちゃだよね。初めてだよ。あんたみたいなタイプ。』

 

 『え、えっと?』

 

 『私はね、人の表と裏に敏感なのよ。それが面倒で極力人と関わりたくない。大好きな人と理解できる人、大嫌いな人とは話すけどね。』

 

 『私は大嫌いな人って感じかな?あはは。』

 

 『理解できない人ね。どちらかと言うと。今のあんたは人の顔色伺ってて私みたい。ちょっと、嫌だけど無視できなかった。』

 

 『なんでもハッキリ言ってくれるんだね。』

 

 『そう?周りがビクつきすぎなのよ。』

 

 高圧的に見えた美少女はよく周りを見ていることがわかった。

 

 ■?■わかった気になって、落ち着いているとも見えなくは無いが。どうせこいつもひとりで寂しかったのだろう。

 

 なんだか、嫌いになれなかった。

 ■?■自分と似てるからか?どう見ても似てないだろ。相手の方が得をしてきた人間だ。ルクックスのレベルが違う。

 

 こういうはっきりしている方が私は好きだ。

 

 

 

 

 『その、ごめんね?私記憶が曖昧で。』

 

 『見てれば、わかるよ。私ちょっと前まで引きこもりだったし。同じ空気の人って分かるのよ。だから、気にしなくていい。』

 

 『あなたは、どうやって、乗り越えたの?』

 

 単純な興味だった。

 

 私のことを見てくれる初めての女の子。

 

 想くん以外ですんなり心を許せた。

 

 同じと言ってくれたのもなんだか嬉しかった。

 

 ■?■同じにするな。私の気持ちなんてわかって貰えない。期待するな。

 

 こんな強そうな人も同じような苦しみを感じていたことにとてつもない嬉しさを感じた。

 

 ■?■そうやって見下して、安心したいだけだ。私は不幸じゃないって。わたしも彼女もきっとそうだ。

 

 『お兄ちゃんがね、助けてくれたのよ。背中押してくれてね。』

 

 『素敵な話だね。私兄弟……いないから。』

 

  ■?■捨てられた。結局助けてくれなかった。家族なんていらない。

 

 『ふーん。でも学校来てるじゃない。』

 

 きっと、私は彼女に酷いことをした。

 

 それなのに、普通に接してくれる。

 

 少しだけ信じてもいいのかもしれない。

 

 『なんで普通に話してくれるの?』

 

 『……話しかけられたから?さっきの体育はムカついたけど。前から気になってたし。』

 

 ■?■心を許すな。

 

 なんだか、この子とっても、感いいと思ってしまう。

 

 ツンケンした態度は、自分を守るためなんだ。

 

 これも愛のひとつなのだろうか。

 

 どうしようもなく、私は彼女と友達になりたいと思ってしまった。

 

 こんな意味のわからないきっかけだけど。

 

 いつの間にか私の中の黒いモヤは消えていた。

 

 彼女をかわいいと思えたから。

 

 すこしだけ、理解出来てしまったから。

 

 屈折した気持ちが消えるぐらいに、あたたかくなったから。

 

 ーーーーーー。

 

 それからというもの、わたしはメイちゃんと積極的に関わるようになった。

 

 不思議なことにメイちゃんと話していると記憶が曖昧になることが減った。

 

 少しづつだが、授業でも意識はそのまま、保てるようになっていた。

 

 引き換えに成績は落ちたり、運動はダメダメになったり苦労することは増えたけど。

 

 でも楽しく過ごせていたと思う。

 

 どんどん、わたしはメイちゃんに心を許すようになって、気がついた時には想君の話をするようになっていた。

 

 ーーーーーー。

 

 『想……くん?』

 

 『うん!私の好きな人なの!ずっと会いたくて!……ってあれ、もしかして、知ってたりする?』

 

 私がウキウキでは寝してると驚いた表情を浮かべるメイちゃん。

 

 わたしはその表情を見逃すことなく、質問する。

 

 『いや、お兄ちゃんと同じ名前だったから。びっくりしただけ。』

 

 良くないと思った。

 

 自分でもどこかで分かっていた。

 

 少しづつ取り戻し始めていた日常。

 

 いつ間にか満たされていた生活。

  それでも欲深く求めてしまう。

 

 そしてたとえ違ったとしても手がかりを見つけると、わたしは普通ではいられない。

 

 気がついた時には私は、日にちを分け違和感なくメイちゃんのお兄ちゃんの話をどんどん引き出していった。

 

 ーーーーーー。

 

 そして、また頻繁に想くんが出るようになって。

 

 記憶が曖昧になって。

 

 知らない街に足を踏み込むようになって。

 

 彼を見つけてしまった。

 

 ーーーーーー。

 

 

 

 

 「どこにも行かないよ」

 

 「俺はまだ……君のことを知らない。それって失礼だろ?」

 

 「…少しづつ君のことを教えてくれ。会ってなかった数年があるんだ。ゆっくりお互いを知っていこう。」

 

 「行こうか、学園祭。一緒に。」

 

 再会した想くんは、本当に素敵で。

 

 私を満たして。

 

 夢中にさせて。

 

 どこまでも私の気持ちは溢れていくばかりだった。

 

 ーーーーーー。

 

 それに並行して私の気持ちはどんどん黒い感情でいっぱいになって行った。

 

 いつも私を見て欲しかった。

 

 でも、彼が見つめているのはいつも澄だった。

 

 調べたから知っている。

 

 私のお姉ちゃんだ。

 

 お兄ちゃんもお姉ちゃんも。

 

 私の事なんて微塵も知らなくて。

 

 結局助けてくれなくて。

 

 私の好きな人といつも一緒で。

 

 最悪の気分だった。

 

 ーーーーーーー。

 

 かき消して、かき消して。

 

 想くんと話して、耐えてきた。

 

 きっと、想くんは私を見てくれる。

 

 振り向いてくれるって。

 

 でもどれだけ頑張ったって。

 

 想くんはいつも澄のことで頭がいっぱい。

 

 ーーーーーー。

 

 だから私はもう、その感情に身を任せることにしたんだ。

 

 黒くて、降り積もった感情に。

 

 ーーーーーーー。

 

 「馬鹿野郎!!!」

 

 大きな声だ。

 

 私の意識は自然と覚醒していく。

 

 「あ、れ。」

 

 目の前に広がる青空。

 

 感じたことない暖かな温もり。

 

 視線を横に移すと、そこには見慣れた髪の毛と綺麗な横顔があって。

 

 「そ、う……くん?」

 

 「やっと戻ってきたのかよ、馬鹿野郎!!」

 

 想くんはそう言うと私の上に乗ったまま、表情を曇らせる。

 

 「おこって……る?」

 

 「当たり前だ。どんだけ心配したと思ってる?急に居なくなるし、暴れるし、意味わかんねえ、難しいことばっか考えるし。」

 

 「ごめ……ん。記憶がなくて。」

 

 「しるかよ、そんなもん。」

 

 「……え?」

 

 「伊織、リオ、ハザマ。代わる代わる俺の事文句言いやがって。結局は全部お前だろ?」

 

 「覚えて……ない」

 

 「いいか?どんな人と関わってきたか俺は知らん。だからはっきりいってやる。俺は言われないと分からない!!でもな。……ずっと、色んな想い溜め込ませて、悪かったよ。」

 

 想は一変して、ニコッと微笑んでくれる。

 

 そのまま、私の手をとって立ち上がらせる。

 

 立ち上がってみると、想くんはあちこちが怪我をしていることが分かる。

 

 きっと、私がやったんだ。

 

 「ごめ、ん……なさい。気持ち悪いですよね。」

 

 「はあ。」

 

 刹那、想くんは何を思ったのか私の頬を両手で挟み込む。

 

 「むむっぐ!?」

 

 「俺がいつ、伊織のことキモイなんて言ったよ。言ってねーだろ。いいか?他人の気持ちを勝手に決めつけて絶望すんなよな。そこまでなんも考えてねーから。」

 

 「え、ええ?」

 

 ようやく手を離してくれる想くん。

 

 私の心や行動をよく理解しているように語ってくれる。今までになくぶつかってきてくれてると感じた。

 

 「周りに何されてきたか、知らんけど。俺は、そういうタイプじゃねえ。でも、俺もそれは伝えてなかったし、実際澄と重ねてたよ。記憶ないけど、初めて会った時も多分そうだ。……正直まだ引きずってる。初恋だから、そんな簡単に割りきれないし、今は伊織をそういう風に見てやれない。」

 

 「な、なんですか!それ!わかりません!意味分かりません!ここまで来て結局それを言いに来たんですか!!!酷いです!」

 

 「だから、色んな時間過ごして理解していくんだろうが。伝えて、怒って、喧嘩して、分かりあって。そうやって、仲良くなっていくんだよ。メイともそうだったんじゃないの?」

 

 「そう、かもですけど!!!」

 

 

 否定しようと言葉を紡ぐが言葉は浮かばない。

 

 言われてみれば、そうだったと思う。

 

 圧倒的に想くんとの時間は足りなくて、私が勝手に暴走して限界になった。

 

 メイちゃんと仲良くなった時はどうだったか。

 

 わからなくて、でもきっかけがあって。

 

 仲良くなって、喧嘩して。

 

 理解を深めて。

 

 「少なくとも俺は、伊織とはこれからも仲良くしていきたいし、ちゃんと向き合いたいって思ってる。伊織と過ごす時間は悪くなかった。だから、今日こうして、一緒にいる。それじゃあ、だめか?」

 

 優しく微笑む想くん。

 

 どこまでも真っ直ぐで、しっかりいつも何でも伝えてくれる。

 

 怒ってくれるし、寄り添ってくれる。

 

 こんな彼を好きになったはずなのに。

 

 私はいつの間にか自分のことでいっぱいになっていたと気がつく。

 

 理解して、涙がこぼれて。

 

 こんなにも自分勝手な私に最高の笑顔を向けてくれる。

 

 「戻ろうぜ?学園祭。まだまだ楽しいことは沢山あるぞ?」

 

 差し伸べられる右手。

 

 今はそれだけで、心が満たされて。

 

 いつか必ず、振り向かせてみせると、心に誓う。

 

 わたしは迷いなくその手をとった。

 

 記憶のないあいだ、どんな私と話をしたのかわからない。

 

 それでもきっと、想くんは私の心に触れてくれたことが分かる。

 

 それだけで、十分なんじゃないかと思う。

 

 どうしようもなくお人好しで、優しい想くんが大好きなのだから。

 

 

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