第25話
「あのね、
「は、はひ!」
美羽ママが俺をじっと見たので、叱られると思って思わず背筋をピンと伸ばす。
すると、お母さんはくすくす笑った。
「やだ、別に怒るわけじゃないわよ。むしろ逆よ、逆」
「逆?」
「そう。その場で問題を収める最適解を見いだせて、自分が悪い事をしたわけでもないのに、その最適解の為に頭を下げられる……これってね、あなたが自分で思ってるより凄い事よ?」
「そう、なんですか?」
俺が素っ頓狂な顔をしていると、「そうよ」と呆れた顔を見せた。
「あなたがやった事は、大人でもそう簡単に出来る事じゃないの。その方法がわかっても行動に移せない人も多いわ」
「そんなもんですかね……?」
「そんなものよ」
お母さんは俯いていじけている
「やるじゃなーい、美羽! さすが母さんの子ね。見る目あるわ!」
「もうっ、お母さんいじわるです! もう知りません!」
一方の美羽は顔を赤くしてその手を振り払っている。何故か涙目だ。
「頑張らないとね、美羽ー? こりゃ大変だぞー?」
「そんな事、言われなくてもわかってます!」
くしゃくしゃにされた髪を手で直しながら、ぷりぷりと怒り出す我が恋人。
かと思えば、俺の方を見て顔を赤くして、視線を逸らすのだった。全く以て意味がわからない。
さっきまで仲睦まじかった親子がいきなり喧嘩をし始めたんだが、どうすればいい?
「えっと、何がわかってるんだ?」
「颯馬さんはわからなくていいですから!」
そして、俺まで怒られてしまった。ますますわからなかった。
「さて、娘をからかうのはこのくらいにして、ひと仕事終えた颯馬さんにおばさんがご馳走しちゃおうかしら! 自分の店で色々アレだと思うけど、好きなの頼んでいいわよ?」
「ええっ? そんなの、悪いですって。その気になれば、俺社割でいつでも食えますし……」
「いいのいいの。今日夕飯まだ食べてないんでしょ?」
言いながら、お母さんは立てかけてあるメニューを手渡してきた。
実は、もう疲れ果ててお腹がぎゅるぎゅる鳴っている。何でもいいから食べたいのが本音だった。
「では、ご馳走になります……」
メニューを受け取って広げてから、目星をつけて店員呼び出しボタンを押した。
まもなくして、
「
「えっと……」
木島さんはオーダー用スマートデバイス──注文を入力するスマートフォン──で注文を取る準備をしつつ、くすくす笑っている。
うわあ、自分のバイト先でさっきまで一緒に働いていた人に注文するって、なんだこの気恥ずかしさは。
「アラビアータのサラダセット……で、いいかな」
本当はサンドイッチや肉類が頼みたかったのだが、結局頼んだのはそれだった。
サンドイッチは作るのが手間だし、炒め物はキッチンの洗い物が増える。その点パスタ類は茹でてソースと合えるだけ、更にサラダセットのサラダは作り置きだ。キッチンへの負担が少ないのである。
結局内情を知り過ぎているが故に遠慮をしてしまって、好きなものを選べないのだった。キッチンにいるのが良太なら、遠慮なくバカスカ面倒なものを頼んでやるのだけれど。
「美羽は、デザートとか食べる?」
美羽とお母さんの皿が空なので、ついでに訊いた。
何だか俺だけ食べるというのも気まずかったのだ。
「えっと……どれがおすすめでしょうか? あんまり量が多くないのがいいのですが」
もう結構お腹一杯なんです、と美羽がお腹を
本当に彼女は小食で、燃費が良さそうである意味羨ましい。高校生男子なんて、バカみたいに食ってもすぐに腹が減るから燃費が悪い事この上ない。
「それなら、とちおとめのパンケーキミニパルフェがおすすめかな。女の子にも人気みたいで、皆よく頼んでるよ」
今は春シーズンなので、どこのファミレスも苺フェアだ。
ロイヤルモストの苺パルフェシリーズは、他のファミレスの苺フェアよりも群を抜いて人気が高いそうだ。その中でもダントツに人気なのが、パンケーキミニパルフェ。パンケーキが女子のポイントを押さえているらしく、うちの店舗でもこれが一番注文されている。
「そうなんですね。では、それにします。お母さんは?」
美羽がメニューをお母さんに見せた。
「なら、私も美羽と同じのにしようかしら」
そう応えて、お母さんはメニューを閉じた。
「はい。アラビアータのサラダセットと、とちおとめのパンケーキミニパルフェ二つですね。ご注文は他にございますか?」
「あ、大丈夫です」
「ありがとうございます」
木島さんがにっこり営業スマイルを向けてから、デシャップへと向かって行った。
なんだか、自分の店で注文するのって知っている人ばかりだから、凄く注文しにくい。
──ロイヤルモストは行くにしても、他の店舗にしよう。
俺は心の中でそう誓ったのだった。
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