第23話
店内に響いた大きな音に、
賑やかだった店内が、しんと静まり返った。
皆の視線の先には──使えない女子大生バイトこと
さっき残っていた注文を二のD卓の料理を届ける際に、落としたのだろう。
──あんのバカ女子大生、やりやがった……ッ!
せっかく美羽と話して少し元気になったのに、途端に激しい頭痛が襲ってきた。
よりによって、この落ち着いてきたタイミングでその事故を起こすのか、あのバカは。
いや、でもこういった事故は飲食店ではよくある事だ。誠心誠意謝れば、大した問題にはならない──と、いうのは、認識が甘かった。
木島さんが謝る前に──というかおろおろしてしまっていたせいで謝るタイミングを逃したので──お客さんがブチ切れてしまったのだ。
「あのねえ君、めちゃくちゃ料理出てくるまで待たされた挙句に目の前で落とすって、これ何かの嫌がらせか? 舐めとんのかお前!」
二のD卓のお客さんは中年夫婦だった。怒っているのはどうやら旦那さんの様だ。
これもまた運が悪い。若いお客さんならこうも怒らないのだが、クレーム率は中年客が圧倒的に多いのだ。所謂モンスタークレイマーが一番多いのも中年客や高齢者だ。
どうしてこうも、サービス業相手にしか威張れない中年が多いのだろうか。文句の一つでも言ってやりたいが、この場合非はこちらにある。
それに、もう一つ運が悪かったのが、二のD卓のお客さんが注文していた料理は作る手間がかかるもの──炒め係が料理を作った後にデシャップで細かい盛り付けを行わなければならない──だったので、後回しにされていたのだ。そういった事情も重なって、苛々していたのだろう。消費者側の心理として、それもわかる。
さっさと謝って新しいものを作り直すと言えばいいものを、お客さんの剣幕に木島さんはおろおろして何もレスポンスできていない。お客さんの前で料理を落としてしまったショックと罪悪感も加わっているのだろう。「あの、その」と口籠るばかりだ。
──ああもうッ。くそ、ほんとに女子大生使えねえなぁ!
苛々する気持ちを抑えて、深呼吸。そして──覚悟を決める。
本当に厄日だ。
「すみません。ちょっとかっこ悪いとこ見せるんで、出来ればあんま見ないでほしいっす」
俺は美羽と美羽ママに小声でそう伝え、駆け足で二のD卓に向かった。
そして──
「大変ッ、申し訳ございませんでしたぁッ!」
勢いよく駆けつけ、勢いのまま全力で頭を下げて全力で謝る。もう腰など一八〇度くらい曲がってるんじゃないかと思うくらいだ。
「この度は当方のミスでお客様に不愉快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございませんでした。また、ご注文につきましても、お待たせしてしまい申し訳ございません。重ねてお詫び申し上げます!」
続けて、謝罪の言葉を並べる。
このお客さんが怒っている事は、二点。料理を目の前で落とされた事の他に、待たされている事もある。
これを見逃して、片方だけ謝られても怒りに拍車を掛けるだけだ。それに、料理に手間がかかるから、と後回しにしたのはこちら側の都合でしかない。このお客さんには何も非がないのである。
それに、この手の接客業者に対して怒っているお客さんは、実のところ本当に怒っているわけではない。この場合の怒りとは、相手を威圧したくて、服従させたくて怒っているのである。
それならば、全力謝罪に限る。おどおどした態度や言い訳は言語道断。余計に腹を立たせるだけである。
それにしても……
──なぁんで美羽とお母さんに見られてるところでこんな全力謝罪しなきゃいけないんだよぉ! しかも俺悪くないのにぃぃぃ……。
心の中は大号泣である。せめて俺に要因があってほしかった。
「ほら、あなた……若い子がここまで謝ってくれてるんだから、もうよして。恥ずかしいわ。幸いこっちは汚れてないから」
気にしないで、と中年夫婦の奥さんの方がフォローに入ってくれた。
奥さんにこう言われたならば、旦那さんもこれ以上は何も言えない。「ふん!」と鼻を鳴らすだけで終わってくれた。奥さんの人柄に感謝だ。
「ありがとうございます! すぐに作ってお持ち致しますので、もう暫くお待ち下さい!」
俺がもう一度頭を下げると、木島さんも、そこでようやく頭を下げた。
遅いよ、と苛つくも、仕方ない。この子に仕事を任せて、美羽と話す方を優先してしまった俺にも原因がないとは言えない。
いや、それぐらいやってくれよとも思うけれど。仕事だろ。
「お客様、お待たせ致しました」
その時、不意に後ろから声がかかった。
店長が白衣のままキッチンから出てきたのである。しかも、その手には今木島さんが落とした料理まであった。
「また、この度は当従業員に不手際があり、誠に申し訳ありません」
店長はそう言って料理を出すと、深々と頭を下げた。
俺と木島さんも同時に頭を下げていると、店長が小声で「こっちはいいから、
俺は一礼だけすると、デシャップに戻った。
「すまん、
デシャップまで行くと、雄太がパチンと手のひらを合わせた。
あれだけ素早く料理を持って店長が現れたのは、どうやら雄太の御蔭らしい。本当にこいつは、バイトの時だけは輝いているというか、有能性が増す。それ以外完全にポンコツなんだけれど。
「ほんま、今日は災難やな」
「全くだよ。店長時給上げてくんないかな」
俺達は同時に溜め息を吐いて、笑みを交わした。
その時、店員呼び出しのランプが点灯したので、俺はもう一度戦場へと舞い戻るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます