第20話 種芋の芽出し

 さて。

 買ってきた種芋の芽出しをすることにしよう。


 芽出しとは、ジャガイモを土へと植え付ける前に、予め丈夫な若芽を伸ばしておく作業である。

 収穫時期を早めたり、収穫量を増やすことにも繋がるこの芽出し。

 なにをするかと言えば、単に数週間ほど種芋を日に当てるだけではある。

 難しくはないけど大事なひと手間という奴だ。


 というわけで場所の確保。

 今は真夏なので、直射日光に当ててしまうと芋や芽が焼けてしまう。

 なので明るくて風通しのよい日陰に種芋を並べて置いておくことになる。


 今回は玄関の軒下に新聞紙を敷いて場を設えた。

 ここなら風もそよぐし日が当たることもない。ゴロゴロとたくさんの種芋を並べる。


「ケースケさま、これでお芋さんは最後です」

「サンキュー。ああっと、そこだと歩く邪魔になりそうだな。もうちょっと脇に並べてくれ」

「出入り口の足元ですもんね。他の場所でもよろしかったのではないですか?」

「うーん。ほら、ここなら間違いなく毎日状態を観察できるだろ? だから玄関先がいいかなと」


 簡単とは聞いているけど、なにぶん初めての作業だからね。

 自然と気に留めておける場所を選びたかったのだ。


「お芋さんのご機嫌が気になるようでしたら、定期的にまた『感性が鋭くなる魔法』をお掛けしますが」

「や。あれは気疲れが凄いから最後の手段とすることにしよう」


 思わず苦笑。

 有用な魔法ではあったけど、数時間の間、視界に入るあらゆるものが話しかけてくるのはちょっとツラい。


 俺が愛想笑いで断ってみると、レムネアは少し残念そうに「そうですか」と耳を垂らした。

 いやこの間も役に立たなかったわけじゃないよ!?

 ちょっと俺には効果が強すぎただけで!


「それにしても、こうしてお芋さんを並べていると食べてみたくなってしまいますねぇ」

「あはは、確かにな。でもこれは種用の芋だから、普段の食用で使ってるジャガイモとはちょっと違うんだ」

「そうなのですか? なにが違うのでしょう」

「まず、栽培過程から違うんだよ」


 種芋は病気に掛かっていないことが必須だから、食用とは違う薬剤を使ったりもする。 栽培途中の管理や検査基準も違い、完全に「種芋」用として栽培するのだった。


「普通に店で売っている食用のジャガイモも、種芋として使えなくはないんだけどね」


 だけど病気になる確率は跳ね上がる。

 病気――ウイルス病などなのだが、収穫量を落とす原因にはなるが人体に悪影響がないため、市場に出回っている食用ジャガイモは病気に掛かったままのものも少なくないのだ。


 種芋は食べる前提ではないから、薬の使い方が大胆に行える。


「……なるほど。同じように見えても、全然別のものなんですね」

「そういうことだ」


 とにかくこれで一ヶ月弱ほど掛けて芽出しをする。

 その間に俺たちは休ませていた土をまた掘り返して畑の形を作っていく感じだ。


 また畝立てをする。

 今度は実際にこの種芋を植える為に。

 ジャガイモの栽培開始というわけだ。


「全てにおいて時間が掛かるものなんですね」

「そうだなぁ。俺も、こう自分で携わることにならなければ、ここまで大変なものだなんて知る機会がなかったと思うよ」


 農業研修で教わった経験と、実際に自分自身の責任で行う作業はやっぱり全く違う。

 特に、緊張感に雲泥の差があることを知った。


 正直俺は、一歩一歩手探りだ。

 自信を持って選択していくには、まだ背骨となってくれる経験がなさすぎる。

 それでもどうにか余裕を保ててるのは、これまでに会社で働いて貯めたお金と祖父が多少なり残してくれた遺産のお陰なのだった。


 お金は大事だよ。

 ……ああそうだ、レムネアにもちゃんと給料を払わないとな。

 これまではことあるごとに必要分を渡していたけど、この世界に馴染んできた今、俺に言いたくない買い物とかも増えてくるだろう。


 そう思った俺はその夜、彼女のお給料を封筒に包んで渡したのだった。


「……これはなんでしょう、ケースケさま」

「これまでしっかり働いてくれたレムネアへのお給料だよ。そうだな、冒険者っぽく言うなら報酬ってやつなのかな?」


 食事を終えてテレビを付けながらの居間だ。

 彼女は最近覚えた「正座」というもので、俺の前に座っていた。


「そんな、とんでもありません。ここに住ませて頂いてるだけでも負担をお掛けしているでしょうに!」

「そういわずに受け取ってくれ。この先、レムネアがこの世界に馴染めば馴染むほど、俺に言いたくない買い物も増えると思うんだ。自由になるお金というのを持っていてもらえると、俺もやりやすい」


 先日彼女は野崎さんご夫婦に連れ添って買い物に出かけた。

 その先で、富士子おばあさんに色々と日本の常識を教わったらしい。女性特有の用品を色々と買い込んできていた。

 下着などの類も、いちいち俺に言って買ったりするのは変な話だしな。


 こんなことはいちいち彼女に言えないが、俺の説明で思うところもあったのだろう。レムネアは少し考えたのちに、頷いてくれた。


「……わかりました。そうですね、これまで気を遣わせてしまって申し訳ありませんケースケさま」

「俺の対応が遅かったくらいだ。謝らなきゃいけないのはこっちだよ」


 レムネアは封筒を受け取ると、少し上目遣いで俺の方を見た。


「つまりこれは、この世界に於ける私の初報酬ということになりますね」

「そうなるのかな?」

「私の世界では、初報酬を貰ったらお世話になった人を集めて宴会を開く、という風習があるのですが……」

「いっ……?」


 レムネアがなにか言い出したぞ?

 人を集めて宴会? え、ウチで?


「人をお呼びしてもよろしいでしょうか?」


 ウチは平屋だけど大きくて広い部屋もたくさんあるから、問題ないっちゃー問題ない。 だけど。


「未だ片付けてない部屋が多いから、大勢呼ぶのは少し恥ずかしいな」

「……そう、ですか」


 しゅーん、と耳を垂れてしまうレムネアだった。

 ああ、俺は彼女にこういう顔をさせたくない。なるべく明るくしていて欲しい。

 なのでゴホンと咳払い。


「だけどまあ、この機会に掃除をするのもいいかもな」


 ピコン、とレムネアの長耳が上がる。


「最悪、庭先を会場にしてもいいわけだし」


 ピコンピコン。揺れる揺れる長い耳。

 伏せてた顔が、ちょっと上目遣いにこちらを見る。


「あの、それじゃあ……」

「いいよ、宴会やろう。準備手伝うよ」

「大好きです、ケースケさま!」


 わっ。突然抱きつかれた。

 あれれ、レムネアってこんな行動的だっけ?


「お、おい?」

「嬉しいな。実は私、あっちの世界では宴会を開くことができなくて」

「な、なんで?」


 と聞きながら考えた。

 冒険者の初報酬なんか、安い仕事の場合も多い気がする。

 単純にお金が足りなくてかな? ――そう思うと初報酬で宴会って意外にハードル高いのでは。


「私、友達もお世話になった人も殆どいなくて……。ギルドの受付さんには仕事があるからと断られてしまいましたし」


 あ。もっと悲しい話だった。

 ぼっち宣言されてしまったぞ。


「でもこちらの世界では、皆さんにすごくお世話になっています! なので、宴会を開けるのがとても嬉しいです!」


 なるほどね。


「じゃあ、レムネアにとっての初体験でもあるわけだ」

「はい! 皆さんを持て成すのが楽しみで仕方ありません!」


 とても嬉しそうに笑うレムネアを見ていると、俺も気持ちが昂ってくる。

 なんだろう、学園祭の準備に奔走していた学生時代を思い出したぞ?

 思わず俺も、笑ってしまう。


「よし、がっつり持て成すか!」


 こうして、俺たちは宴会をすることになったのだった。


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田舎の家はだいたい広い。掃除大変。


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