第13話 食べて、話して。
食卓に並んだ揚げたて天ぷらの数々。
横に並ぶのは素麺だ。薬味は大葉、ミョウガ、オクラに梅干し。
お好みでどうぞ、ということらしい。
いただきます、と和やかに始まった昼食はだが、まだ皆、箸を持ち上げない。
唯一レムネアだけが、皆に注目されながら用意されていたフォークを手にしただけである。
レムネアが言っていたからだ。「こんな料理初めてみました」と。
「テンプラというのですか? 凄く香ばしい匂いがします!」
「ゴマ油を使ってるからねぇ。香りが立つのよ」
おおゴマ油。やりますね富士子さん。
風味が良いんだよな。ちょっとお高いから天ぷらで大量に使うのはだいぶ贅沢だ、良いのかな。
思わず俺もすぐ箸を手に取りたくなったのだが、ここは皆に合わせてしばし我慢。
食卓の皆は今、レムネアの動向に注目している。
外国人の彼女が、初めて天ぷらを食べたときの反応に注目しているのだ。
そんな周囲の目にも気づかず、レムネアは無邪気にフォークを天ぷらたちに向ける。
「色々あって悩みますね、どれから行こうかなー」
「最初は淡泊でさっぱりしたネタから行くのがええぞレムネアちゃん。ほらその手前の」
「こ、これでしょうか」
「うん。天ぷら初体験ならエビはある種の理想じゃな、いってみい」
「は、はい」
レムネアはエビ天をフォークに刺した。
野崎のお爺さんに言われるまま、それを天つゆにつけて口へと運ぶ。
サク、プツン。
実際に聞こえたわけではないけど、耳にそんな音が蘇る。
レムネアは幸せそうな顔をして。
「んー! んー!」
と俺の方を見た。
「行儀悪いぞレムネア。ちゃんと飲み込んでからにしろ」
ごくん、と彼女は喉を鳴らし。
「お、美味しいです。これは美味しいですよケースケさま!」
「そっか。美味いか」
「はい。サクッとした歯ごたえから、急にプツンとした歯ごたえに変わって。香ばしくて甘くて、すごく後を引きます!」
よかった、口に合ったようだ。
俺は野崎のお爺さんたちと目を合わせて、思わず笑みを浮かべてしまう。
「美味しいでしょーレムネアちゃん。天ぷらはねー、揚げたてだと口の中が天国になっちゃうの」
「富士子さんは天才料理人なのでしょうか。このような料理はかつて体験したことがありません」
「やーね、お世辞がうまいわレムネアちゃん」
「お世辞などと……!」
促されて次のテンプラを食すレムネアだ。
ジャガイモを薄く切って揚げた物をフォークで刺した。
「それは天つゆよりも塩の方が美味しいわよ、レムネアちゃん」
「ほうほう。ではこの小皿の塩をパラパラと振りかけて……」
またもレムネアは、皆に見守られながらジャガ天を口に運ぶ。
その目が丸く大きく見開かれた。
「ほふっ、ほふっ! んー! んー!」
「だから行儀悪だ。食べてからに喋れって」
思わず苦笑してしまった。
それほどまでに彼女の反応は理想的である。見てると楽しい気分になるし、俺も今すぐ箸を伸ばしたくなる。
しかしまだホンのちょっとだけ待とう。レムネアの反応を見守る俺たちなのだ。
「ほふっ! これはパリっとホクホクですよ。初めて口にするお野菜です!」
「え。ただのジャガイモだよ? レムネアお姉ちゃん」
「ジャガイモと言うのですか。ほんのり甘みがあって、それが塩味とよく合いますね!」
どうやら彼女の居た異世界では、まだジャガイモの類が食用されていなかったみたいだな。こっちの世界でも、確かヨーロッパにジャガイモが普及したのは大航海時代頃だった気がする。ジャガイモの普及で食生活がだいぶ安定したのだとかなんとか。
「ジャガイモを食べたことがないとか本当かい? わはは、本当に面白いなレムネアちゃんは」
豪快に笑う野崎のお爺さんだった。
それじゃあそろそろわしらも頂こう、と音頭を取り、俺や美津音ちゃんに箸を促す。
レムネアが美味しそうに食べるのを見ていたので、食欲がいや増している俺である。遠慮なく箸を伸ばす。俺もジャガ天が食べたい!
「んふっ。ジャガ天いいですね、ホントほくほくで」
「わはは、いいだろう。朝掘りしてきたウチの畑のモノじゃよ」
「やっぱり朝に採った作物は違いますか?」
農業の話だ。思わず聞いてしまった。
「ジャガイモは朝に掘ると水分が多くなって甘みが増すな。まあそれ以外でも保存の関係で掘ったあとに表面を乾燥させないといけないから、この時期だと朝に掘るのが良いよ」
ほうほう、そういうものなのか。
ジャガイモは俺の畑でも植えるつもりだったから、勉強になる。
「ジャガイモはそういう理由だけどな、作物によっては他の理由があって朝の収穫が良いことも多いぞ」
「と言いますと?」
「たとえばトウモロコシとかな。朝収穫だと、夜の間に貯まった高い養分のままに実をもげるんだ。陽が照っている時間は光合成で養分が消費されてしまうから、あの手の作物は朝に収穫すると驚くほど味が変わる」
聞いたことはあるな。
だけど経験者にこうして語られると重みが違う。
なるほど、陽が葉に当たって養分を使ってしまうのか。
「ケースケくんは、あの土地を畑に戻したらなにを植えるつもりなんだい?」
「実はここに至ってまだ、なにを最初に植えるか悩んでいるんですよ」
「ふむ、そうかぁ」
野崎のお爺さんは口に運ぼうとした天ぷらを止めた。
しばらく考える素振りをしたあと。
「……そうじゃな、初心者にオススメなのは玉ねぎやジャガイモかのぅ。比較的ではあるが、この辺は失敗しにくいぞ?」
「なるほど」
「ただまあ、最初はそれだけで良いとしても、なるべく早く栽培する作物の種類を増やして行きたくはあるな」
「へえ。それはなぜでしょう?」
そうなんだ。それは正直初耳だった。なぜだろう。
「職業として農家をやっていくなら、リスク分散を考えた方が良いんじゃよ。作物の種類が少ないとその作物の相場がうまくない時期が続くとツラかったり、なんらかの理由でその作物が打撃を受けて収穫量が少なかったときも怖い」
そうか、リスクの分散か。
あまりそういうことは考えていなかったな。こういう生きた知識は本当にありがたい。 俺は野崎のお爺さんに礼を言った。
「いやなに、いやなに」
嬉しそうに頭を掻いて笑う野崎のお爺さんだ。
富士子さんが苦笑しつつ、隣の美津音ちゃんのお皿にピーマンの肉詰め天ぷらを取って置く。
「もう。お爺さんたら先輩づらしてイヤですよ。ごめんなさいね、ケースケくん」
「いえ。すごく助かってますので」
「ホント? このお爺さんはすぐいい気になるから、鬱陶しいときはちゃんと言ってあげてね?」
「あはは。もっと聞きたいくらいです」
「そうかそうか、野菜のことならいくらでも語れるぞケースケくんよ!」
語りたがるその顔が楽しそうだ。
仕事であると同時に、本当に農業が好きなんだなこの人。
俺もたくさん聞きたい。知識を吸収させて欲しい。
「おじいちゃん、野菜の話になると……止まらない……です」
「二人とも難しそうなお話をしてますねぇ、美津音ちゃん」
呆れ顔の美津音に、レムネアは笑いかけた。
二人は目を合わせるとクスリ笑い。
「今のうちに……レムネアお姉ちゃんは、おじいちゃんの分まで天ぷらを、食べてしまう……べき」
「うふふ。いくらでもお腹に入っちゃいますからねぇ」
長い耳をパタパタ。美味しそうに天ぷらを口に運ぶレムネアだった。
そうだこのエルフ、細い癖に結構食べるんだよな。
失礼がないかな、と少し心配をしたりもしたのだけど、富士子さんも野崎のお爺さんも笑顔でレムネアを見ている。
「おうおう、良い食べっぷりじゃなー」
「ホント、若いっていいわねぇ」
むしろ嬉しそうなお二人を見て、ちょっと胸を撫でおろす。
結局最終的には俺も遠慮を忘れて、久しぶりの揚げたて天ぷらをたらふく胃の中に詰め込んだのだった。
食事を終えて、俺は野崎さん夫妻を話をしていた。
レムネアは庭で美津音ちゃんと遊んでいる。
野菜の話に二人を付き合わせるわけにもいかないからね。
野菜の話がひと段落し、少し気になっていたご近所付き合いのことへと話は移行した。 道で人に挨拶をしても、なんだか警戒されているような感じがする、というアレだ。
「なるほどなぁ。まあな、田舎はだいたい閉鎖的なところがあるもんじゃからの」
「そういうものですか」
都会は、下手するとマンションの隣の部屋の住民すら知らないことがあるくらい繋がりが希薄なのだけど、田舎は人が少ない分だけ繋がりができる。
ご夫妻の話では、それだけに外からきた人間には最初排他的だったりするものらしい。
「あ、でも先日美津音ちゃんのお陰で――」
佐藤さんというおばさんに好意的な挨拶をされた、という話をした。
富士子さんはにっこりと笑い。
「子供が少ない町だからねぇ。子供に優しい人は喜ばれるわよねぇ」
「優しいってほどではないのですが」
「少なくともレムネアちゃんは美津音に良くしてくれてるわぁ。それにあの子、ケースケさんの話もしてたわよ? レムネアちゃんが尊敬している人みたいだ、って。そうやって評判は横に繋がっていくのよ」
どんな顔をしてればいいのかわからなくて、俺は困って頭を掻いた。
美津音ちゃんにもお礼を言わないといけない気がしてきてしまう。
「まあ、地道にな。町では色々行事もあったりするし、そういうのに参加していくのも良いと思うぞ」
「そうですね。地域の方々とうまくやっていければと思います」
長い生活になるだろうしね。
是非とも友好な関係を作りたいものだ。
そんな話をしていた、その時。
「ミッツンー」「いるかなー?」
女の子が二人、野崎家の庭に入ってきていた。
二人は美津音ちゃんよりもだいぶ背が高い。確か美津音ちゃんが小学四年生だったか。でもその二人は見た目、中学生といったところだ。
「リッコちゃん、ナギサちゃん」
ミッツンと呼ばれたのは美津音ちゃんだろう。
返事をした彼女が笑顔になる。どうやら友達なのだろうな。
「二人は今年中学生になったがの、昔から仲良し三人組じゃて」
俺が外を見ていたのを察したのだろう。野崎のお爺さんがククと笑う。
「こんにちはーおじいちゃん、おばあちゃん」
栗毛ショートカットの活発そうな子が居間に座ってる俺たちの方へと手を振った。
俺と目が合うと、ペコリ。頭を下げる。
確かリッコと呼ばれてた子だな。俺と夫妻はそれぞれに挨拶をして、彼女たち三人の会話に耳を傾けた。
「どうしたんです……二人とも突然に」
「今日は例の外国の人がミッツンとこに居るらしいからって、来ちゃった」
ニッカリ笑うリッコ。ショートパンツが健康的だ。
「ごめんね、私最初はリッコを止めようとしたんだけど」
「なにナギサ、良い子ちゃんぶって。途中からはノリノリだったじゃん」
「ノリノリじゃないので。ぶってるんじゃなくて、リッコと違って私は良い子なんですからね」
黒髪長髪の方はナギサだろう。
三人の中で一番背が高く、スマートなワンピースを着ている。お淑やかそうだ。
ナギサに反論されたリッコが不満げに唇を尖らせた。
「ぶー。まあ確かに、ちょっと強引に連れてはきちゃったかもだけど」
そう言ってリッコはレムネアに向き直った。
「初めまして、花島リツコです」
「こんにちは、私は古森ナギサです」
ナギサも倣い、二人はレムネアに頭を下げた。
釣られてレムネアも頭を下げ。
「これはご丁寧にありがとうございます。アルドの里のレムネアと申します」
「あのー私たちー、ミッツンからレムネアさんの話を聞いてましてー」
モジモジしながらリッコはレムネアに上目遣いだ。
「良かったら、少しお話をしたいなー、なんて」
「え?」
レムネアはビックリ顔をして、しばらく固まった。
「……ダメ、ですか?」
「い、いえいえ! ダメだなんてそんな!」
そう言って彼女は美津音ちゃんの方を見る。
「お姉ちゃんがよければ……私も、みんなでお話したい……です」
「そ、そう? それなら。お話をしましょうか」
「やった!」
リッコが指を鳴らし、ナギサが早速質問を始める。
どんなお化粧をしているんですか、という中学生らしい質問から俺との関係まで。
レムネアが化粧をしていないと言えば「そんな綺麗なのに?」と驚きの声を上げ、俺との関係と問われてなぜか彼女が頬を染めればキャーキャーと黄色い声に花が咲く。
これはこっちにまで話を振られたら面倒くさいことになりそうだ。
俺は気配を消しながら少し野崎のお爺さんの影に隠れる。
そうして茶を飲んでいると、こちらの気持ちを察したのか富士子さんが笑いかけてきた。
「うふふ。少し、かしましいかしら?」
「いえ、そんなことは」
俺は苦笑しながら頭を掻く。
しばらく小声で富士子さんとお話をしていたら、縁側に寄ってきたレムネアが俺に声を掛けてきた。
「ケースケさま」
「ん?」
「皆さんが、遊びに出掛けたいと仰っているのですが」
「良いんじゃないか? みんなで遊んでこいよ」
俺が気軽にそう答えると。
「……くて」
「ん?」
レムネアは小声で言った。
(この世界のことはまだ解らないことが多くて……。ケースケさまも、付いてきてくださいませんか?)
――俺も!?
いやだけど、俺は野崎さんご夫妻と話をしていて。
そう思ってたら、今の話を察したのか野崎のお爺さんが笑いだす。
「わはは、わしらのことは構わないよ。ケースケ君も一緒に行ってきたまえ」
「ですが」
「なーに、これは地域交流じゃよ。町に馴染みたいのじゃろ? 三人に教わるといい」
「……リッコちゃんとナギサちゃんは、俺が居てもいいの?」
リッコは即答。
「もちろんだよ!」
ナギサは一瞬考えて。
「お財布役……」
んんん?
「いえ、大人の保護者が居るのは心強いです」
なにか聞こえた気がするけど、気にするのはやめよう。
俺は頭を掻いた。
「お願いしますケースケさま。どうか一緒に」
「わかったよレムネア、みんなで遊びに出るか!」
やった! と沸く女の子三人組。
「お姉ちゃんと……ケースケお兄さんに、この町の遊びスポット……教えてあげます」
ちょっと嬉しそうに、美津音がフンスと鼻を鳴らしたのだった。
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自分はアナゴの天ぷらとトウモロコシの天ぷらが大好きです。
ご家族たくさんの生活なら、揚げ物も気楽に食卓に並ぶのかなぁ?
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