その後のお話② 絆(※sideカーティス)中編

 院長は珍しく、俺の隣に腰を下ろす。そして噛みしめるように言った。


「いつもありがとう」

「……別に。俺はロイド様の付き人だからな。ただロイド様についてきてるだけだ」

「そんなこと言って。一人の時でも何度も顔を出してくれていたでしょう」

「まぁ、休みもらっても他にやることもないしな」


 俺が淡々とそう返すと、院長は困ったように微笑んで言った。


「アマンダさんをデートに連れて行ってあげたりもするのよ。あなたもう、一人じゃないんだから」

「分かってる。ちゃんとやってるよそういうのは。意外と俺、マメな男なんだぜ」


 俺が答えると、院長は今度は声を出して笑った。


「そうだったかしら。何をやらせても大雑把で、抜けてるところだらけの子どもだった気がするけれど」

「……まぁ、子どもの頃の話は置いといて」

「ふふふ。……でも昔から、周りの子には本当に優しかったわね、あなたは。正義感が強くて、弱いものいじめを決して許さないいい子だったわ」

「だろ?」

「ええ。特に女の子には、本当に優しかった」

「……。そんなことないだろ」

「そんなことあったわ。あなた無自覚に女の子を振り回すタイプだから、気を付けなさいよ」

「な、何だよ、気を付けなさいよって……。何の問題も起こさねぇから大丈夫だって」


 妙な具合に詰められて、俺は少し挙動不審になる。けれど院長はさらに言葉を重ねた。


「もう起こしたじゃないの。ほら、あなたが子どもたちの前で“俺結婚するんだぜー”ってサラリと報告してきた時。エイミーが大泣きしたでしょう? あたしが大きくなったら結婚してくれるって約束してたのに! 嘘つき! って」

「あ……ああ……。いや、その場限りの冗談みたいなもんだと思ってたんだけどな、あの言葉は……。あれから半年以上口聞いてくれなかったもんな、エイミー……」


 そんな八歳のエイミーも、今はミシェルと手を繋いでキャッキャとはしゃいでいる。すっかり忘れてくれたようでよかった。

 院長はまだクスクスと笑っている。


「だから気を付けなさいって言っているの。アマンダさんのことは、泣かせちゃダメよ」

「分かってるよ! 泣かせるわけないだろう」


 なんか無性に気まずくなってきて、俺は少し乱暴にそう答えると明後日の方向を向く。……どうも院長と話していると、子どもの頃に戻ったような気分になる。

 院長はもう気が済んだのか、ミシェルたちの方を眺めながらしみじみとした口調で呟いた。


「……結婚したのよねぇ、あなたが。家族ができたのよ。本当によかったわね、カーティス」

「……ああ。ありがとう、先生」


 物心ついた頃にはすでに、毎日そばにいてくれた院長。俺にとってここの先生たちは、最初の家族だ。


「アマンダさん、とても可愛くて素敵な人だわ。なんだか公爵夫人とすごく親しい雰囲気ね」

「ああ。めちゃくちゃ仲良いんだよ、あの二人。はたから見てりゃ姉妹みたいに思える時がある」


 不思議なものだ。あの二人は出会ってまだほんの数年。血の繋がりも当然ない。それなのに、一緒にいることがごく自然に思えるし、こうして主従関係ができた今でも、隔たりや距離が感じられない。それは礼儀がなっていないとか、馴れ馴れしすぎるとか、そういうことじゃなくて。

 もっと別の、何か。

 その時、ふいに院長が言った。


「ねぇ、私が今一番楽しみにしていることが何か分かる? カーティス」

「へ? ……いや、全然? 何? 何か催し物でもあんの?」

 

 俺がそう問うと、院長は呆れたような顔をした。


「もう……。そうじゃないわよ。あなたとアマンダさんの、赤ちゃん」

「……あぁ……」

「いつかあなたたちに赤ちゃんができたら、ここに連れてきてくれるのかなって、ずっと楽しみにしているのよ。あなたがお父さんになるなんて、なんだか不思議だけど。でもきっと、あなたとアマンダさんならいい親になれるはずよ」

「……うーん……」


 院長の言葉に、俺は空を見て唸った。

 実は俺は、子どもを作ることに躊躇があった。実の親の愛というものをまるっきり知らない自分が、ちゃんとした親になれるのか。そういう戸惑いが、心の中にずっとある。

 アマンダは何も言わない。けれど、本当はすぐにでも俺たちの子どもが欲しいとか、もしかしたらそう思っているんだろうか。


「親、かぁ。……俺がなれるのかな。なんか想像がつかなくてさ」

「あら、なれるわよ。一人じゃないのよ。可愛くて優しい奥さんがいるんだし。あなたは愛情深くて、小さな子どもの扱いも上手。正しいことと間違っていることを、自分よりも年下の子に教えてあげることもちゃんとできていたわ、昔から。充分でしょう」

「……そうかな」

「そうよ。あとは子どもを育てながら、父親としても母親としても、一緒に成長していくものよ。何か困ったことがあれば、ここに私もいるでしょう。いつでも相談に乗るわよ」


 ……うーん。

 院長の気持ちはありがたいし心強いが、自分の子どもをこの世に存在させるというのは、俺にとっては結構一大事なのだ。


「……俺の親って、どんな奴だったんだろうな」


 ふと、そんな言葉が口をついて出た。これまであまり、考えないようにしてきたのだが。


「誠実そうな人ではあったわよ」


 院長がサラリとそう答える。


「へーぇ。……はっ!? えっ?? 先生、俺の親に会ったことあんの!?」

「ええ。あなたをここに連れてきた日にね。もう二十年以上も前のことだし、お顔もうろ覚えだけど」

「な……っ」


 ん? どうしたの? とでも言わんばかりの表情でこちらを見てくる院長に、俺は思わず声が大きくなる。


「いっ……今までそんなこと、一度も言ったことねーじゃん!」

「あら、あなたが聞きたくないって言ったのよ。覚えてないの?」

「え、嘘。いつ……?」

「たしか、十三歳のお誕生日の時じゃなかったかしら。ご両親があなたを連れてきた時の話を聞きたいかって聞いたら、聞きたくねぇ! って」

「……そ……、そう、だっけ?」


 全然覚えていない。

 胸の鼓動が、妙に激しくなる。

 院長の予想外の言葉に戸惑いつつも、俺は無意識に質問を重ねた。



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