第62話 エヴェリー伯爵邸へ(※sideロイド)

 カーティスが前に立つと、衛兵たちが問いかける。


「お……お約束は……」

「先触れなら特に出してはいないが、紋章を見れば我々のことはお分かりだろう。ハリントン公爵家当主ロイド・ハリントン公爵が、そちらのご当主に話があって参った。門を開けていただこう」


 威圧的なカーティスの言葉に、衛兵たちは慌てて門を開く。それを見届けたカーティスが身軽な動きで馬車に戻り、我々はそのままエヴェリー伯爵邸の敷地内へと入っていった。




「こ……っ! これはこれは……ハリントン公爵閣下。わざわざ当屋敷に足をお運びいただけるとは……事前にご連絡いただけましたら、おもてなしのご準備もいたしましたのに……」


 我々の来訪を家令に告げられたエヴェリー伯爵は、慌てふためきながら玄関ホールに自ら飛び出してきた。前髪も服装も乱れている上に、その口からはアルコールの匂いがする。不快さに、私はわずかに顔を顰めた。……真っ昼間から、だらしのない男だ。いつもこうなのだろうか。仕事はいつしているんだ……?


「先日は我が妻と娘をお屋敷にお招きいただき、誠にありがとうございました。妻から話はよく伺っております。姪のミシェルが、厚かましくも閣下にご迷惑をおかけしていると……」

「茶会に招いたのは私ではなく母だ。私はそのミシェル嬢の件で、あなたに話があって来た」

「……は……っ、さようでございますか。では……どうぞこちらでぜひ、ごゆっくりと……」


 狼狽えた様子でヘコヘコと応接間に案内するエヴェリー伯爵の後ろをついていきながら、私は周囲に視線を巡らせた。この屋敷全体に漂う陰気臭い雰囲気は何だろうか。そう考え、私はすぐに気付いた。覇気のない表情をした使用人たちが、黙々と働いている。時折すれ違うその誰もが、暗く陰鬱な空気をまとっており、しかも皆信じられないほどに汚らしい格好をしている。この屋敷の雰囲気の悪さの原因はこれか。仮にも伯爵家に勤める使用人たちが、こんなにも薄汚れたなりをしているとは。伯爵や夫人はこれを改善しようとは思わないのだろうか。こうして真っ先に客の目につき、自分たちの人となりや伯爵家の財政状況などを判断される材料の一つにもなるというのに。

 応接間に入り、私と伯爵は向かい合って腰かけた。カーティスは部屋の端に控えている。


「いやぁ、遠路はるばるご足労いただきまして……。ご活躍は伺っております。先日は新規事業の成功によりまた大きな利益を上げられたとか。羨ましい限りでございますな。我々など……」

「あなたと世間話をしに来たわけではない。用件はミシェル嬢のこと、それだけだ。あなたの口から直接聞かせていただこう。ミシェル嬢はこの屋敷で、どのような生活を送っていたのかを」


 ヘラヘラと下卑た笑みを浮かべながらおべんちゃらを言うエヴェリー伯爵をにべもなく制し、私は切り込んだ。さっきから額に汗を浮かべ青白かった伯爵の顔色が、ますます悪くなる。


「は……。我々はあの子を引き取ったその日から、大切に大切に育ててまいりました。ただ、あの子は非常に素行が悪く……、妻も申し上げた通り、あくまでも躾として、多少厳しくしていた面はございます。我々も持て余しておったのですよ」

「……そうか。ミシェル嬢はそんなにも悪辣な娘であったと」

「ええ! その通りでございます。挙句の果てには育ててやった恩も忘れてこの屋敷を飛び出し、あろうことか、公爵閣下の元でお世話になり、ご迷惑をおかけしていたなどと……こちらは夢にも思ってはおりませんでした。知っていれば首根っこ摑んで引きずり戻しましたものを。お詫び申し上げます、閣下」


 私が相槌を打ったことで気が楽になったのか、エヴェリー伯爵は途端に目を輝かせながらミシェルの悪口を披露しはじめた。そしてこちらが黙って聞いているのをいいことに、これでもかとミシェルのことを貶める。……聞いていられなかった。


「……そうか。ではあなたたちは、ミシェル嬢に対して愛情を持って接してはいなかったと」

「まぁたしかに。ああまでひねくれた娘は、たとえ血の繋がった姪とはいえ可愛いとは思えませんでしたがね。閣下も妻たちの証言を信じていただけたようで、安心いたしました」


 そんなことは一言も言っていない。ただこの男が嬉々として語りはじめたのを、ただ冷めた目で見ていただけだ。

 するとエヴェリー伯爵は、こんなことを言い出した。


「……閣下。あのような娘をお屋敷に置いておくのはよろしくないでしょう。ご面倒をおかけいたしましたが、ミシェルは我々が責任を持って引き取らせていただきます」

「……そうか」

「ええ! 今一度厳しく躾けなおし、あの小娘の腐った性根を叩き直してまいります。どうぞ、お捨て置きくださいませ。すぐにでもうちの者を迎えにやらせましょう」


 私を納得させられたとでも思っているのだろうか。鼻の穴を膨らませてそう言い出した目の前の男に、私ははっきりと伝えた。


「それには及ばぬ。私はミシェル嬢と結婚し、我が妻としてハリントン公爵家に迎え入れることにしたのだからな」

「……。…………は?」





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