第41話 ディーナ嬢との茶会(※sideパドマ)
「……ディーナ様、いかがなさいましたか?」
「ご気分が優れませんの? 果実水を召し上がってはいかがでしょう」
皆がハラハラして顔色を窺う中、しばらくするとディーナ嬢は面白くなさそうに呟いた。
「……ええ、そうよ。私、今日は全く気分が優れないの。少しも楽しくないわ」
「……」
「……」
令嬢たちはすばやく視線を絡ませる。皆思うことは同じなのだろう。めんどくさい。じゃあ茶会なんか止めてさっさと解散しましょうよ、と、こうだ。
だけど当然、誰もそんなことは言い出さない。こういう時の対応で、ディーナ嬢の自分に対する心証の良し悪しが変わる。しくじるわけにはいかないのだ。
私はさも心配そうな表情を作り、真っ先に口を開いた。
「何かございましたか? ディーナ様。お悩みや、お困りごとでも……?」
「ええ。どうぞお話しくださいませ、ディーナ様」
「私共などがお支えできるかは分かりませんが、いつでもディーナ様のお力になりたいと思っておりますのよ」
皆機嫌をとってほしい彼女の本音を熟知しているものだから、こういう時の対処は心得ている。ディーナ嬢は高位貴族の領主や夫人たちが集まる場では常に完璧な淑女ぶりを発揮するのだが、その反動のように、自分より格下の家柄の令嬢たちしかいない場所では尊大になる。
彼女は再び大きな溜め息をつくと、渋々といった感じで口を開いた。
「……とてもね、とても不快な思いをしたの。ロイド様のところでよ」
ロイド様。
その言葉に、白銀の髪と碧眼を持つ美青年の姿がすぐさま脳裏に浮かぶ。ロイド・ハリントン公爵。このハスティーナ王国一の権力を誇る公爵家の、若き美貌の当主様。そのお姿を見るだけで、女性ならば誰もが胸をときめかせ、体を熱くする。地位も権力も、そして浮世離れした容姿の美しさも。何もかもを持つ、目が眩むほどに素敵な殿方。
ディーナ嬢は幼少の頃から何度も袖にされ、父親を通して申し込んだ縁談まできっぱりと断られたにも関わらず、こうしていまだにハリントン公爵にアプローチを続けているのだ。公爵はとんでもない女嫌いだとの噂だけれど、その大きな原因の一つがこの圧の強いディーナ嬢のしつこさにあるのではないかと私は思っている。
ディーナ嬢は話しはじめた。
「先日また、お屋敷に伺ってみたの。ご挨拶をしにね。そしたら……ロイド様ったら、右腕を怪我していたの。ギプスをつけていたわ。私、とても心配で……。ロイド様にお尋ねしたのよ。いかがなさいましたのって」
「まぁ、それは……」
「たしかにご心配ですわよね」
「どうなさったのでしょうか」
私たち取り巻き令嬢はさも心配そうな表情を浮かべ、相槌を打つ。半分はディーナ嬢の機嫌をとるための演技だけど、半分は本心だ。だって、他ならぬあのロイド・ハリントン公爵のことなんだもの。大丈夫なのかしら。
けれどディーナ嬢はここで一度言葉を区切ると、大きく息を吸い込み盛大な溜め息をついた。
「驚いたことにね、そのお怪我、ある一人の女を庇ったことによって負ったものだったのよ。……したたかで、浅ましい、一人の卑しい女」
ディーナ嬢はそう言うと、苛立たしげな表情を隠すように扇を広げ、憎々しげな口調で続けた。
「ロイド様にお怪我を負わせたのは、平民の娘なのよ。それがねぇ、とっ……ても不思議なお話なの。ロイド様が公爵領の西側のあの森を突っ切って馬でお屋敷へとお帰りになる途中、突然その娘が、一人でフラフラとロイド様の乗る馬の前へ飛び出してきたそうなのよ。娘を避けるために、ロイド様は無理な体勢になりお怪我を」
「まぁ! 一体どういうことなのでしょうか……! なぜ平民の若い娘が、たった一人であの森に……!? 考えられませんわ」
「ハリントン公爵閣下がお気の毒ですわ……! なんて不運だったのでしょう」
周りの令嬢たちは大袈裟に顔を歪め、口々にそう言う。するとディーナ嬢はようやく少し機嫌が直ってきたのか、私たちの言葉に頷いた。
「そうでしょう? 不思議よね。しかももっと不思議なことがあるのよ……。なんとその平民の娘、今ハリントン公爵邸で働いているの。しかもロイド様ったら、ご自分の執務室にまでその娘を立ち入らせていらっしゃったのよ。娘はさも当然のような顔をして、この私に紅茶を出してきたわ」
「ま、そんな……。ハリントン公爵閣下はなぜその娘を……?」
「一体何者なのでしょうか、その娘は。気味が悪いわ」
令嬢たちの言葉を聞きながら、私も訝しく思った。おかしな話だわ。たまたま森で出くわしただけの、それもそんな大怪我の原因になった娘を、ハリントン公爵はなぜご自分の屋敷で働かせているのだろう。
ディーナ嬢は一度紅茶に口をつけると、うんざりした様子で話を続ける。
「その娘、他領の孤児だったのですって。身寄りも行くあてもなく困っていると言ったようだから、ロイド様が情けをかけたみたいなのよ。全く……。いくらハリントン公爵とはいえ、やはり殿方ね。見抜けないなんて。私には一目見て分かったわ。その娘がそこそこ整ったあの容姿を使って、ロイド様を籠絡しようとしていることがね。……何もかも虚言かもしれないわ。他領の孤児だなんて。都合が良すぎるもの。その辺の道端にいそうな風貌には見えなかったわ」
「まぁ……! 恐ろしい小娘だこと……!」
おっと、いけない。妙な話が気になってつい真剣に聞き入ってしまった。あまり黙ったままでいると、ディーナ嬢にすごい目つきで睨まれるのよね。
私は慌てて声を上げた。
「それにあまりにも厚かましいですわぁ! そんな身分の娘が、このハスティーナ王国きっての資産家で、地位も権力もあるあのハリントン公爵閣下のおそばで仕えるだなんて! 公爵家の使用人ならば、それなりに身元のしっかりした者の中から選ぶべきですわよ! どこの馬の骨とも知れぬ卑しい娘が公爵閣下のおそばにいるなんて、あまりにも不用心ですわね!」
私がそう言うと、ディーナ嬢が一瞬満足そうな顔をして頷いた。
「そうでしょう? 私もそう思ったのよ」
よしっ! 私の発言内容が気に入ったらしい。
調子に乗った私は、他の令嬢たちが口を挟む前にと、すぐさまディーナ嬢に質問した。
「一体どんな娘なんですの? ディーナ様。その、身の程知らずの不気味な娘は」
全員の視線を浴びながら、ディーナ嬢は憎々しさを隠そうともせずに言った。
「……まぁ、妙齢のそこそこ綺麗な娘よ。それが余計に気に入らないのよね。華奢で小柄で、いかにも愛くるしい雰囲気で……。殿方を誑かすことに長けていそうだわ。それに……とても変わった髪の色をしていたの。桃色の髪でね、光の反射で艶々と不思議に輝いて。初めて見たわ。あんな髪の子」
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