第21話 公爵家のメイド

 それから二日間ほど、私はハリントン公爵邸でゆっくりと過ごさせていただいた。公爵がお屋敷にいる間は特に注意して様子を窺ってみたけれど、やはり以前公爵が言っていたように「手足となって動いてくれる人間が屋敷に何人もいる」というわけではなさそうだった。ここにいるほとんどの人が普通の使用人だし、その人たちと、家令や護衛、御者などを除けば、あとはカーティスさんだけ。公爵という立場のわりには、充分手が足りている、というほど側近レベルの部下がそばにいる感じではない。

 ついに三日目の朝、私は意を決して公爵の執務室を訪れた。公爵は相変わらず不自由そうに左手で仕事をし、そばでカーティスさんが補佐している。

 その様子に後押しされるかのように、私は一歩前に出た。


「……どうした。何か不自由があるか」

「いえ、その逆です、公爵様」


 入室し前に進み出た私に、ハリントン公爵は怪訝な顔でそう尋ねる。とっくの昔に元気になっている私は、堂々と宣言した。


「おかげさまで、こちらのお屋敷で数日間充分に休息の時間をいただきました。体調はもう万全、どこも問題ありません」

「……そうか。それはよかった。だが、君の今後についてはもう少し時間をもらえるか。仕事が立て込んでいてな。見ての通りこの体で、なかなか思うように動けていない。今は急ぎの用事を片付けるのに精一杯だ。退屈だろうが、まだしばらくは屋敷で静養を……」

「いっ! いえ、そうではございませんっ! 早く私の仕事や住処を見つけてほしいとか、そんなことを言っているのではなくて……、あの、やはり私に、何かお屋敷の仕事か、公爵様のお手伝いをさせてはいただけないでしょうか!」


 さっさとここを出て行かせろと催促していると思ったらしいハリントン公爵の言葉を慌てて否定し、私は自分の要望を伝えた。


「心身共に健康なのに、ただこうしてお世話になり続けているのは肩身が狭いのです。何でも構いません。このお屋敷の仕事で手が足りていないところや、公爵様の雑用でも何でも……。たくさんお世話になったお礼に、ひとまずは労働でお返しさせていただけませんかっ……?」


(それに、お怪我もさせてしまったことですし)


 とにかくその罪悪感がすごいのだ。この広大なハリントン公爵領の領主様に、しかもこんな素晴らしい人格者に、私ごときの身を庇わせ怪我を負わせてしまったことの罪悪感が……!

 働きたい……!!


 必死の形相で公爵の目を見つめる私を、公爵もしばらく黙ったまま見つめ返してくる。そこに、珍しく静かにしていたカーティスさんが口を挟んだ。


「いいんじゃないですか? ロイド様。ミシェルもこう言ってることだし、何か手伝ってもらえば。ただ世話になってるだけなのが居心地悪いんでしょう。アマンダたちと一緒に屋敷の仕事をさせてやったらいいですよ」


 さ、さすがはカーティスさん。よく分かってくださっている……!


「ミシェルがロイド様の身の回りのことやってくれれば、俺ももっと身軽に動けますし。ミシェルならある程度のことは任せても大丈夫でしょう。どこぞの間者でもなければ、ロイド様目当てのつきまとい女でもないんだし」

「……」


 黙ったまま思案しているらしい公爵に、カーティスさんが畳み掛ける。


「ミシェルが手伝ってくれるなら、俺もロイド様の代理として遠方まで使いに出たりもできますしね。今よりは仕事も捌けると思いますよ」

「…………」

「そもそもロイド様が悪いんですよ。こういう時のためにも、やっぱりロイド様のそばで働く者の人数をもっと増やしておかなきゃいけなかったんですって。ね? いくら何でも少なすぎますよ」


 公爵様相手に随分ずけずけとものを言うんだな……大丈夫なのかしらと、カーティスさんにハラハラしながら、私は成り行きを見守っていた。

 すると公爵が、小さく溜め息をついた。


「……分かった。君がそこまで言ってくれるなら、試しに少しずつ屋敷の仕事をやってもらうとしよう」

「……っ! あ、ありがとうございます……!」


 渋々絞り出ししたような公爵の言葉に、私はホッとしてお礼を言った。彼は難しい顔をして話を続ける。


「当面は試用期間といったところだが、働いてくれるというのなら、きちんと書面を交わし給金は出す。私の体が動くようになったら、その後のことはまた話し合おうじゃないか」

「は、はい……っ」

「え? もうこのままここで使用人として働き続ければいいんじゃねぇの? わざわざ慣れない領地で新しい住処と仕事を一から探すより、ミシェルもその方が楽でいいよな?」


 ケロッとした顔で私の方を見てそんなことを言うカーティスさんに、ハリントン公爵はますます難しい顔をした。


「何でもそう簡単に決めようとするな。まだ働きはじめてもいないのに。互いに合う合わないが出てくるかもしれないだろう。彼女の気持ちが変わる可能性もある」


 ……公爵はきっとまだ、私に対して警戒心を持っておられるのだろう。それは当たり前のことだ。私はほんの数日前に初めて森で出会っただけの、身元もはっきりとしない孤児……だと思われているのだから。

 私がいつまでここに置いてもらうことになるのかは、今のところ分からない。だけど、いさせてもらえる間はせめて精一杯真面目に働こう。


「よろしくお願いいたします……!」


 こうして私は、このハリントン公爵邸でひとまずはメイドとして働くことになったのだった。






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