第12話 公爵とカーティスの衝撃
長い廊下を進んで階段を上り、一番奥の部屋の前まで進むと、アマンダさんが扉の前から中に声をかけた。
「失礼いたします、旦那様。お連れいたしました。よろしいでしょうか」
「……入れ」
さっきの銀髪の方……ハリントン公爵様の声だ。お待たせしてしまったから機嫌が悪いのだろうか。それとも、怪我の痛みのせい……? その低い声にますます緊張し、体が強張る。
アマンダさんが扉を開け、私に目配せする。私は小さく頷いて、おそるおそる中に足を踏み入れた。アマンダさんはそっと扉を閉め、その場から立ち去った。
「……失礼いたします」
全体的に濃茶の調度品で整えられたその執務室は、落ち着いた雰囲気だけど威圧感もある。私が萎縮しているせいでそう感じるのかもしれない。
右腕をギプスで固定したハリントン公爵が、奥の大きな机の前に座っている。隣にはさっきのオレンジ色の髪の青年。二人ともこちらには目もくれない。
ハリントン公爵は手元の書類を見ながら、それらを左手で机の横に置いてある箱の中に入れたり、すぐそばに立っている青年に手渡したりしている。……この人はさっきアマンダさんから名前を聞いた、カーティスさんだ。
(忙しそうだな……)
数歩進んだところで、私は立ったまま静かに待った。入れとは言われたのだから、そのうちお声がかかるだろう。
公爵とカーティスさんは次々と書類を捌き、受け渡し、随分集中しているようだった。しばらくして、ようやく公爵が手を止め口を開いた。
「……よし。こんなところだな。それだけでいい。任せた」
「はい、承知しました」
そんな会話が交わされた後、顔を上げたハリントン公爵と手元の書類をトントンと揃えたカーティスさんが私の方を見た。
「随分と遅かっ……」
公爵は何かを言おうとしたところで、ピタリと固まった。隣のカーティスさんも私の顔を見たまま、目を見開いて動きを止める。
「…………」
「…………」
「…………」
シン……、と静まり返る室内。時間が停止したのだろうか。空気まで止まっているようだ。穴があくんじゃないかと思うほどの目力で私を凝視する二人を前に、私の緊張も最高潮に達した。
なんかすごい顔してる……。どうしよう。ものすごく怖い。だけど、言わなきゃ。お礼とお詫びを……。
そう思った私が、勇気を出して口を開こうとした、その時だった。
「……誰だ? 君は」
ハリントン公爵がより一層低い声で、私にそう尋ねた。
「あ、あの……、私、先ほどの……。森で助けていただきました、ミシェルと申します」
「…………?」
……分からないのだろうか。
ハリントン公爵はますます不審げな表情を浮かべて、私のことを検分するように上から下まで視線を這わせる。その眉間には盛大に皺が寄っている。
「……何を言っている。どこから入った。アマンダはどこだ?」
公爵は私を不審者だと認定したらしい。警戒感をむき出しにしてカーティスさんにアマンダを呼んでこいと言っている。
「い、いえ! 公爵様、私です……! ほら、先ほど森で……! 私の不注意のせいで、公爵様に多大なご迷惑をおかけしてしまい……」
「カーティス! その娘を取り押さえろ」
(え……えぇっ!?)
どうしよう。まさか覚えていらっしゃらない……!? ほんの数刻前の出来事だったはずなんだけど、あれは。
突然部屋に乱入してきた不審者を見る険しい表情の公爵。すると隣にいたカーティスさんが、ふいに「んんっ!?」と声を上げた。そしてすばやい動きで私の目の前までやって来ると、息がかかるほどの距離で私の顔をまじまじと見つめてくる。ビックリしたけれど、私は逃げずにそのまま立ち尽くしていた。
「……うへぇ! ロイド様! この子物乞いですよさっきの!! ほら、森で会って気絶しちゃった子です。俺が抱えて馬に乗って連れて帰ってきたじゃないですか。あの子ですよ。さっきアマンダがここに連れて来るって言ってた子」
「……。……まさか」
カーティスさんが失神した私を連れて馬で運んでくれたのか。きっと大変だっただろう。この方にもちゃんとお礼を言いたい。
けれど、二人は今それどころではないようだ。
「本当ですって! よく見てくださいよ。なぁ? 物乞いの子だろう?」
「……」
物乞いの子だろう? と言われて、はい物乞いですとも言いにくい。だって実際には、私は物乞いなどではないのだ。子どもの頃は平民として暮らしていたけれど、一応はエヴェリー伯爵家の血も、父方のフランドル男爵家の血も入っているし、先日まではそのエヴェリー伯爵邸で暮らしてもいた。……まぁたしかに、今後は物乞いになるかもしれないけれど……。
そんなことを考えながら、私は曖昧な返事をした。
「はい、たしかに先ほど助けていただいた者です。改めまして、ミシェルと申します。ハリントン公爵様、カーティスさん、本当にご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。それから……助けてくださってありがとうございます」
私の言葉を黙って聞いていたハリントン公爵の険しい表情が、純粋な驚きの表情へとゆっくり変わっていく。そして私が話し終わると、しばらくしてただ一言呟いた。
「……まるで別人じゃないか」
それ、さっきアマンダさんにも言われました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます