単純な生き物

 桃李達と別れて一人六階層へと進んだ。


 「随分と道が広いな」


 五階層と比べ、道幅に余裕があった。


 五階層で倒した豚鬼オークを思い出して得心がいく。


 一体のみだったためどちらに対してもあまり影響はなかったが、もう一体豚鬼があの場に居たら、あの図体では狭い道幅で数を活かせることはなかっただろう。


 しかしこの階層では豚鬼達にそのハンデはない。


 ホームグラウンドでの戦闘は当然豚鬼達に味方する。


 「数で来られたらまずいな」


 一体のみであの強さだ。


 徒党を組まれて囲まれでもしたら、あのリーチから逃げられる自身は幸隆にもなかった。


 警戒しながら進んでいると前から何者かが来ている気配を感じ取った。


 数は複数。


 なんとなくだがあちらはまだこちらに気付いていない。


 先手を取ろうとした直後、それが豚鬼の気配でないことに気付く。


 「あいつら……」


 視界に入ってきた人間に見覚えがあった。


 「よぉ、随分とみすぼらしい恰好になったもんじゃねぇか。夜逃げか?」


 邂逅直後の憎まれ口。


 最近気の短さに拍車がかかっている幸隆ではあるが目の前の男は初めて会った時から気に食わなかった。


 「ちっ。なんでおっさんがこんなところにいんだよ」


 会いたくなかったというような顔をした中級探索者であるパーティーのリーダー大舌とその仲間達が、満身創痍と言うべき姿で現れた。


 「お前まだこの階層来れるほどのランク帯じゃないはずだろ。そもそもここは制限が掛かって───」


 「んなことどうでもいいからよ。俺の相方見なかったかよ」


 こちらの詳しい話など今はどうでもいい幸隆は大舌の話をぶった切って杏に遭わなかったかと問いかけた。


 杏の目的地がここだろうと、先の階層だろうと、この階層の調査に当たっていたこのパーティーなら姿を見た可能性は大いにあった。


 「相方ってのは随分な立場だな、寄生してる分際で」


 「いいから言えって」


 状況が状況なだけに口喧嘩に付き合う気のない幸隆は、大舌の挑発をあしらった。


 「お前から先に……いやもういい。瀬分さんには遭ったよ。というより助けられた」


 言いたくなかった。


 そう言う顔だった。


 「その場所はどこだ」


 幸隆の顔からまた表情が抜け落ちた。


 「ここから二つ目の通路を右に行ったところに」


 「そうか」


 意外と近いと思ったが、見える一つ目の通路の先に二つ目は見つからない。


 まだ距離があるようだ。


 幸隆はそれだけを聞いて大舌とすれ違う。


 「おい!お前が行ったってどうにもならないぞ!あいつらはもうこの階層のレベルじゃない!異常だ!豚鬼オークがあんなに群れて行動するなんて聞いたことがない!そもそもダンジョンの魔物があんな組織だってること自体があり得ない!それに奴ら───」


 何かに言葉を詰まらせた。


 大舌の言葉には困惑と恐怖が確かに混在していた。


 異常さをこれでもかと大きな声で主張する姿にはどこか自分を納得させるような含みを感じた。


 その様子を目敏く感じ取った幸隆は、彼らが陥った危機と、それをどう抜けきったのか、大舌のさっきの言葉を思い出して察した。


 「それで一人を置いて自分達は逃げてきたって?」


 「お前もしかして知って……」


 状況が思っていたよりも悪い方向にいっている。


 多くを聞かずともあの甘い彼女の事だ、自分が殿など囮などをやってこのパーティーを逃がしたのだろう。


 自己犠牲も良いとこだ。


 「別に責めちゃいねーよ。その時の現場を知ってる訳じゃねーしな。どうせあいつがお人好ししたんだろ。ただ、お前はあいつの味方してくれてもおかしくないとは思ったんだがな」


 幸隆はそれだけを言い残して歩き出す。


 悔し気な表情をした大舌が幸隆の背中に顔を向けて大きな声で叫んだ。


 「お前が一人で行って何ができる!無駄死にするだけだ!」


 それは当然の忠告だった。


 俗に中級と呼ばれる彼ら個人の力は実に大きい。


 そんな彼らがパーティーを組んで挑んでも、勝ち目は薄かった。


 普段とはあまりにかけ離れた難度となった第六階層。


 イレギュラーの正体は依然として分からず、常識を超えて徒党を組んだ魔物達の厄介さは魔物の強さ以上だ。


 しかもその魔物が異常な興奮を見せる豚鬼ともなれば、たった一人の新人探索者がどうにかできる問題などではなく、一人で向かう幸隆の姿は傍から見ればただの自殺志願者でしかなかった。


 「何ができるだの無駄死にだのはどうでもいい。気に食わないから殴りに行くだけだ」


 「……いかれてんのか」


 ただの自信過剰な人間なら理解できた。


 それならただただ後悔して死んでいく、見慣れた連中だから。


 自殺を望む人間なら理解できた。


 それを目的目的として探索者となる人間を知っているから。


 しかしこの男の理由はそんなものよりもなお単純だった。


 まるで店にクレームをつける客のように。


 まるでしつこい虫の巣を壊しにいく休日のお父さんのように。


 この男はそんな浅い考えと感情で、死地へと足を踏み入れたのだ。


 湧き上がった苛立ちが、自分の命よりも重いとでもいうように。


 「そっちのが気分いいだろ」


 この生物はいかれていた。

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