第1話 ガチャと宝物、冒険のはじまり
目を覚まして布団から上半身を起こすと、エルフにコスプレした女の子が、椅子の上に置いたスマホの前で、美しく舞い踊りながら拝んでいた。
織田一馬には、意味が分からなかった。
ダンジョンの存在が公表され、国連加盟政府がその存在を認定して、およそ10年。
法整備などがようやく終わりを見せ、去年暮れにやっと未成年でも、ダンジョンに挑めるようになった新学期。
高校入学前である織田一馬は、ダンジョン配信クラン「ブルーフェザー」に選抜され、ドローン配信を中心にダンジョンに挑んだ。
「ダンジョン配信」は数ある配信活動の中で、注目を浴びている新ジャンルだ。
生死をかけた闘争、悪辣な罠、それらに関する配信への批判。
政府が認めた非合法地帯は、大勢の退屈を大いに救う結果となった。
何より「本物の迷宮に挑む者」を題材にした、ファンアート。ゲーム。アニメなどはここ数年で、溢れかえるほどの大人気創作ジャンルとなっている。
虚実入り混じったそれらは、まさしく今のダンジョン事情を裏付ける。はじまりの時代、
ご多分に漏れず、一馬はアニメやゲームが大好きで、苦労して配信技術を中学時代に身に着け、憧れのゲームキャラのように、ダンジョンに挑んだ。
そして、モンスターの奇襲による仲間の死亡、分断された事により撤退戦後、気がついたらベッドの上で目を覚ましていた。
踊り終わったエルフの少女から、反応は無かった。一馬を意識できないほど集中している。
まるで神事に挑むような神妙な面持ちで、彼女はスマホを、恐る恐る指先でタップしようとしていた。
「あ、あの〜……?」
「わっ!? ひゃ、あぁああああ!!?」
驚いた衝撃で宙を舞うスマホ、放物線を描いて一馬に迫り、思わず両手で受け止める。
同時に、聞き覚えのあるすぎる、金貨が落下するような電子音。
「あ、あぁああ〜!?」
「うわっ、押しちゃったぁ! え、虹回転じゃん!?」
虹回転。およそほとんどのソーシャルゲームに置いて、最高位キャラクター確定排出の証。
すべてのプレイヤーが夢に見る。たった1%に満たない、希望と絶望の始まりである。
「くっ……こうなったら! でも流石に、でもでもでもぉぉお……!!」
エルフの少女は懐から短い杖を取り出して、スマホに向けようとして地団駄した。
そうこうしている内に虹回転演出が終わり、
「マッパー……!」
「マッパーだぁああ!!」
花が咲き乱れるような、期待に満ちた喜色満面の声が、部屋中に鳴り響く。
マッパー。『導く者』ダンジョン探索において、複雑怪奇な構造を調べ上げ、地図を製作・管理する役職。
ヒーラーが兼任することもあるが、本職の地図は
気が遠くなり、固唾を飲む音が、響く。
彼女が手に入れようとしていたキャラクターと、まったく同じクラス。
ここからお目当てのキャラクターを引ける確率は、なんと100%ではない。
他のキャラクターが排出されてしまう可能性も、存在するのだ。
ゆえに一瞬が永遠に感じる。天国と地獄がせめぎ合う、最高到達点っ……!!
「おぉお……!!」
「キャァアアアアアア!! シャオラァアアアアアアア!!」
歓喜、絶叫のあと、花も恥じらわぬ、欲塗れの大咆哮が響いた。
レアリティ★3。クラス、マッパー。
「おめでとう!!」
「ありがと! ありがとうぅぅ!! これで今月、樹の実だけで過ごさなくていいよぉぉ……!」
目に涙すら滲ませて、彼女は手を取り合って、名も知らぬ一馬と難行を称えあった。
「あ、……ええと。本当は色々と、お話し、しなきゃなんだけどぉぉ……」
ソワソワふわふわ。落ち着きなく彼女はスマホを、先程からフニャフニャした顔つきで、チラチラ盗み見ている。
わかりやすい。気持ちは痛いほど理解できた。
「良いよ、気にしないで。でもTDD、好き?」
「うん! だーいすきっ!! えへへ……」
Tower & DiceDungeon。通称
全国のプレイヤーに1000万ダウンロードされている。ダンジョン探索型スマホゲームである。
塔の最上階に転移させられた主人公が、ハーピィ種族のヒロインと、しゃべる一匹の犬と共に、塔の最下層へと脱出を図る内容のゲーム。
塔の各階層には時代や背景が史実とは異なる、過去や未来の「もしも」の世界が広がっている。
その階層世界から、たった1つの階段を探し出し、降りなければならない。
そのシンプルでありながら、奥深い操作性。
スリル満点な生死観と、レベルダウン。キャラロストまでありうる。シビアでとてつもない文章量のストーリー。
リアリティ重視の迷宮構造と相まって、最初期の成人ダンジョン配信者たちさえ唸らせた、
つまり、あらゆる
決して取り戻せない人と物、時代の選択をテーマに、プレイヤーはあらゆる判定を行う、ダイス1つをタップする。
ご多分に漏れず、ガチャと呼ばれる有料金貨を購入して、歴史上、あるいは創作、想像上のモチーフキャラクターを手に入れる事ができる。
手塩に掛けて手に入れ、レベルアップさせたキャラクターに、愛着を持つプレイヤーは多い。
プレイヤーの一部はそれを、アイドルの推し活のように行う訳だ。
この二人も、そのようなプレイヤーだった。
彼女はご満悦でスマホを操作し、天使羽を思わせる武器素材を代価に、フェルドウスィーを最大までレベルアップさせた。
何度かタップして、フェルドウスィーの初期セリフを確認し終える。
たった今熱狂から覚めたように、ハッとしてスマホを恥ずかしそうにしまうと、彼女はハンカチに包まれた品を差し出した。
「あ、あのね、これ……!」
「あ、持っててくれたんだ。ありがとう」
「大事そうな物、だったから……」
受け取って、ハンカチに包まれた品を確認する。
白い羽毛のあしらわれた羽根筆。少し粗雑な作りだが、どこにも販売されて無さそうな品である。
「羽根ペン、……お守り?」
「うん。手作り。ちゃんとゲームと同じように、書けるヤツだよ」
一馬はフリフリと指先で宙を書くふりをして、彼女に見せた。
目で白い羽根を追っていた彼女は、花が咲くように、顔をほころばせた。
「そうなんだ……ふふっ、アーリアはアーリアって言うの。あなたの、お名前は?」
「え、……、一馬、織田一馬だよ?」
「カズマさん。……うん。これからよろしくね。羽根筆の
この日から、羽根筆を舞わせる。迷宮に挑む冒険譚が、始まった。
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