第1話 ガチャと宝物、冒険のはじまり(1/1)

 ダンジョンで、人が死んだ。


 絶望的な生存だった。偶然居合わせた僕たちは、間に合わなかった。


 帰ってきて、彼女は襖の向こうで引きこもってる。顔は見えない。僕は入っては行けないと、彼女に言われてる。


 ふすまからは求めるように、彼女の白い手が伸びてる。


 言い付けを破って、開けようか。止めようか。


 開ければ全部、さらけ出す。僕も、彼女も、自分らしく無くなるかも。


 きっと、もう一度僕が奪って、晒して、犯して、後戻りできない男と女になる。


 あめが降ってる、あめが降る、あめが止まない。


 彼女の手を取る。


「んっ……カズマくん……!?」


 か細く高いソプラノの震えてる声、期待しているような。怯えているような。


 ──────── 冗談じゃ、ない。


 彼女の手を握る。力いっぱい握る。少しでも力を、彼女に伝える為に。


 宝箱ふすまを、僕は開けない。




「(どうか、聞き届けて欲しい、この後悔も、憧れも、好意も、……欲望だって)」


「(どうか、欠片でも、届いてくれるな)」




 今彼女に届くのは、勇気だけで良い。それだけで、いい。


 あめが降る、あめが降る、あめに打たれ続ける。


 彼女と居る限り、止まないあめに打たれ続ける。


 だから、戦うと決めた。彼女と共にあめに打たれ続けると決めた。


 そういえば、彼女と出会ったのも。


 以前、ダンジョンで殺されかけて、人が死んだ時だった。



◇◇◇



 目を覚まして布団から上半身を起こすと、エルフにコスプレした女の子が、椅子の上に置いたスマホの前で、美しく舞い踊りながら拝んでいた。


 織田一馬には、意味が分からなかった。

 

 ダンジョンの存在が公表され、国連加盟政府がその存在を認定して、およそ10年。


 法整備などがようやく終わりを見せ、去年暮れにやっと未成年でも、ダンジョンに挑めるようになった新学期。


 高校入学前である織田一馬は、ダンジョン配信クラン「ブルーフェザー」に選抜され、ドローン配信を中心にダンジョンに挑んだ。


 「現実でのダンジョン配信」は数ある配信活動の中で、注目を浴びている新ジャンルだ。


 生死をかけた闘争、悪辣な罠、それらに関する配信への批判。


 政府が認めた非合法地帯は、大勢の退屈を大いに救う結果となった。


 何より「本物のダンジョンに挑む者」を題材にした、ファンアート。ゲーム。アニメなどはここ数年で、溢れかえるほどの大人気創作ジャンルとなっている。


 虚実入り混じったそれらは、まさしく今のダンジョン事情を裏付ける。はじまりの時代、歴史的黎明期れきしてきれいめいきを表していた。


 ご多分に漏れず、一馬はダンジョンをモチーフとしたアニメやゲームが大好きで、苦労して配信技術を中学時代に身に着け、憧れのゲームキャラのように、ダンジョンに挑んだ。


 そして、モンスターの奇襲による仲間の死亡、分断された事により撤退戦後、気がついたらベッドの上で目を覚ましていた。


 踊り終わったエルフの少女から、反応は無かった。一馬を意識できないほど集中している。


 まるで神事に挑むような神妙な面持ちで、彼女はスマホを、恐る恐る指先でタップしようとしていた。


「あ、あの〜……?」


「わっ!? ひゃ、あぁああああ!!?」


 驚いた衝撃で宙を舞うスマホ、放物線を描いて一馬に迫り、思わず両手で受け止める。


 同時に、聞き覚えのあるすぎる、金貨が落下するような電子音。

 

「あ、あぁああ〜!?」


「うわっ、押しちゃったぁ! え、虹回転じゃん!?」


 虹回転。およそほとんどのソーシャルゲームに置いて、最高位キャラクター確定排出の証。


 すべてのプレイヤーが夢に見る。たった1%に満たない、希望と絶望の始まりである。


「くっ……こうなったら! でも流石に、でもでもでもぉぉお……!!」


 エルフの少女は懐から短い杖を取り出して、スマホに向けようとして地団駄した。


 そうこうしている内に虹回転演出が終わり、各探索役職クラスを示した、虹色刺繍にじいろししゅうのタペストリーが表示された。

 

「マッパー……!」


「マッパーだぁああ!!」


 花が咲き乱れるような、期待に満ちた喜色満面の声が、部屋中に鳴り響く。


 マッパー。『導く者』ダンジョン探索において、複雑怪奇な構造を調べ上げ、地図を製作・管理する役職。


 ヒーラーが兼任することもあるが、本職の地図は精度モノが違う。全員の歩幅やダンジョン構造予測。大規模な罠構造予測など、ダンジョン内の安全を担う頭脳である。


 気が遠くなり、固唾を飲む音が、響く。


 彼女が手に入れようとしていたキャラクターと、まったく同じクラス。


 ここからお目当てのキャラクターを引ける確率は、なんと100%ではない。


 他のキャラクターが排出されてしまう可能性も、存在するのだ。


 ゆえに一瞬が永遠に感じる。天国と地獄がせめぎ合う、最高到達点っ……!!


「おぉお……!!」 


「キャァアアアアアア!! シャオラァアアアアアアア!!」


 歓喜、絶叫のあと、花も恥じらわぬ、欲塗れの大咆哮が響いた。


 レアリティ★3。クラス、マッパー。

 もの言う木フェルドウスィー。『王書』に記されし、かの大英雄が至った聖樹である。


「おめでとう!!」


「ありがと! ありがとうぅぅ!! これで今月、樹の実だけで過ごさなくていいよぉぉ……!」


 覇業はぎょうを成し遂げた。ガチャの魅力に狂わされた2人の胸中は、この時それだけであった。


 目に涙すら滲ませて、彼女は手を取り合って、名も知らぬ一馬と難行を称えあった。


「あ、……ええと。本当は色々と、お話し、しなきゃなんだけどぉぉ……」


 ソワソワふわふわ。落ち着きなく彼女はスマホを、先程からフニャフニャした顔つきで、チラチラ盗み見ている。


 わかりやすい。気持ちは痛いほど理解できた。


「良いよ、気にしないで。でもTDD、好き?」


「うん! だーいすきっ!! えへへ……」


 Tower & DiceDungeon。通称TDDテディ


 全国のプレイヤーに1000万ダウンロードされている。現実でのダンジョンを模して製作された。探索型スマホゲームである。


 塔の最上階に転移させられた主人公が、ハーピィ種族のヒロインと、しゃべる一匹の犬と共に、塔の最下層へと脱出を図る内容のゲーム。


 塔の各階層には時代や背景が史実とは異なる、過去や未来の「もしも」の世界が広がっている。


 その階層世界から、たった1つの階段を探し出し、降りなければならない。


 そのシンプルでありながら、奥深い操作性。


 スリル満点な生死観と、レベルダウン。キャラロストまでありうる。シビアでとてつもない文章量のストーリー。


 リアリティ重視の迷宮構造と相まって、最初期の成人ダンジョン配信者たちさえ唸らせた、逸話付いつわつきの傑作だった。


 つまり、あらゆる英傑えいけつ、時に怪物、あるいは幻想と共に、鮮烈に各時代の迷宮、魔窟まくつ、天険の地に挑むのだ。


 決して取り戻せない人と物、時代の選択をテーマに、プレイヤーはあらゆる判定を行う、ダイス1つをタップする。


 ご多分に漏れず、ガチャと呼ばれる有料金貨を購入して、歴史上、あるいは創作、想像上のモチーフキャラクターを手に入れる事ができる。


 手塩に掛けて手に入れ、レベルアップさせたキャラクターに、愛着を持つプレイヤーは多い。


 プレイヤーの一部はそれを、アイドルの推し活のように行う訳だ。

 

 この二人も、そのようなプレイヤーだった。


 彼女はご満悦でスマホを操作し、天使羽を思わせる武器素材を代価に、フェルドウスィーを最大までレベルアップさせた。


 何度かタップして、フェルドウスィーの初期セリフを確認し終える。


 たった今熱狂から覚めたように、ハッとしてスマホを恥ずかしそうにしまうと、彼女はハンカチに包まれた品を差し出した。


「あ、あのね、これ……!」


「あ、持っててくれたんだ。ありがとう」


「大事そうな物、だったから……」


 受け取って、ハンカチに包まれた品を確認する。


 白い羽毛のあしらわれた羽根筆。少し粗雑な作りだが、どこにも販売されて無さそうな品である。


「羽根ペン、……お守り?」


「うん。手作り。ちゃんとゲームと同じように、書けるヤツだよ」


 一馬はフリフリと指先で宙を書くふりをして、彼女に見せた。


 目で白い羽根を追っていた彼女は、花が咲くように、顔をほころばせた。


「そうなんだ……ふふっ、アーリアはアーリアって言うの。あなたの、お名前は?」


「え、……、一馬、織田一馬だよ?」


「カズマさん。……うん。これからよろしくね。羽根筆の兄弟おにいさん」


 この日から、羽根筆を舞わせる。ダンジョンに挑む冒険譚が、始まった。



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