女の子しか愛せない君のために、女の子になったのに4軍スタートですか?

葉っぱふみフミ

第1話 告白

「好きです。付き合ってください」


 稲垣健斗は下げた頭をゆっくりとあげながら、目の前に立っている倉田真由の様子を伺った。彼女の眉が微かに寄り、唇をきゅっと噛んでいる。まるで答える言葉を探しているようだった。

 しばし、静かな体育館裏にミンミンとセミの鳴き声だけが響き渡っていた。


 口元が何度か動くが、すぐに閉じてしまい、言いたくないことを無理に引き出しているような印象を受ける。


「ごめん、稲垣君……付き合えないんだ。もちろん、稲垣君のことはいい人だと思うけど、ごめん、ダメなんだ」


 真由とは幼いころから家が近く、小中高と一緒に通った幼馴染で仲も良かった。

 端正な顔立ちで抜けるような美しさを持つ真由は、誰にでも明るく接する性格でどこに行っても中心的な存在だ。


 健斗が初めて「彼女って可愛い」と感じたのは、中学2年の体育祭のときだった。汗をかきながらも一生懸命走る姿に、自然と目が釘付けになりその瞬間、ただの幼馴染から特別な存在として彼女を見るようになった。


 高校受験の際、健斗は本当はもっと上のランクの高校を目指すこともできたが、彼女と同じ高校に通いたいという気持ちが勝った。

 真由と同じ学校で、彼女の近くで過ごすためだけに、志望校を合わせて受験を決めるぐらい彼女のことが好きだった。


 そんな彼女への想いを寄せ続け、3年以上が経過した。夏休み目前の今日、ついに思い切って告白した――が、結果はあっさりと振られてしまった。

 告白の瞬間はまるで夢のようだったが、真由の「ごめんね」という一言で、すべてが現実に引き戻された。


 現実を受け入れられない健斗は食い下がった。


「他に好きな人がいるの?ひょっとして、すでに彼氏いるとか?」

「いや、そういう訳じゃなくて、ごめん、私どうしても男子のこと好きになれないの。私、女の子が好きなの。だから、稲垣君のこと嫌いで断ってるじゃないから……」


 それだけ言うと真由は逃げるようにして、校舎内へと戻っていった。残された健斗はただ呆然とセミの鳴き声を聞くことしかできなかった。


◇ ◇ ◇


 仕事でいつも遅い父の帰りを待つことなく始まる稲垣家の夕食。夏らしく、棒棒鶏にキムチ納豆をかけた冷ややっこと冷たい献立が並んでいる。

 テーブルをはさんで座っている二つ上の姉の和葉が、楽しそうに大学での出来事を話している。いつものことだが、今日は疎ましく感じる。


「レポート今日締め切りって忘れてて、めっちゃ焦ったんだけど、谷川くんって子がレポート写させてくれたの。丸写しってバレないように、レポートを予め2パターン準備してあるってすごくない!」

「ごちそうさま」


 健斗は食べ終わると食器を持ち席を立つと流しまで運ぶと、和葉たちを振り返ることなくリビングを出た。


 自室に戻った健斗は、ベッドにダイブした。

 真由にフラれた。しかも、女の子が好きだなんて。

 

 3年間、ほとんど毎日、真由のことばかり考えてきた。デートコースもいくつもシミュレーションした。だが、そのすべてが今、無意味になってしまった。


「告白なんてしなければよかった……」


涙があふれ、枕が濡れていくが、健斗はそれすら気にする余裕もなかった。


―——トン、トン、トン


 ドアがノックされる音が聞こえたが、誰とも話したくない健斗は枕に顔を沈めたまま無視することにした。


「健斗、入るよ」


 そっとドアが開き、和葉が部屋へと入ってきた。


「お姉ちゃん、なに?」

「可愛い弟が落ち込んでるみたいだから、慰めに来たの。優しいお姉ちゃんでしょ?もしかして、真由ちゃんにフラれた?」


  健斗は顔を枕から持ち上げ、姉を見た。どうしてフラれ相手のことまでわかるんだ?

  不思議がっている健斗に和葉は言葉をつづけた。


「そりゃ、わかるわよ。こんなに落ち込んでるんだから。しかも、前から真由ちゃん、『健斗が私のことジッと見てくるから、ちょっと気持ち悪い』って言ってたし」


 和葉と真由は昔から仲が良く、休みの日には一緒に買い物に行っている。

 真由のことを好きなことを二人にバレていたと知ると、恥ずかしさがこみあげてくる。しかも、キモいとまで言われるなんて、ますます落ち込んでしまう。


「真由ちゃんに『女の子しか好きになれない』って言われたでしょ。別に健斗が悪いんじゃなくて、あの子は男子全般が苦手なの。だから落ち込む必要ないって」


 和葉はポンポンと肩を叩いて励ましてくれる。


「どうして、お姉ちゃん知ってるの?」

「だって、この前の彼女からコクられた。同性愛の趣味はないから断ったけど」

「えっ!?」


 真由が和葉に告白?羨望と嫉妬の混じった視線で姉を見つめた。


「あっ、そうだ。真由ちゃんと付き合いたいなら、良いアイデアがあるよ」

「えっ、なに?」


 「キモい」とまで言われたのに、逆転する方法があるのか?

 今度は期待のまなざしで和葉を見つめる。


「健斗が女の子になればいいのよ。顔立ちは私に似てるし、女装すれば真由ちゃんも好きになってくれるかもしれないよ」


「女装して学校に通うってこと……?」


「言いたくなかったけど、健斗は運動苦手だし、体もヒョロいし、喋り方もオドオドしてるし男としての魅力はゼロだもん。いっそ女の子になれば、真由ちゃんと付き合えるかも。もしかしたら、彼氏だってできるかもよ」


 遠慮のない身内の辛らつな言葉は失恋の傷口をさらに広げ、やるせなさが募った。そんな時、和葉の提案が耳に入ってきた。女の子になるなんて、ありえない話だ。

 でも、今の自分には、他に何もできなかった。


 真由と付き合いたいという一心で

「わかった。僕、女の子になって、真由の彼女になる」

 と、和葉の提案を受け入れる決意を固めた。

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