龍の棲み家 ~RSW or ROD ~

藤 慶

第1話 序章



出来ることなら、一生、この夢から目覚める事がない事を願った。






でも、それを  叶える事は 出来なかったんだ。





だって、もしも、夢から一生目覚めなければ、身体は朽ちて死んでしまうから。



私は、選べなかったんだよね。



きっと。














私はその日、龍の頭が眠る場所を見つけた。



そして、選ばれたんだ。



この場所の主人に。








目覚めなければ、良かったのに。





私は、「人」か「神」になる選択で、「人」を選択してしまい、その夢から目覚めてしまった。




だから、私は今も「人」のまま。



この世の何処かで生きている。


かつて、神への階【きざはし】の先までたどり着くまでの私の記憶を、りゅうの心に置き去りにして。




あの時、神を選択していれば、ずっと覚めない悠久の夢を私は見ることが出来たのに。








ああ、今日も



いつまでも、何処までも、墜ちていく。




早く、終わってしまえ。







苦しい。




重たい。



怖い。



気持ち悪い。



私が眠る部屋の外から、彷徨いながら、確実に少しずつ近付く。



ベランダから、室内に侵入し、私の上に覆い被さり、私の身体を這いずりまわる。


それは、人ではなく、動物でもなく、虫でもない。


ただ分かるのは、それが黒い塊であること。







おかえりなさい、ご主人様。




おかえりなさい、ゴシュジンサマ…。




おかえ…リナサイ、ゴ…ゴ…ゴッ…ゴッ。





「お帰りなさい、ご主人様」



「どうぞ、私の手をお取りください」



「いいえ、我らのマスター。 どうぞ、わたくしめのお手を」 



「何を言うか、どうぞ、我の手をお取りください」





口々にそう沢山のヒトノコエが聞こえた。




微かな声で聞き取るのがやっとだった。


でも、最後に聞こえたものは。


声色の違う二人の声は、はっきりと耳に伝わった。





「黙れ、クズ共。 俺の邪魔をするな」 


「来るな逃げろ。 今すぐにっ」




誰かが、私を呼んでいる。


誰かが私を追い返そうとしている。










一時、聞こえた呼び声に反応せず、息を殺して気配を消し続ける。



何も出来ない私は、ここで何もしない事にしていた。




だって、ここは夢の中だ。




また夢を、いつもの夢を見ているだけなのだ。





きっと。







眼前に広がる暗闇。



なのに、ずっと落ちていくこの感覚。



空気抵抗はないのに。



胸をギュッとさせられる、この墜落感覚。





さっきまで聞こえていた声は、普段は聞かないものだったが、今度は、いつも聞き慣れた声が聞こえだした。





また、黒い塊が私を探して居るのだろう。


毎夜、私に付きまとう、嫌なモノ。



ストーカー。



そう、ストーカーだ、夢の中の。



現実であれば、警察に相談できるのに。




「ニガサナイ…」


「ニガサナイ…」


「ニガサナイ…」


「コヨイ、コンヤモ、コレカラモ…イツショウ…」


「ニガサナイ」


「ワタサナイ…コレカラモ、ズットワレラハ、ホシイ。…オマエガッ」




最初は遠くから聞こえて来た声が、段々と近くに聞こえて来た。



私は、暗闇の中、墜落していく途中であり



それは、いつもよく見る夢で。



いつも、夢の終わりまで果てなく落ち続けて行く。



このままいつまでも落ちていくのは怖い。



だとしても。



先の聞き慣れない声たちがいつもと違い、救いの手をさしのべるように声をかけてくれるのは普通は嬉しいものかもしれない。





だが、顔も見えない得たいの知れないものに、おいそれと手を伸ばすなんて、それも、充分に。





怖いよ\((( ;゚Д゚))) モウイヤダヨ ガクガクブルブル






不意に、墜落間が空に浮かぶような浮遊感に変わったと思った瞬間



すぐそばで声が聞こえた。








「捕えた。……なぜ、返事をしない」






暗闇の中で足には地面に立つ感覚があった。




そして、今は暗闇ではなく白く明るい場所にいた。



何処だ。  (゜Д゜≡゜Д゜)?



私は今、どこかに立っているのだろう。



声のする方に目を凝らすと、すぐ目の前に、とびきりきれいな顔立ちをした男がたっていた。




年の頃は、二十歳前後。



身長は高く、ウエーブのかかったウルフカット。



なんだか首筋から肩にかけての筋肉が艶かしくて、女のようなのに胸板から腹にかけての筋肉は、精悍でアンバランスだな、というか。




何で、全裸?!




ゆっくりと下に視線を下ろしたが、私は直後、その行いを猛省した。




「きゃぁっ」



成人男性の下半身を直視してしまった。





思わず、その男に背を負けた。



「だ、誰か助けてっ」



悲鳴を上げる私に、男は眉根をしかめて、睨みながら距離を間近に詰めて、私を捕まえた。



「俺が見えないのか?」



寧ろ、お前が見えているから、泣き叫んでいるのだが。


世間一般的な常識として、人助けは服を着ていてこそ、通用する行為だと思うよ。


どんなにイケメンでも、頼りになる警官でも、物語に出てくるヒーローであろうと、それらは漏れなく服を着ていてこそ、成立するものだと私は力説したい。


裸の王様って知っているか?


国家権力で、国民に自らの全裸を押し付けてみたが。


最後は、結局、無垢な子どもに笑われて服を着たんだぜ?


全裸は無理。





「俺の名前を言ってみろ」





何だよ、その某少年誌の世紀末覇者漫画の悪役みたいな変なセリフ。



この世を暴力と恐怖で支配しようとでも言う、世紀末覇者ですかっ?



だったら、笑えない災難だ。




でも、この人。



多分。



何処かで会ったことあるきがするのだか…。




 


「黙るなら、お前の首をへし折って。 改めて、お前をこっちに引きずり込んで、ずっと飼い殺してやるからな。  さぁ、答えろ」



それは、勘弁して欲しい。


恐れと首の骨なんて折って貰われちゃ、死んじゃうよ。




名前?




名前。




呼び名…。




呼び名。




それ





それは。





「りゅう」







すると、男は満足そうに微笑んできた。




「力を殆ど失くしていて尚、記憶があるとは、見事なものだ。 変態的に、魑魅魍魎につきまとわられる訳だ。苦労しただろ? だから、俺は反対したのに。 まぁ、盟約は果たされた。  時は来た。   お前を迎えに来た。 お前を離さない」



「えっ」




何の事だ。


身に覚えもなければ、嬉しくもない。


そして、何より、迷惑だ。




戸惑う私をおいてけぼりに、りゅうと言う全裸の変態は私を抱き締めた。



「や、やだ、離せ、変態っ」  



全裸の男の肌が触れた部分に熱のない、でも弾力のある皮膚の感触。



「盟約により、お前を手離した。だが、それを果たして再び会えたんだ。我慢しろ、小娘」



いや、あんたこそ、男性からの全裸のハグを嫌がる私の拒絶に、まず、聞く耳を持て。




それにしても、だ。



えらい、感覚も視覚もはっきりしているが、念のためだ。




私は状況把握を試みるべく、力一杯目を閉じた。




人は千差万別の夢を見る。


視界がカラーの人もいれば、モノトーンの人。


夢の中では感覚がない人もいれば、感覚も痛覚も味覚もある人も居ると言う。



因みに私の場合は、視覚はカラーだし、感覚・痛覚・味覚もあって。



夢と現実を、見分けるのに、ド定番の頬をつねるが通用しない。


よって、私の夢の選別方法は、先の目を閉じるという方法に至る。



判断基準は   目を閉じても視界が消えない。


というのが夢を 夢であるか確かめる確認方法に至るのだが。



閉じた視界の先に光景が


消えなかった。



夢だ、これは…。



だって。


目を閉じた後の光景で目の前のりょうと言う男の姿(全裸)は鮮明だったから。



「取り敢えず、手始めに失った力をやろう」


「えっ」


「腹が減って、奈落に落ち続けているのが楽しいのか? 新しい戯れだな」


「奈落?」


「そうだ。 力が無いから、落ちていくばかりだろう? 力を宿しても抗う知識も術も忘れて、何も出来ず奪われる度、奈落に落ちていくのは、お前の趣味か、新しいお前の癖か?  まさか、それが心地よいのか?」



何かよく判らないけど、凄く誤解されて、更にドン引きされているのは確かなんだろう。



「いつも、落ちているのって、何か化物にぼこぼこにされて落とされている事のことですか?」


「そうだ。むやみに自分を嗜虐されたい趣味があるのか?」


「ないよ」



「なら、決まりだ。」


りゅうは、私に顔を寄せて、私の頬に手の平を押し当て、唇を重ねた。


冷たい、でも柔らかい感触。


重ねられた唇から濡れた舌の感触が咥内に侵入して来ると、打って変わって、頬に触れたた手の平も、唇も、舌の感触も、自分の体温よりも熱く感じられた。



「んっ、ぁっ、やっだ」


拒絶反応で、歯を噛み締めると、りゅうは手の平に力を入れて、私の顎を捻って力ずくでこじ開けて舌を絡めた。



「やめて」


「……」


「いや」


「……」


拒絶を叫ぶ私を完全無視した。



不意に肩に触れたと思えば、爪を立てて私の肉を削いだ。


どんだけ、鋭い爪だ。


熊か、猛禽か。



「痛いっ、痛いって。えっ、ちょっ、やだ、やめて、やだって」



外なのか、室内かも分からない場所で。



りゅうは私をその場に押し倒して馬乗りになり


私はそこで、そのままりゅうに犯された。





必死になって抵抗したが、駄目だった。




「痛いッ…ゃ…やだっ」



いつの間にか、私は服を着てなくて。



胸も、腹も、下半身にも、りょうは歯や爪を突き立てて私の皮膚を裂きながら、下腹部に自分の性器を押し開けて、奥まで突き立てた。




「や、や、や、やめて」


「断る。初めてじゃないだろ。  何度も、されただろ?」



やっと、私の言葉に答えた。


と思えば、何をのたまう。


はあ?



下半身に不自然な痛みとお腹まで突き上げてくる圧迫感に襲われ、私は顔を歪めた。



「違う、私……」



こんな事。


こんな酷いこと。


嫌なこと。


気持ち悪い事、誰かに今までされたこと何て無い。


もしそう心の中から、そう言い切れたなら、途中で私は、言えたはずだった。


でも、そうではなかった。



心当たりがあった。





何度も・・・。


確かに。


こんなの・・・、初めてじゃない。


夢の中で黒い塊にまとわられて、苦しくて、痛くて、気持ち悪かったが、そうか、あれは、あれにも、そうされていたのなら。



犯されていた のだと言うことなら。



でも、だとしても、今みたいに。




「こんなにはっきり、してない」


「そうか、分からないまま好きにされてたのか。だが、これからはやらせるな。疲れるだろう?  それに良い気分ではない」



知らない方が幸せな事もある。   


衝撃の出来事と事実に、放心状態で。


私の身体にやりたい放題のりゅうにされるがまま、何度も私は悲鳴を上げた。


時折、りゅうの体の熱が自分の中に入って来ると、体が震えて、何とも言えない感覚が駆け巡った。







長い時間弄ばれて。





私の傍らに寝そべったりゅうから逃げる様に、りゅうから離れようとした。


身体中血だらけだった。


錆びた鉄の匂いと灼ける様な身体の痛み。


頬、首、肩、腹、太もも、手首、足首から流れていく血液から、下半身から長い時間弄ばれて身体の中に吐き出された汚いものがこぼれ出ている様な変な感覚がする。


何度も何度も、こいつ、私の中で汚いものを吐き出しやがった。



「何で、来た」


りゅうから逃げ出そうと、遠くを目指して這いつくばったその先に、人がいた。


声をかけて来た。



青白い顔をした、見目美しい、金髪碧眼の男の子が恨めしそうにこちらを見ている。



「来るな…」





今にも死にそうだ、と私は思った。


「帰れ……かえれ…よ」



男の子は、すぐそばにいる私に手を伸ばして。



そして、私の肩を突いた。


冷たい感触だった。


まるで死人のような、又は、生命のないもの、白磁の陶器に触れている様な。



「だれ…」



思わず、尋ねたが。


記憶はあった。


いつもりゅうと一緒にいた男の子だ。


りゅうは意地悪だけど、この男の子は、いつも私に優しく接してくれた。


嫌いじゃない。


寧ろ、好きだった。



「逃げろ。 戻ってくるな」


ワタシにとって、男の子は、言うなれば、子供向けアニメに出てくる 背中のマントで空を飛べる食べ物のヒーロー みたいな存在だった。



私が居ないと、お腹が空いてる力が出なくなる。


それが彼の特徴だった。


時々、りゅうが私のところに来て、りょうに力を分けさせていた。


でも、それも、私がそれを忘れてからは、ずっとしてない。




「お腹空いてるの?」


「空いてないよ。戻ってくるな、行け」



今にも死にそうな声だった。



「りょう、死なないで」




私は自分の血に塗れた手を彼の口許に差し出した。


「名前、覚えていたのか。  忘れて、良かったのに。  バカな。 なぁ、もう良い…んだ。 これで良いんだ。 コレデヨカッタ……苦しみで贖う延命に飽きた。 オレハ……オマエトアソブ以外に何の対価も与えられない」



そう言うと、彼は両目から涙を零して目を閉じた。


私はなぜかそんな彼にため息が出た。


そして、何だか目の前の彼の態度に、芽生えた正直な感想を思うまま述べた。



「遊んでくれる…だけで満足だった。 私は、それで良いんだよ。   我慢は無しだよ」



遊んでくれるのは、嬉しかったから。



私の言葉に、彼は目を閉じたま笑った。


それが、私には、私に笑いかけてくれたように感じて、私は胸が熱くなった。


私は彼に血の滴る手首を押し当てた。



すると、彼は唇を僅かに開いて私の傷口に口付けて、ゆっくり、少しずつ私から流れるちをすすった。




そんな夢をみた朝、私の新しい人生が始まった。






私、処女だったのに。


否、何度もされて居たと言っていたのが本当なら、正確には、処女ダトオモッテイタのに、が正しい。




夢で陵辱されて、相当な精神ダメージを負って、入学したばかりの学校を休んだ私は、今なぜか、両親からベッドから叩き起こされて、何故か制服に着替えさせられて、リビングに座らされた。



最初、正装をしなさいと言われて、4年前に小学校の卒業式用に買ってもらった一張羅を来て部屋を出たところで、両親は私に久しく服を買い与えて居なかった事を思い出したかのように、いちように口許を抑えて俯き、ぼそっとした声で「制服……を着ようか」と言った。




リビングのソファーの上座に父と私が並んで座り、しばらく待つと「失礼します」とことわりを入れながらスーツを来た大きな男の人が入ってきた。


背の高さよりも大振りなその体格に圧倒された。


熊みたい。


黒々したクリクリンの髪の毛を前髪だけオーバッグにして、ハの字を逆さまにした様な眉に、切れ長の目の中がどす黒のに、なぜか光って見えて怖かった。



「貴方は、私の娘に面識があるのですか」




父がそう話しの口火を切ると、男は少し口許をほころばせた。



「えぇ。すこしですが、髪の事件の時の第一発見者ですよ」



カミノジケン



髪の事件。



私が誘拐されて、髪を切られて、見つかった事のことなら、あの時、見つけてくれた人なの?!



この人が。



「なぜ。迎えに来たのですか?」


「簡単です。     此処に居ても、命がないなら、いっそコチラで、死ねば良い。 そう皆の意見が揃ったからです」



男の淀みない言い方に、父は肩を震わせて感情的な声を上げた。




「揃った? りゅう以外の全員の賛成で、この子はあの土地を出たのに、なぜ今になって…」



男は以前落ち着いた口振りで父の問に答える。



「そもそも、だ。   りゅうだけは、あの子を手放すつもりはなかった。   だから、待っていた」


「何をですかっ?」



「死んだほうがマシだと、どんなに恐ろしかろうと、苦しからろうと、死ぬよりましな状況になるなら、俺の勝ちだ。  俺はあのとき、他の奴らと賭けをして、みんなそれに乗っかった。 盟約とした。もし、その時は迎えに行くのに助力すると。だから、3年前、あんたが唯一居所を告げてあの場所を去ったのに、俺は此処に今在る」


何か、この人、急に感じが変わった。


羊だと思った動物が獰猛な獣に変わって見えた。


「柚木崎から、此処を教えられたと?」


「正しくは、息子の亮一から、だが?」









「いつ、娘を連れて帰るつもりですか?」


「明日の朝」



何か、私。


この熊みたいな男の人に、連れて行かれる方向なのか。


氷室と名乗る男と淡々と話を進めていく両親は、時折、俯いたり、私の顔を切なげに見てきたり忙しそうだ。


何か葛藤があるみたいだが、娘の立場から言わせて貰えば、生まれもっての低血圧で、学校休みがち、物事に消極的で、お世辞にも自慢できるところの無い不甲斐ない娘だとしても、いきなり娘を手離すのは踏み留まって欲しかった。



「なぜ、明日なのか。 ……理由を聞いても宜しいでしょうか?」


「このまま、連れて帰ったら、この土地でりりあを食糧に肥え太った奴らが、手当たり次第、やるだろう」


「りゅうのあなたが人助けですか?」


「人間の言葉に立つ鳥跡を濁さず と言う言葉がある。 それにならって、今夜、すべて滅ぼして行く。 本当はこのまま、連れ帰っても良いんだが、情緒が安定しないのは、カラダに障る。 被害が出て、それを耳にすれば気に病むだろう? 呪われと分魂だけでも、力がないのだから」 


「今、私たちが話しているのは、りゅうですか? それとも、龍一さんですか」




変なことを聞くものだ。

   

さっきから、ずっと、私たちの目の前に居るのは


氷室と名乗る熊みたいな大男じゃないか?



「りゅうだ」


「本当に、私はりゅうと話して居るんですね。本当に、あなたはりゅうなんですね」


「そうだ。証拠か証明が欲しいか? 多少なら具現しても良いが、森が少し枯れるかもしれないが」


「いえ、証拠も証明も結構です。 1週間、目を覚まさなくなった娘が目覚めたのが、まさにそれなんですから。 ただ、最初お逢いした時は最初は人だと思った。  だが、やはり、人ではないとも思えた。だから、尋ねました」



父の言葉に、男は人じゃない様な雰囲気を醸し出しながら、不気味な笑顔を向けた。



「最初は人だったさ。 話したいときだけ、話した。 交互に話していた」



この人。


つまり、多重人格を患った中二病チックな人なのだろうか?


りゅうって、何だ。


昨日の夢に出てきた、りゅうとは、声もかたちも似つかわしくない。


でも、時折見せる不気味に感じる印象の時だけ、その時のそれに、似てなくもない。



でも、出来れば、そして、願わくは現実に実在しないで欲しい。



だって、私はそれに、夢の中でとはいえ、その男に凌辱されたのだから。





「りりあ。 今まで済まなかった。 もう、お前と一緒に暮らすことは出来ない。明日、氷室さんと街に戻るんだ」


「街って?」


「お前が生まれ育った街に、だ。 そこで、永久に暮らさないと、誰もお前を護ってやれないんだ。 私では、お前を隠しきれなかった」



護るって、何で、何から護るって言うんだ。



「えっ、本当に私、明日、あの氷室さんって人に連れて行かれるの?」


「あぁ、向こうでは、お前の棲み家と生活と財産の保証をすると、ちゃんと決まっている。不自由なく暮らせるし、ここに居るよりずっと安全だから」


「父さん、えっ、そもそも、ここで私が何の危険に晒されるって言うの?」


前の土地では、誘拐されて髪を切られたが、ここでは何のトラブルもなかった筈だ。


ちょっと体調が悪くて、時々、貧血で起きられなかったり、倒れたりするくらいだったのに。


平和…だった筈だ。


時折、夢の中で黒い塊に付きまとわれるストーカー被害には悩まされてはいたが、両親や友だちにも、打ち明けたことない。



だから。



「ここに、残れば、また、やがて、眠り続けるようになる。 分魂した性でお前は戦えない。 それでも、戦わず普通に生きて行けるなら、そうさせたかった。だが、お前は何もないはずのここで、それが出来ず、死にかけた。私達は、りゅうとそれ以外の方々と盟約をして、賭けをした。そして、それに負けたんだ。俺は、お前に生きて欲しい」



そんな、明日、氷室さんと一緒に行かなきゃ死ぬみたいな、漠然とした話をされても納得いかないよ。


父さん、歯牙ないこの潰れかけの神社の跡取りで、ここを継ぐために、前いた所にあった大型の神社での雇われ神職を辞めて帰ってきたんじゃないのか?




「龍の棲み家で、此れからお前は護って貰える」


「龍の棲み家? どこそこ」


「行けば分かる。私達は行けない。入れないんだ。 そして、近くに居れば、お前の弱味になる。 時々なら会えるだろうが、あまり、特に今は。  そうだな、せめて分魂を取り戻すまでは、電話も出来ないだろう。これからは、それまで、どうしても、私達と話したいときは、氷室さんの許可を得た上で、だ」


「……お父さん、私の事、嫌いになっちゃったの? 私ってそんなに」


「そんな訳ないだろっ。せめて、お前が高校を卒業するまでは、…一緒にくらしたかった。 護りたかった」









お父さんを泣かせてしまった。


傍らでずっと黙って、息を殺すように静かに聞いていた母も、だ。


もう、あとは黙って話を聞くしか出来ず、明日の出発に向けての荷造りをするよう促されて、部屋に戻って、荷造りをした。


その夜は、これでもかっ!ってくらい、私の好物と豪勢なご馳走が夕食に並んで、4年あまりをすごしたこの地で仲良くなった友だちがお別れを言いに訪ねてくれて、母が柄にもなくみんなに紅茶とケーキを振る舞って、楽しい一時を過ごすことが出来た。


夜、すべての準備を終えて寝床に付くと、ベッドの傍らに昨夜血を分けたりょうが光輝きながら現れた。



「りょう、だよね?」


「そうだ。迎にきたよ」


「迎え?」


「りゅうから、聞いてるだろう? 今夜、お前を苛めてきた悪いやつら、全部滅ぼしに行くって」



そう言えば、そんなことも言ってた。


でも、だ。


「えっ、私も行くの?」


「安心して、僕が護るし、今の君は、強いから」




りょうは私の手を引いた。


ベッドから私をおろして、窓から、窓を開けずにガラスの部分をすり抜けた。



私も彼に手を引かれながら窓枠の中をすり抜けたが、ガラスに面した時。


固いものが押し当たる感触だけで、窓は割れないまま向こう側に抜けた。



私の部屋の窓の外は短く屋根があって、その先がないが、ずいずいと進むりょうに続いて私は、その場に浮いていた。



「ゴハン」


「ゴハン」


「ハラガヘッタ」


「アノコ、ドコダ……トイウカ…ダレダオマエラ」



今まで、私を夢の中でストーカーしてた黒いか溜まりの声は、自転車ほどの大きさの蜥蜴や蜘蛛やねずみ、黒猫、きつねのカタチをしていた。



「ねえ。君は、何に見えてる?」


「えっ?」


「俺たちの回りにいる煩い奴ら、だよ。何に見える?」


「虫や動物」


私がそう言うと、りゅうはうっすら笑って手を私が言ったそれらに掲げていった。


「滅べ」


虫や動物たちは、次の瞬間、突然地面に叩きつけられ、黒い液体に変わって消えた。


「えっ、すごい」


「君の力とイーブン(均等)だよ、今の」



私の力、そんなのないよ。



「私、力ないよ」


「あるよ、攻撃できないだけで、かなり強いよ。僕が補うから、続けよう」






その日は、朝までりょうと一緒に害虫? 害獣?のようなものを駆除してまわり、りゅうとは会わず仕舞いに朝になった。



「結局、来なかったか」


「えっ」


「りゅうのこと。あいつ、怒らせたからな」


「えっ、誰を?」


「器にしている宿主をだ。 ここの駆除をみずからやりたがっていたのに、宿主を怒らせて、自由にならないんだろう」


「そうなんだ」


「とは言え、駆除は必要だし、君に、君を苛(さいな)んできた奴らに復讐させたかったから、頼まれたんだ。その宿主に」


「宿主?」


「そうだ。まだ、君はそれを知らなくて良い。 あした、僕も君を迎に行くから、怖がらなくて良いよ」




優しく私にりょうは笑いかけてくれるけど。


そもそも、だ。


何を怖がるな、と言うのか。




自分がこれから、どんな生活を始めるのか。


それ以前に自分が今までどんな状態で、何にどうされてきたのかも分からないのに。




「龍の棲み家でなら、浮き世も常世も、君の為にある。 そこはね。  君の為の、君の世界だから」


「私の為の、私の世界?」


「そうだよ。 君以上は今生はあり得ない」


「今生?」


「そう。 君の寿命の限り、君が最強で、最上位。 りゅうだって、敵わないんだから」


えっ、私があのりゅうより、強いって、こと?



「そうだよ」






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