04.夢かと思ったけど夢じゃなかった


 悪魔召喚をした翌日の朝。

 アイリーンは、小鳥の鳴く声で目を覚ました。



(もう朝……)



 立ち上がってカーテンを開けると、美しい庭園が朝日を浴びて輝いているのが見える。


 彼女はそれらをながめながら、大きなため息をついた。



(わたくし、どうなってしまうのかしら)





前日の深夜。

アイリーンは、悪魔にお姫様だっこされて、窓から自分の部屋に入った。


訳が分からず目を白黒させる彼女に、悪魔が微笑んだ。



「今日はもう遅いから、寝るといい」



 そして、戸惑うアイリーンのローブと靴を優しく脱がせると、ベッドに横たわらせて、上から毛布をかけた。



「おやすみ、アイリーン」

「お、おやすみなさいませ」



 真っ暗な中、冷たい手が頭を撫でる感触がする。



(な、なんなのかしら、この状況)



 そして、いつの間にか意識を失い、気が付いたら朝だった、という次第だ。







 彼女は、朝の光を浴びながら、改めて周囲を見回した。

 目に入るのは、いつも通りの自分の部屋で、特に昨夜と変わった様子はない。



(……あの悪魔、どこにいったのかしら)



 そんなことを考えながら、ボーっとしていると、ノックの音が聞こえて来た。

 ドアが開いて、若いメイドが2名入ってくる。



「おはようございます、お嬢様」

「……」



 無言でうなずくと、メイドが無表情にアイリーンに近づいてきた。

タライにお湯を注ぐなど、朝の支度の準備を始める。

 

 そして、学園の制服に着替えたアイリーンは、部屋を出て1階の食堂に下りた。


 広い食堂の大テーブルに座ると、湯気の立った野菜と雑穀のスープと水が運ばれてくる。


 いつもと変わらぬ朝に、彼女は思った。

 もしかして、昨日のアレは夢だったのではないだろうか、と。


 地下の隠し部屋で、悪魔召喚の方法が記載された手帳を見つけて以来、アイリーンはそのことばかり考えていた。

 だからきっと、召喚する夢を見てしまったのだろう。



(……そんな気がしてきましたわ)



 いくら正気を失っていたからといって、自分が悪魔召喚なんてするはずがない。

 まあ、心の中がスッキリしているのはちょっと気になるが、夢の中でぶちまけたからだろう。



(きっとそうですわ)



安堵の息を吐くアイリーン。

そして、ホッとした気持ちでスープを口に運んでいると、



コンコンコン



 ノックの音が聞こえてきた。

食堂のドアが開いて、厳しい顔つきの痩せぎすの女性が1人入ってくる。


アイリーンは、女性を見てげんなりした。



(お説教タイムの始まりですわね……)



 この女性は、ナスティ夫人。

アイリーンの教育係兼、屋敷の責任者で、この屋敷の実務を取り仕切っている。


 夫人は、アイリーンを見て、ギュッと顔を顰めた。



「今日はずいぶんとゆっくりしていたようですね」

「……申し訳ございません」



 アイリーンは、スプーンを置いてうつむいた。


 夫人は非常に口うるさく、些細なことまで事細かに注意してくる。

 特に朝は気になることが多いらしく、時間が遅い、食べ方が悪い、姿勢が悪い、など、ありとあらゆることにダメ出ししてくる。


 アイリーンは、内心ため息をついた。

 今日は何十分かかるのかしら、と。


 そんなことを考えるアイリーンを、夫人がギロリと睨む。

 そして、咳払いすると、偉そうに口を開いた。



「お嬢様。分かっているでしょうが、今日も言いたいことがたくさんあります」

「……はい」

「ですが、あいにく私には、そんなことをしている暇はありません」

「……はい?」



 アイリーンは、呆気にとられて夫人を見上げた。

 今、とんでもない言葉が聞こえてきた気がする。



「……あの、暇がないって……?」



 ナスティ夫人がうなずいた。



「実は、私、今日から旅に出ることにしました」

「え? 旅?」



 予想外過ぎる発言に、ポカンとするアイリーンの前で、

夫人は、両手を祈るように組むと、うっとりと空を見た。



「昨晩、思い出してしまったのです。私はずっと旅に行きたいと思っていたのだと。でも、このお屋敷に勤めて以来、暇がなくてなかなか行けませんでした」



 夫人が、アイリーンを見た。



「でも、気が付いてしまったのです。人生は有限、やりたいことはやるべきだと!」



 夫人が、決意を込めるように拳をギュッと握った。



「ですから、私は今日をもってこのお屋敷を辞めさせていただきます!」

「辞める!?」



 アイリーンは目を丸くした。

 まさかの事態に、言葉が出ない。

一体この人はどうしてしまったのだろうか。


そんなアイリーンなど意にも介さず、夫人が廊下の方に声を掛けた。



「あなた、いらっしゃい」



 はい、という落ち着いた声と共に、1人の人物が食堂に入ってくる。



「……っ!!」



 その人物を見て、アイリーンは盛大に咳込んだ。

 黒い髪に黒い瞳、美しく整った顔立ちに、壮絶な色気。

 執事っぽい格好をしているが、それは間違いなく昨晩の悪魔だった。



 夫人は、悪魔を横に立たせると、にこにこしながら言った。



「彼は、私が全幅の信頼を寄せる青年です。今後のこの屋敷の一切は彼に任せます」

「もったいないお言葉です」



 悪魔が優雅に礼をする。


 アイリーンは茫然とした。

 まさかの展開に、声が出ない。


 悪魔はその赤い瞳でアイリーンを見ると、妖艶に微笑んだ。



「はじめまして、アイリーンお嬢様。今後ともよろしくお願い致します」






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