ヒーローの矜持は強さと共に!

@Nier_o

プロローグ

――森にはエルフ。

――――山には獣人。

――――――魔界には魔族。

――――――――天には神々。

――――――――――そして、地には人類。


それらの多種多様な種族が互いにテリトリーを決め、時に共生していた時代で、人類は全ての種族の中でも群を抜いて弱く、脆弱な存在であった。


そんなか弱き人類に、神々は手を差し伸べ助け、導き、支えており、他の種族はそれに一切の口を出さず不可侵を貫いて日々を過ごしていた――はずだった。


数百の時が過ぎようとしたとき

未だ神に甘え、手と手を取り合い、支えてもらっている人類の様子を見兼ねた魔界の長である魔王により、人類への大規模な虐殺が決行されてしまった。


――数多の死者が作り上げる屍の山、赤き雨、血の海……それ程の惨状を作り上げた苛烈な戦いの行く末は、神々と共に戦った人類が魔王を含む魔族を討ち滅ぼした事によって、収束する事となった。


これは、そんな大戦から10日が過ぎた日の事。


終戦した事で、普段よりも一層活気づく王都の真ん中に存在する巨大な城。

その内側――華々しさと高潔さ漂う穢れなき室内にて。

白き髭に白い髪を生やし、厳格な面を持つ背丈の高い男を筆頭に、3人が金色こんじきのロングヘア―を揺らし、淡く光る翠色の瞳を宿した美しい少女の前に立っていた。

そして、その少女の後ろには、二つ並んだ玉座に深々と腰を掛けている国王と王妃の姿が確認できる。


「魔王は――2000年の時を経て再び、この現世うつしよへと現れる」


戯言とも取れる発言を少女に向かって静かに告げる男の名は“ナハルト”

先の大戦にて魔王の心臓に刀身を突き刺し、トドメの一手を振るった“神々のリーダーたる男”である。


そして、その彼が率いている三人ももれなく神であり、いずれもナハルトと共に魔王に立ち向かった大戦の貢献者である。


「…………無礼を承知でお伺いいたしますが、何かの冗談――というわけではないのですよね?」


少女――“ゼスカ・アドバーシティ”は、困惑する様を隠さずに問いかける。

彼の面持ちから見て、嘘偽りは感じられない。

しかし、聞かずにはいられなかった。


「ほんとよ、本当。嘘なんかじゃないわ」


ナハルトの一歩後ろについていた魔性という言葉がよく似あう程に妖艶な容姿を持った褐色の黒いショートヘアーの女性――“メルディナ”が、その上品な声色で肯定する。


「そう、ですか…………」


困惑から、真剣な表情へと変わる。

質の悪い冗談だと言うのなら、まだ笑って済ませられる程の器用さはある。

しかし、それが本当の話で、これから紡がれる“人類史”という未来で確実に起こり得る話だとするのなら――――どうにか“神々が存在している間に”手を打たなければならない。


「そのお話をこの場でしてくださったという事は、わたくしに何か出来る事があるという事ですね?」

「オっ、さっすが国王の娘ちゃん。物分かり良いジャン」


多種多様な宝石を至る所に身に着けたテンションの高い軽い口調をした男――“アハク”が前に出てくると、両手で物凄く丁寧に持っている箱を近づけてくる。

それは、神々が丁重に扱っているには分不相応な、ただの木箱のようなものに見えた。


「これは…………」


どこからどう見ても、ただの木箱。

何か不思議な力が宿っているようにも、商人が思わず目を張ってしまうような価値があるようにも見えない。

そんなものであった。


「オイオイ。コイツを変な顔で見るもんじゃねぇぜ?なんてったって、これからこの何の変哲もないただの木箱は――希望パンドラの箱になんだからよ」


アハクは意気揚々と――しかし、それ以上の重みと含みを持たせて、告げる。

ただならぬ何かがあるのだと理解したゼスカは、息を呑み「失礼しました」と一言謝罪をした。


「――ですが、これからというのはどういった意味なのでしょうか……?」

「この箱は、神々われわれが持つ最も強い意思の力を封じ込める事によって初めて完成するのだ」


野太い声の、服越しでも分かる程に屈強な肉体を持った男――ガリウスが、その一言だけでは到底理解できない言葉を放つ。


「最も強い意思の力……ですか?」

「そうだ。人間も、神々も――その肉体には意思が宿り、想いが生まれ、それが力と成る……。今より、我々はこの箱にそんな意思の強さを封じ込め、文字通り希望を未来へと託すのだ」


そこまで言うと、ナハルトは芯の入った揺るぎの無い瞳でゼスカの瞳を真っ直ぐと見据え、続けざまに口を開く。


「そしてゼスカ殿。貴方が未来へと渡り、我々が閉じ込めた強さ――そのどれかに共鳴し、この箱を開け放つ者を4人見つけ、魔王を打ち倒すのだ」


その言葉を聞いた時。

ゼスカの瞳は、確かに揺らいだ。


それは、その責任の重さ等では断じてない。

もっと根本的な――どうして私が?という純粋な疑問から来るものだった。


「魔族が存在しなくなった今、この世界のバランスは著しく低下した。それにより、世界は人という種族以外の全てを排他する事により、そのバランスを保とうとしている。出来る事ならば我々も共に戦いたいが――魔王が復活した先の未来に、神々は存在しないのだ……!!」


力強くハッキリと、その不甲斐なさを噛み殺しながらナハルトは告げる。


「ゼスカちゃんの気持ちは分かるわ。私も同じ立場だったとするのなら、どうして私がそんな事をしなくちゃならないのって――そう思うもの」


まるで、ゼスカの心を見透かしたかのように。

メルディナが持つその妖艶な唇は、彼女の気持ちを代弁した。


「けどね、貴方じゃなくてはダメなの。純粋で穢れの一つもない清い魂を持ち、階級差等気にせず分け隔てなく接する事の出来る器を持つ貴方のような人間でないと」


そんな彼女の説得に拍車をかけるように、アハクとガリウスが乗る。


「オレもそう思うぜ。逆に、ゼスカちゃん以外にこの大役担わせるってんなら、オレは力なんて込めてやんねー」

「同意だ」


神々から直々にそんな言葉達を贈られ、ゼスカは頬を赤く染めるが――すぐに元に戻し、問いかける。


「お母様とお父様は、このお話を既にご存じなのですか?」

「……あぁ、先程な」 


その問いかけに対し、国王はゆっくりと、鉛のように重い顔を必死に動かし頷いた。


「苦渋の決断を迫ってしまい心苦しかったが……我ら直々に頭を下げ、どうにかこの話をする許可を戴いた」


神々が人間に頭を下げた――その事実は、後世に語られる衝撃の事実となるだろう。

しかし、その事実は同時に、神々の魔王復活への対策、その本気度が伺われるものであり、人類を――未来を救いたいという心の底からの善意を感じるものであった。


「そう…………ですか」


それでも、ゼスカは悩んだ。

彼女の母親である王妃の顔が、戦時中ですら一度も見た事が無い程に辛く、重苦しい表情を浮かべているから。


「私は…………」


――いや、それだけではない。

母親の様子の他にも、2000年という長く遠い未来に単身乗り込むという恐怖が混じっているからである。


「……ゼスカ。私はな、お前がしたいようにすればいいと思っている」


返答を渋っていた最中、一つの言葉が響いてくる。

まるで、ゼスカの体中に絡みつく鎖を解かんとするような――そんな言葉が。


「お父……様」


その声の主を、ゼスカは呼ぶ。


「私達と離れたくないというのなら、それでいい。神々も、その選択を攻めはしないだろう。だが、もし我々の事を考えて、想って行けないというのなら――私は、ただ一言、愛しの娘に心配するなと言葉を贈ろう」

「…………本当の事を口に出すと、私は反対です」


その言葉を皮切りに、王妃も口を開き始める。


「けれど……ゼスカが……私達の娘が、世界を救う鍵になるというのなら――母親として、これ以上無い程に誇らしいわ」


そして、精一杯の微笑みを浮かべた。


「お母……様」


その言葉達を受けて、ゼスカの心には勇気が芽生えてきた。

それは、未来への恐怖なんて遥かに凌駕するほどの代物。


「分かりました。私、必ず成し遂げて見せます!!」


固い強固な意志を宿す瞳をナハルトに向け、堂々と宣言するゼスカ。

その様子に、神々は感嘆といった表情を浮かべた。


「感謝する――!!」


ナハルトが、みなの気持ちを代表するかのように告げ、頭を下げる。

すると、アハクに箱を置くように指示を出した。


「皆の者、手をかざせ!!」


木箱の上に、4人の手が重なった刹那。

箱が虹色に光りだし、輝きを帯び始めた。


「時間は残されていない。我々が消える前に力を込め、ゼスカ希望を未来まで送り届けるぞ!!」

「おうよ!!」 「ええ!!」 「ああ!!」


呼吸を合わせ、集中し、希望を込める。

すると、何の変哲もなかった箱はみるみるうちに華やかな紋様を浮かび上がらせ、西色の光は掻き消え――茶色から白色へと変色しその姿を現した。


「完成だ」


ナハルトはその箱を持ち上げ、ゼスカに託す。


「すまないが、あまり悠長にしていられる時間は無い。大切な者達へ別れの言葉を残せず申し訳ないが……早速未来へ飛ばさせてもらいたい」

「大丈夫です。心置きなくやってください」

「……本当に強いのね、ゼスカちゃんは。もしよかったら、これを持って行って」」


すると、メルディナはゼスカに赤色の巻きリボンを手渡す。。


「これは……リボンですか?何故でしょう、不思議と安心感みたいなものが湧いてきます」

「それもそうよ。それはね、ただのリボンじゃないの。手製の…………お守りのようなものよ。いつかきっと、役に立つ日が来てくれると信じているわ」

「有り難うございます。メルディナ様」


絶対に解けないように、リボンを固く髪に括り付け、呼吸をする。

両親に別れの挨拶を言えない事は心残りになるだろう。

未来という未知の世界への不安はその13歳という幼い体にのし掛かるには計り知れない重さであるだろう。


しかし、それでもゼスカは圧し潰れない。

ただ前を向き、この世界を、未来を救う――神々が人類と手を取り、文明の発展を手助けしてくれたように、今度は自分人間が、神々の願いを聞くべきだと思いながら。


「では、始めるぞ!!」


刹那、ゼスカを中心に水色に淡く光る魔法陣が浮かび上がる。


「「ゼスカ!!」」


もう言葉を交わす事が出来ないと理解している両親が、国王とその王妃としての振る舞いをかなぐり捨てて名前を叫ぶ。


「私は……私は、お前が元気でやってくれればそれでいい!!例えどんな現実に打ちのめされたとしても!!」

「それでも、貴方ならきっと上手くやれるわ!!なんて言ったって、私達の娘なんだもの……!!」


目じりに涙を溜めながら、王と王妃は言った。

そんな彼らを見て貰ったのか、ゼスカの目からも涙が溢れ出してくる。


「はい。はい。私、元気でやりますから。お母様もお父様も、お元気でいてください!!」


涙を拭いながら、ゼスカは告げる。

その表情は、雲が晴れたように安らかであった。


「――――では、発動させるとしよう。2000年後の未来へ、彼女を送り届ける為に!!」

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