魔王が勇者と呼ばれるまで
@daibouzu
第1話 勇者になりたい
「勇者になりたい」
かつて人間たちを恐怖のどん底に落とした、大魔王。非道のかぎりを尽くし、人間界完全支配一歩手前まで追い込んだが、最後の最後に勇者一向に猛反撃され撃ち倒された。その物語は魔界の住人であれば皆知っている。そしてこの物語を通じ、人間は愚かで矮小だがその愚かな者の中にも危険な者もいるということを学ぶのだ。しかし、私の感想はだいぶ違う。
「勇者になりたい」
その勇者に憧れた。正直、勇者側に勝てる要素などなかった。それほどまでに大魔王は強大であった。いかなるものを破壊する剛腕、全属性の魔術を操る魔の巧手、全ての面において勇者のパーティーは劣っていた。ただ、勝敗を決めるのは強さだけではない。勇者たちは何度も打ち倒されても、決して諦めることはなかった。激闘とは名ばかりの一方的な蹂躙を耐えた末、遂には勇者の剣が魔王の核、人間でいうところの心の臓を貫いた。その時から憧れを留めることができない。なりたいから成るのだ。
まず最初に始めたことは、自分の強化。当たり前だが、弱い勇者などもっての外だ。始めた頃は随分と馬鹿にされたものだ。私は魔族という種族に属しているが、この種族は極上の地力を有しているため修行の類を行うことはない。むしろ弱者のするものだから恥だと思っているらしい。やめた方がいいと進言してくる友人も多かった。まぁ、そんなことで人生設計を狂わされるわけにはいかないので、そんな意見は無視したが。
その結果頭のおかしな魔族という、悲しいレッテルを貼られてしまった。しかし、幸いにも、優秀な部下にも恵まれ、着々と勇者への道を歩んでいっていたがとんでもないことに気づいた。
共に戦ってくれる仲間たちがいないのだ。
仲間たちを用意するのをすっかり忘れていた。かの勇者には4人の仲間がいた。同じ数揃える必要はないが、志を共にする仲間が欲しい。魔族の中から見繕ってもいいが、残念ながら基本的に破壊衝動が強すぎる我が種族は適正から外れてしまうことが多い。
しかし、この問題もすぐに解決することになる。そう、魔界にいないのならば人間界で集めればいいのだ。
ーーー
「じゃあみんな、達者でな」
自分の前に並んだ部下を見渡す。部下というか、様々な勢力に勝負を挑み続けた結果、愉快な仲間達がついてきただけであるが。
「頭!俺は無念だぜぇ!」
頭に動物の頭蓋を被せている巨漢の漢が吠えた。
「我が主人よ、あなたが命令してくれれば、今にでも魔界はあなたのものとなるのに!」
魔界の正装に身を包んだ紳士的な色白の男が、膝をついたまま叫んだ。
「馬鹿者め!なぜマスターが人間界に行くのか、考えろ!」
もはや生物なのかもわからない、黒色のもやが叫んだ。どこから声を出しているのかはわからない。
「……はっ…!!人間界の支配…!!」
「そうだ…人間界の支配を終えてからでも十分遅くない……と考えている!」
「流石でございます!我ら魔族の千年の悲願!必ずや成し遂げられると信じております!!御用の際は是非ともお呼びくださいませ!!」
「俺も頭の命令なら飛んでいくぜ!!」
何やらよろしくない方向に話が進んでいる。人間界に攻め込む計画はない。ゆっくりと気長に仲間を見つけた上で、平和のために戦うつもりだが、頭ごなしに否定するのは良くない。ここは諫めつつ厳かに言い放った。
「ふっ…そうだな……お前達が仲良くしてくれたら、容易にいくんだがなぁ…」
「主の命なら」
「お頭の指示なら!」
「陛下のご命令なら…」
呼び方すら定まってないこいつらでは、協力など無理な話に思えてくる。
「フォル様…そろそろ…」
後ろに控えていた、女性の従者が催促してきた。ナイスタイミングである。
「あぁ…きちんと、この子の言うことを聞くように」
自分の隣に立っているもう1人の少女を指して言う。
「全く…兄さんはいつもそう……私のこと都合の良い女だと思ってるでしょ」
「…そんなことないぞ、可愛い妹よ」
というか、女の子に軍を任せるのもって思ったから、友人に頼んだはずだが。
「もう!いつもそうやってごまかして!まぁ、嫌じゃないけど……」
「して妹よ、あいつはどうした?」
「知らない!知らない!どっかで誰かにやられてんじゃない??散々痛めつけたからしばらく起き上がってこないと思うわよ!!」
「そうか……まぁ、私がいない間、魔界を頼むぞ」
何やら不穏な空気を感じたので、話を変えた。
「まかせてね!あたしもすぐ行くから」
「いや、それは……」
「妹様、それはダメでございます」
またもや素晴らしいタイミングで言いづらいことを言ってくれる女性の従者。
「いっつもうるさいなぁ!お前は!何?何なの!?殺すよ?」
「……やってみろ……クソガキが」
「な、ん、だ、っ、て!!」
「ゴホン」
一つ咳払いをする。これ以上争いがヒートアップすると第六十七回魔界大戦争の始まりの鐘が鳴ることになりそうだったからだ。
「兄さんは黙ってて!!」
「あなたがそんなんだから妹様が助長するんですよ!!」
実に心外だ。今回はほぼ何も言っていないはずなのに。
「何はともあれ、仲良くしてくれよ、皆のもの」
綺麗にまとめて魔界を後にした。
「それでまとまったつもりですか?」
「兄さん、そもそも私は人間界に行くこと納得してないんだからね!!」
「……」
ーーー
しっかりと魔族の特徴を隠し、人間界に侵入する。魔界ならばどんな場所でも飛んで移動していたのだが、ここは人間界、大人しく馬車を使うことにした。遅い馬車に若干うんざりしながらも、窓の外の景色をぼんやり見ていた。
「おい!聞いているのか!?」
「この馬車が遅すぎる話か?」
「違う!」
先頭の方に目を向けると馬の手綱を手にした老人がこちらを睨みつけていた。
「タダで馬車に乗せてんだから、用心棒の仕事くらいこなせよって話だ!!」
別に歩いて向かってもよかったのだが、運良く馬車が通ったので一緒に乗せてもらえないか頼んだ。すると
「用心棒として魔物を倒してくれるってんなら乗せてやらんこともない」
と提案されたわけだ。
「当然、警戒は怠っていない」
「本当か?襲われたらひどいぞ?」
「心配するな、腕には自信がある」
「本当かよ……」
自分から頼んでおいて、疑り深い視線を向けてくる。実に心外だ。
「安心なさい、そこの少年は間違いなく強い、このお姉さんが保証するワ!」
やけに弾んだ声の主を探すと膝まで隠れる緑のローブを着た女性が目に入った。年齢は30代くらいだろうか。
「この私を評価するとは、見込みがあるご婦人だ」
「それも当然……『無敵寒隊』とは私のこと!!」
「嘘はイケねぇなお嬢ちゃん、『無寒』といったら魔族とバチバチにやり合ってた時代の英雄だ、今じゃ100歳越えのババァのはずたぞ?」
「嘘じゃないし、信じてもらえなくても構わないけどネ、それより少年名前は?」
「フォルティスだ」
「フォル君ね、あなたは何しにリンベルに?」
「勇者になる為だ」
「ゆ、勇者だぁ!?馬鹿かお前は?もう魔王もいないのにどうやってなるんだよ!!」
素っ頓狂な声に驚いた馬を宥めながら、こちらに目線を送る業者。
「勇者の定義をここで論じてもいいが、少なくとも彼は魔王を討伐したから勇者なのか?」
強きをくじき弱きを助ける、それを体現した彼の敵は大半が魔王に連なる魔族や魔物であったが、時には同族にもその刃を向ける羽目になった。魔族と手を組み圧政を強いる王族たち、徒に殺戮を繰り返す強盗団、命を顧みない実験を行う研究所など、魔王を討伐する道中様々な者達を救い、いつしか勇者と呼ばれるようになったのだ。
「何が言いたい?」
「多くのものを救ったから勇者と呼ばれるようになったのではないのか?」
「それも、そうだけどよ……」
「ふーん、じゃあ【ニーベルゲンの剣】にでも入るのかしら?」
「そうだ」
【ニーベルゲンの剣】とは数ある冒険者ギルドの中でも最大規模を誇り、かの勇者のパーティが所属していたことでも知られる伝統あるギルドだ。そのギルドが入団試験をやるとのことでタイミング的にも最適だったというわけだ。名門ギルドなら仲間もきっと誘いやすいだろう。
「うーん、あなたの実力ならきっと受かるでしょうけど、もし何かあたら【クードルーンの杖】を訪ねなさい」
「頭の片隅に入れておこう」
「【クードルーンの杖】……どっかで聞いたことが……」
「ところでご老人、ここからそう遠くない位置に魔物が待ち構えているぞ」
「なんだって!?もっも早く言えよ!」
「安心しろ、すでに片付けておいた」
「は?」
「あともう1体、猛スピードでこちらに向かってきている」
「なんだと!?早く退避するぞ!」
「心配するな、もう倒した」
「……俺のことからかっているだろ」
「……??」
「あぁ、もういい!あとちょっとで着くからそれまで大人しくしてろ!全く……とんだ変なやつを乗せちまったもんだぜ!」
悪態をつきながら馬に鞭を振るう業者の男、からかったつもりは全くなく、実に心外である。
ーーー
リンベルの近くの森に熊の魔物が出現したから討伐せよというクエストが出た為、現場での情報収集、あわよくば討伐をしようとしていたわけだが、それどころではなくなった。
「これは……」
「すでにやられてますね……」
「このクエストを受けたのは我々だけだよな?」
「はい……偶々遭遇したモブが倒したんですかね?」
「その可能性もあるが……毛皮も肉も何も剥ぎ取られていない、いくら偶々遭遇したからといって、何も取らないまま行くか?」
「シュラフ先輩とかならめんどくさいとかいって取らなかったり……」
「シュラフみたいなやつがそういてたまるか、それに見ろ、急所を一突きだ、お前……こんな芸当できるか?」
「馬鹿にしないでください!私にだってこれくらいできます!」
「猛スピードで向かってくる敵相手にか?」
足跡を見るとここで突然途切れている。つまりは相手が走っている最中に狙い澄ました一撃で相手の命を刈り取ったというわけだ。
「……意識の外から奇襲すればできます」
言葉とは裏腹に語気が弱い。自信のない証拠だ。【ニーベルゲン】のホープといわれるこいつが無理そうな曲芸をやってのける人間などそう多くはいない。
「しかも2回」
道中に大蛇の魔物が倒れているのも目撃した。こいつも、硬すぎる鱗に並の刃では傷すらつかない鉄壁の防御力を誇ることで有名だった。
「とりあえず討伐完了の報告を調べてみよう」
回収係に死体の場所を教え、リンベルに戻った。
ーーー
「討伐完了の報告が来てないだと?」
「はい……」
「うちの誰かが倒したと思っていましたが……」
「あの、何かありました?」
クエストの受付嬢がこちらを不安そうに見上げている。
「俺たちが引き受けた熊の魔物の討伐依頼が出てただろう?」
「はい」
「討伐完了にしておいてくれ」
「え?あ、はい、討伐ありがとうございます、報酬はこちらに」
「いや、それを受け取るべきは俺たちではない、すでに倒されていた」
「えっ!?」
「しかも、大蛇の魔物もだ」
「えぇ!?あのシュランゲも!?いったい誰が……」
「それがわからないから困っている」
「最近、あなた方【ニーベルゲンの剣】の試験を受けようと色々な人が集まっていますからね、その中にいるのでは??」
「そうですね、私ほどではないにしても中々の手練れが集まってきてますからね」
受付嬢と後輩がそんなことを言う。
「いや、この討伐者はお前よりおそらく……」
「何か言いました?」
「なんでもない」
明日の試験にでも現れるてくれると良いのだが。
ーーー
窓から差し込む光で目が覚める。悪くない目覚めだ。
「今日支払ってくれるって聞いたんですけどー!!お客さん!聞いてますかー!」
この怒号さえ聞こえなければ。
「あんた!やめなよ!」
「うるせえ!大体、明日なら必ず払えるから今日泊めてくれとか言う怪しい奴を引き入れたんだ!」
「困ったときはお互い様でしょ!」
「違うね!どーせお前のことだから顔がいいから泊めさせたんだろ!」
「ちょっと危ない雰囲気がある方がかっこいいって思わない?」
「そんなことだろうと思ったぜ!お前はいつもいつも……」
「なによ!あんただってこの前…」
不穏な男女の言葉を後方で聞きながら窓から脱出を図る。いい天気である。道はわからないが、光の指す方へ向かってみよう。きっと正解はこっちだ。だってこんなにも明るく輝いているのだから。
ーーー
人の喧騒を酷く煩わしく感じる時は大体自分に問題がある時だ、少なくとも私に関して言えば。人の多いところに行けばなんとかなるとたかを括っていた私が愚かであった。
「ふむ……」
道行く人は忙しそうで怪しげな異邦人の話など聞いてはくれない。もう誰かを脅して無理矢理道案内をさせようか、魔族の本能とも呼べる自己中心的な考えが頭をよぎる。
「なんてな……」
そんなふざけた妄想は振り払い現実を直視する。優しそうな老人にターゲットを絞り道を尋ねる。
「あの、すみません【ニーベルゲン】の……「今急いでるんで!」」
こちらには目も合わせず通り過ぎていった。
先程から誰に話しかけてもこんな感じである。さて、どうしたものか。
「あの!!」
声をかけられ振り返ると、遠慮しながらも真っ直ぐにこちらを見据える漆黒の瞳が目に入った。その女性は鮮やかな紅のシルクに包まれ、高い襟が首元を飾り、斜めに開いたドレスの前立てが彼女の体を際立たせている。腰の横から足まで入っている大胆なスリットからのぞく逞しい脚は美しさをも醸し出していた。最も特徴的なのは腰に巻いてある前掛けに『回生起死』と書かれていること。
「その前掛けにはなんの意味が?」
「前掛け?蔽膝のことですかこれは『カイセイキシ』と読みまして、死に瀕する時にこそ真の力を発揮する……って意味でして」
「なるほどよくわかった、ありがとう」
「どういたしまして……いや、そんな話をしたいわけではなくて、もしかして【ニーベルゲン】の試験を受けようとしてます?」
女性にしては高めな身長を更に伸ばし、後ろにまとめた髪を振りながらこちらに顔を近づけてきた。陽光に反射され銀色に輝く彼女の髪は白馬の尻尾を想起させた。
「いかにも」
「えっとー、場所わかってますか?よかったらなんですけど一緒にいきません?」
「なんだお前も迷っているのか?」
「いえ、わたしは……いや、そうですねー、はい!わたしも迷っています!」
「なんと……!そんな難しい場所にあるのか……そもそもその場所を探すことも試験に入っているのか?」
「いえいえ、そんな奇々怪界な場所にはありませんよ……とにかく!一緒に行ったほうがいいですよ!1人で迷うより2人で迷ったほうが効率がいいです!」
「なるほど……一理あるな」
「よかった!では行きましょうか!私、ウーシュウっていいます!」
「フォルティスだ」
半ば強引に決められた気がするが、断る理由もない。試験会場にたどり着くことが先決である。
「あと、そのあまりにも黒すぎる服装は……」
「これか?お気に入りだ」
「そ、そうですか、あとあと、その威圧するような魔力を出しているのは……」
「なんのことだ?」
「いや、自覚ないならしょうがないですけど……」
試験はもう始まっているらしい、ひとまず最初の仲間を手に入れることができたことを喜ぶとしよう。
魔王が勇者と呼ばれるまで @daibouzu
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