第18話 グッバイ追跡者 10

 バスの中、カメラマンの奥井さんが窓の外を眺めている。

 彼は物静かな大男だが、ふとした瞬間に見せる鋭い視線は、さすが元自衛官といった感じだ。

 前の世界では、彼の個展を見に行ったことがある。

 風景や野生動物の写真を並べた作品群が印象的で、数年後には大成していたカメラマンだった。


 しかし、今の彼はまだ下積み中のようだ。

 この世界では違うタイミングで進んでいるのか?

 それとも、彼が成功するまでの時間がまだ来ていないのか?

 混乱した記憶が交錯し、僕は奥井の背中を見ながら、現実感を失いかける。


「この人が撮ってくれるのか」

 そう考えると、僕は密かに興奮を覚えずにはいられなかった。


 ☆☆☆


 今回は人数が多いため、宿泊するにも、さすがに温泉旅館というわけにはいかない。

 旅費は取材費の名目で出たものの、村のご好意で公民館に宿泊することになった。

 雑誌の取材班も一緒に泊まることになり、思わぬ大所帯だ。

 僕は少し困惑しつつも、みんなと共にバスを降りて公民館へ向かう。


 公民館の広間に敷かれた畳の上、雑然と寝る準備が進んでいく。

 もちろん、男女の仕切りは設けているものの、洗濯紐にブルーシートを吊っただけの簡易なものだ。


「いいんですか? こんなところで」

 僕が中嶋さんに声をかけると「修学旅行みたいで楽しいです」と返ってきた。


 学生たちも和やかな雰囲気で、少し興奮している様子だ。


 奥井さんも「雨風凌げて最高ですよ」と笑って、荷物を置いた。

「やはり、風景や動物の写真をお撮りなんですね?」

 僕はやや興奮気味に言うと、奥井さんは驚いて振り向いた。

「なんで、私が風景写真を撮っていることをご存じなんですか?」


 僕はしどろもどろになって、頭を掻いた。

「いやあ……オーラといいますか。その、佇まいからして、オカルト雑誌で心霊写真や宇宙人を追いかけるような方には見えなかったもので」

 そう言うと、奥井さんは「わははは」と豪快に笑って首を振る。

「いやあ。そんなことはありません。大好きなんですよ。宇宙人は特に」と嬉しそうに答えてくれた。


 ☆☆☆


 翌朝、前回泊まった温泉宿へ向かう。

 今回は宿泊はしないものの、温泉に入れて朝食がついているというサービスを利用することにした。

 しかも団体割引まで付いていて、信じられないほどお得だ。

 温泉宿の女将が丁寧に迎えてくれ、広々とした大浴場へと案内された。


 山深い場所にあるため、宿もインバウンドの観光客はほとんど期待できないのだろう。

 宿自体は、主に地域住人向けのサービスを充実させているらしく、その配慮が伝わってくる。


 温泉に浸かり、疲れが一気に和らいだ。

 朝食も地元の山の幸と川魚をふんだんに使った豪華な内容で、学生たちも満足そうだ。

 サダコもまた大はしゃぎしている。


 その後、同じ宿でミーティングをすることに。

 広い和室に案内され、僕たちは快適な環境で次のステップについて話し合った。

 温泉に浸かった後の心地よい疲労感もあって、誰もがリラックスしている。


「いや、快適そのものですね」と僕は一言。

 僕は冗談交じりに言うと、中嶋さんが軽く笑いながら同意する。

「このサービス、取材したいくらいです。温泉に朝食付きでこの価格、しかも団体割引。しかもこの山奥にしては、サービスの質も高いし……地域住民向けだとは思うけど、取材すれば注目されるかも」

 中嶋さんはメモ帳を取り出し、さっと何かを書き込んでいる。


「インバウンドも期待できない場所だからこそ、地元のリピーターを大切にしてるんでしょうね。こういう地域密着型の温泉宿は、貴重ですよ」

 彼女は真剣な表情で話しながら、時折目を輝かせている。

 どうやらこの宿にも興味が湧いているらしい。


「それにしても、取材とミーティングを兼ねて、ここまで快適に過ごせるとは思いませんでした」僕が言うと、中嶋さんも「まさに一石二鳥ですね」と返してきた。


 温泉宿の取材、意外に悪くないかもしれない。

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