第14話 グッバイ追跡者 6

 夜の祭り囃子が一層激しさを増す中、山へ向かって行った男たちが戻ってきた。

 遠目には黒く塗られた顔が見えるが、近づいてみると、そこには白い塗料で何か文字のようなものが描かれていた。

 その異様な姿に、僕の好奇心がふいに刺激された。

 意識する前に、スマホを手に取っていた。


「これは記録に残しておかないと……」と自分に言い聞かせるように、男たちに向けてカメラを構え、シャッターを切った。


 その瞬間、周囲の空気が一気に変わった。

 背後から、村の連中が一斉にこちらへ詰め寄ってくるのを感じた。

 無言のまま、凄まじい迫力で僕に迫ってきた彼らの表情には、怒りとも、恐怖ともつかぬ鋭さがあった。


「マズい!!」


 瞬間的に全身が硬直し、血の気が引いた。

 言葉が喉につかえたまま出てこない。

 だが、彼らの無言の圧力に耐えられず、僕は思わず肝を潰して、慌てて頭を下げた。


「す、すみません!  撮るつもりはなかったんです! すぐに消します!」


 必死に平謝りしながら、スマホの画面を消し、村人たちにその場で画像を削除してみせた。

 彼らは一言も発しなかったが、ただその無言の圧力が言葉以上に響いていた。

 怒りが静かに伝わり、僕はそれ以上の行動を取れなかった。


 気づけば、心臓の鼓動がやけに大きく聞こえていた。

 まさか、あんな些細な行動で、ここまでの緊張感を生むとは――。


 ☆☆☆


 急いでスマホの画面を操作し、最後に撮った一枚を村人たちの前で削除した。

 彼らの無言の視線を感じながらも、動揺を隠すように平然を装い、その場を切り抜けた。

 だが、内心では安堵する暇もなく、すぐに別の考えが頭をよぎった。


 実は、連射していた。消したのは最期の一枚だけだ。


 一瞬の出来事だったが、あの異様な光景をスマホのカメラはしっかりと捉えている。

 村人たちは、その事実に気づいていない。

 後で時間があるときに、この写真を解析してみよう――そう考えると、胸の中で不安と好奇心がせめぎ合った。


 スマホのポケットに入れた感触が、妙に重く感じられる。

 この村の謎に触れてしまったという実感が、じわじわと僕に迫っていた。

 しかし、その重圧を感じつつも、これでこの奇妙な祭りの裏側に何か手がかりを掴めるかもしれないという期待もあった。


 何が写っているのか。

 あの文字らしきものは何を意味するのか。


 心臓が高鳴るのを抑えながら、僕はその場を離れ、ひっそりと次の瞬間を待ち構えていた。


 ☆☆☆


 もう少し取材したかったが、すっかり目をつけられてしまったようで、僕に詰め寄ってきた村の連中と、合流してきた人間が、僕を指さして何やら小さな騒ぎになっている。


 これは、もうサダコと一緒に退散した方が良いだろう。

 いや、僕と一緒だと返って危ないかもしれぬ。

 ――と、そんなことを考えていると、とうのサダコが僕のところへ来てしまった。

「ああ。おもしろかった。どうしたんですか? 師匠」

「いや、なんでもないよ。そろそろ帰ろうか」

 自分でも声が震えているのがわかる。

 とにかく無事に帰るのが第一だ。


 ☆☆☆


 村祭りの会場を後にしようとしたその瞬間、遠巻きに僕らを見ていた村人たちの一団が向かって来た。僕は反射的にサダコの前に立つ。

 彼らは無言のまま僕らを囲み、逃げ場を塞ぐようにして、どんどんと祭りの中心へと押し流していった。

 気づけば、僕とサダコは粗末な木製の舞台の上に上げられていた。


「ほら、せっかくだし、何か芸でもしてみろよ」と、村人の一人がニヤニヤしながらマイクを手渡してきた。明らかに嫌がらせだ。

 この舞台も、村祭りの一環というより、単なる即興の見世物として用意されたもので、古びたスポットライトの下、僕らを晒し者にしようとしているのは明白だった。


 僕は一瞬言葉を失い、どう対応すべきか考えていた。

 しかし、その隙に、サダコが突然手を伸ばし、僕の手からマイクを奪い取った。


「ヒュー! カラオケですかあ?」

 そう言うと、自信に満ちた表情で、サダコはステージの中央に立った。

 そして、何の前置きもなく、サダコはアカペラで歌い始めた。


 その歌声が会場に響いた瞬間、僕は耳を疑った。

 彼女の声は透き通るように澄んでいて、強さと繊細さを兼ね備えていた。

 旋律は村の静寂を一瞬で破り、観客たちのざわめきもすぐに消え去った。

 まるで、祭りの喧騒や村人たちの嫌がらせがすべて無かったかのように、その場を圧倒する歌声が流れ続けた。


 村人たちも最初は馬鹿にしていた表情を浮かべていたが、次第にその表情が変わり、皆がサダコの歌声に釘付けになっていくのがわかった。

 粗末な舞台が、まるでプロのコンサート会場に変わったかのように、空気そのものが変わった。


 サダコの歌声に魅了される村人たちと、思わず言葉を失う僕――彼女の歌の上手さが、まさかこれほどとは思ってもみなかった。


 観衆から一斉に拍手が巻き起こると、サダコは頭を下げ、僕の手を引き、一緒に舞台を降りた。

 それから逃げるように、宿へ逃げ帰ったのは言うまでもないだろう。

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