第52話 いざ、水山へ

紛れもなく父さんの字だった。

妙に角ばってて、やたらと字形が整っている。よく見ると、紙の材質も父さんの手帳と同じだ。

「元素をあてたら地図になる、とは言っておったが、わしらには扱いきれんでな。アンナちゃんでもかなわんかった。イエちゃんによると元素で書かれていることには間違いないらしいが…。」

あぁ、父さんのやり方だ。やり方はシンプルだけど、力不足なら発動しない。地図にしろ、何にしろ。不足があるうちは、命のかかったことには挑戦できないよう工夫をする。その人を守るために。


「手にとって見てもかまいませんか?」

「おぉ、もちろん。かまわんとも。」

明らかに心拍数が上がった僕を見て、トットさんの目が何かを物語っている。

はやる気持ちを抑えて、腹の底から深く呼吸をする。手に取るだけで、ひしひしと感じた。少し混じり気のある光の元素。父さんのものだ。

手帳の時と同じように光の元素を地図に溜め込んでみる。少し線らしきものが浮き上がってきた。

が、それ以上は何も出てこなかった。恐らく長時間続けたところで同じだろう。一旦光を流し入れるのを止めた。

「おや!」

「おぉっ!」

「あらっ!」

「…。」

イエさん以外の三人が声を揃える。

マーサはじっと黙って地図を見ている。ピートは父さんの元素をみて、ウキウキしているようだ。


「わたしも流すよ。ソラ、もう一回、照らそう。」

マーサの両手がなんともいえない翠色に光っている。土と水と緑を集めているのか。

「ありがとう。じゃあ、いくよ。」

地図を机の角におき、僕とマーサは九十度ずれた位置に立つ。向かって右と左を僕が、上と下をマーサが照らす。

照らし出すと、黄白色の光と翠光色とが地図の中で渦巻いて、少しずつ混ざり合っていく。地図の中心に光が吸い込まれていったかと思うと、まばゆい光が部屋中に広がった。



 ◇ ◇ ◇



「これは…。」

トットさんが感嘆の声をもらす。ドレさんとルーブさんは顔を見合わせ、言葉を失っている。

マーサと目が合う。やったね!と言わんばかりに微笑んできた。思わず僕もニヤリと笑い、親指を立てた。

地図には線が書き込まれおり、立体的に見ることが可能だった。先ほどまでとは異なった立派な地図がそこにあった。

こんなにもアク・ヴォ・モントの周辺や内部がわかりやすく視覚化されているなんて。

プルセツォーノからの行く方法は二通りあるようだ。一つはコウウリンをまっすぐ抜けて最短距離で向かう道。もう一つはコウウリンとタノモーリの境目をぐるっと遠回りしてから、反対側に向かう道。

地図を見てトットさんの顔から血の気がひいていく。

「ソラくん、マーサちゃん。地図を示してくれてありがとう。入り口までの答え合わせができたよ。ただ、この道のりは危なすぎる…少し時間を置いて、作戦を練り直してもええかもしれん。」

「どうしてですか?」

トットさんの変わりようが、どうにも腑に落ちない。一体、何があるというのだ。

「アク・ヴォ・モントには入り口が二つある。これはわしたちも確認済みじゃ。一つはコウウリンをぐるっと遠回りしたところ。もう一つはまっすぐに抜けていく道。ただし、近い方の道は普通の者では入れんのだ。」

僕とマーサは腕を組み、首が同じ方向に傾く。

「迂回する行き方に限れば、入り口近くまで行くのも難しいことではない。モレビ洞穴より、余程簡単なのだが…。そっちにはアク・ヴォ・モントを閉じている門があって、それは力の強い森の民にしか開けられんようになっておる。入り口にもはっきり刻まれておった。土壁でできた十メートルほどの扉で、真ん中に両手をかざすところがあってな。まぁ、わし程度ではビクともせんかった。」

行けるところは全部行ったと言っていたから、当然と言えば当然か。


「反対側はだめなんですか?」

「いや、だめなことはないが…」

トットさんが口をつぐむ。代わりにルーブさんが困り顔で説明してくれる。

「通れることは通れますわよ。地図の上では。ただ…昔から毒が尋常じゃなくて。ちょっと毒に耐性があるくらいでは、太刀打ちできませんわ。わたくしたちにとっては未踏の地ですの。

毒。

それがアク・ヴォ・モントに入れない最大の理由か。近づくことすらままならないなんて。

でも、父さんはどうやって入ったんだろう。森の民ではないはずだし。トットさんの話から考えても、近い方から中へ入っている。

そうなると……毒を中和した?

“ニュート・ラリージョ”(中和円)なら、毒に対応できるのかもしれない。父さんなら円を保ったまま、動き回ることも容易だろうし。でも、そこまでの扱いは僕にはまだ難しいな。

多分、作れても止まった状態でせいぜい半径四十センチメートルほどが限界だ。


顔をあげて、おもむろにマーサが口を開く。

「毒だったら…いける気がする。」

口元はやわらかに笑っているが、眼差しは自信に満ち満ちている。僕もマーサに続いて、力強くうなずいた。

少し間をおいて、申し訳なさそうにトットさんが話した。

「ありがとう。道そのものは高木から見渡せば、見える。迷うことはない。ちょうど丘の上からでも注視すればわかるはず。近くまで、わしが案内しよう。少しでも、体に異変を感じたら戻ってきておくれ。」

ルーブさんも力のこもった目で僕たちを見た。

「先ほどのもの、預けるつもりでしたけど、ギリギリのところまで同行して、現地で打つことにいたしますわ。」

「お願いします。」

不思議と不安は感じなかった。父さんの元素のおかげなのか、はたまた、マーサの妙な自信のおかげなのかはわからなかったけれど。

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