第26話 マーサの夢

緑、土、水、砂に雨。元素ってたくさんあるんだな。そんなことを考えていると、砂浜で熱弁していた父さんの姿が思い出された。



「いいかい、ソラ。元素には序列ってものがある。基本となるのは物質、その上に概念、そして、それらをまとめる形で明暗というように。もちろん組み合わせは無限だ。」

サラサラっと砂場に絵を描いて説明してくれる。元素の上下を示した三角形。元素のつながりを示した円。

「元素ってのはまだまだ未知なるもので、世界は広い。元素は謎に満ちている……。」



緑は…概念に含まれるのかな。

「そういえば、雨林ってどこにあるの?ここらへんだと砂漠しか見ないけど。」

「レイストね、えーっと…。」

マーサはおもむろに立ち上がり、何かを探すように空を見る。そして、砂漠のずっと奥の方を指さした。小さく濃紫色の雲が見えた。

「あっちよ。あっちに雨林地方のレイストがあるの。近遠の沙漠を超えて、地獄穴を抜けると、隔たりの川があって。そこを越えるとレイストだよ。」

「そうなんだ。知り合いとかいるの?」

「ママの親戚が住んでるよ。」

「遠いの?」

「んー、結構遠いかな。」

風だけがふわっと肌をなでる。心地よい涼しさ。マーサは地平線に目を向けて、高く澄んだ青空を見つめている。 



しばしの沈黙の後、マーサは穏やかに口を開いた。

「あのね、ソラ。私ね、いつか、世界を旅してみたいんだ。」

「旅?」

「そう。旅。この目で色々なものを見て、体験して、刻示の謎に迫りたいの。」

にこっと笑ってこっちを見る。その顔は少年のように話していた父さんの横顔そっくりだった。



「元素ってのはまだまだ未知なるもので、世界は広い。元素は謎に満ちている。それを解き明かすのがパパの夢なんだ。」



「…って、まだドランドからも出たことないんだけどね。」

照れくさそうに口元をゆるませる。他にも、地の国の歴史や文化など、食事をとりながら色々なことを話した。マーサは本当に物知りで、知識欲にあふれていた。



 ◇ ◇ ◇



「さぁ、じゃあ、北側の海岸線を見て、今日は早めに家に帰ろっか。」

そう言って二人で立ち上がった。

二、三歩過ぎたところで、マーサが振り返り、両手をあげて拳を握りしめる。すると、先ほどまであった空間が逆再生していく。

一分のうちには来た時と同じように元通りになっていた。最後に小さく指先で祈りの印をきると、マーサはくるっとこっちを振り返り、

「よし、行こう!」と弾けんばかりの笑顔で言った。



近遠の砂漠とはよく言ったもので、北側の海岸までは思っていたより早く着いた。間隔狭し、とポップルツリーが規則正しく並び、振り返ると、少し離れたところに集落が点在している。僕たちは海岸沿いをゆったりと歩いた。毒風も弱く、水平線がくっきりと見える。


「そういえば、ドランドで一番大きな街はどこにあるの?」

「近遠の砂漠と地獄穴の間にあるホザートという街ね。とっても楽しいところよ。どうして?」

「いや、あのさ、行けるものなら一度、大きな街に行ってみたくて。手がかりになることが聞けたら嬉しいな、って。」

「聞けるかもしれないね。ホザートはものの流れの拠点だから、色んな人たちが集まってくるの。」

「マーサはよく行くの?」

「パパの仕事についていくときだけだから…年に数回くらいかな。」

「遺跡の街より、大きい?」

「そんなの比べものにならないよ。人もむちゃくちゃ多いし、新しいものだったり、珍しいものだったり、とりあえず都会だよ。」

「やっぱり、一回行ってみたいな。」

「また、パパに予定聞いてみるね!」

「ありがとう、助かるよ。」


グルッと島を回りながら調べたり話したりしている内に、僕たちの影もずいぶん伸びてきた。月が幅を利かせてくる頃になると、砂風がピタッと止んだ。橙色の雲は薄く遠くまで伸びている。僕たちは足早に帰路へついた。



 ◇ ◇ ◇



ベッドの上で、巾着を眺めていると、いろいろな考えがそわそわと浮かんできては消えていく。


いつまでもお世話になり続けるのも申し訳ないし、何より早めに手がかりをつかみたい。みんなに会いたいなぁ。


隣ではピートがストレッチをしている。首を振ったり、伸ばしたり、最後に軽く身震いしたかと思うと僕に話しかけてきた。

「ソラぁ。それさぁ、いつになったら開けるのぉ?」

「どういうこと?」

「一度も開けてないでしょお?」

「これ何も入ってないよ?」

巾着を両手で挟んで、広げて見せる。

なんの変哲もない巾着。トルンとした感触が指先を通り抜ける。父さんは何でこれをくれたのか、いまだによくわからない。

「何も感じないのぉ?」

ピートはあきれた調子で巾着をちらりと見た。

そう言われて凝視してみると、かすかな元素を感じた。

…ただの巾着じゃなかったのか。


「元素を感じたよ。」

「何のぉ?」

「光?」

「ほとんどは、ねぇ。頑張ってねぇ。」

ピートはそう言うと、ゆっくりと目を閉じた。

なんでこの巾着を渡したんだろうという疑問が氷解していく。父さんからのメッセージ…。

巾着に光の元素をぐぐぅと込めてみる。すると、見覚えのあるマークがあちらこちらに浮き上がってきた。それぞれの元素を表す模様がちりばめられている。昔話によく出てきた元素の形だ。

裏返すと、父さんのよく言っていた言葉が小さく刻まれていた。 


「無から生まるるは有。有あるところに無あり。地に宿りしは違わぬ元素。共に生き、共に還らんことを。」


元素か……。

「元素はつながる、記憶と想い。元素はゆきつく、あなたの心。」

昔、母さんがよく口ずさんでたっけ。繋がり…きずな…。


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