第14話 毒風
「あっ!鯨の口先だ。」
マーサがご神木のすぐ上を指さして言った。そこには、白く光る星が小さく見えた。僕はふとアンナさんの言葉を思い出した。
「いい、二人とも。約束してね。鯨座が真上に来るまでには必ず帰ってくること。」
やたらと真剣な表情だったな。
「そういえばさ、アンナさんが言ってたのって何のこと?」
「この辺りに出るドクロのことだよ。そのせいで、夜、出歩くことに過敏になってるんだと思う。」
「ドクロ?」
「うん、毒クロックって呼ばれてて、真っ暗闇でも昼間のように行動できる魔物なの。この辺りで毒を持つ生き物はドクロだけだから、みんなから恐れられていて。」
「ここにも出るの?」
「出ないよ。いつも決まった時間、同じ場所に現れるから、そこを避けたら大丈夫なはずなんだけど。」
マーサがサラサラっと地面に絵を描いていく。見覚えのあるシルエットに少しぎょっとした。
「時告げに似てるねぇ。」
ピートが耳元でささやいた。
時告げは一メートル大くらいの大きさの時計がひんまがったような形のもので、光の国では色々と人々を助けてくれていた。毒は持ってなかったし、すごく友好的だったから、ドクロとは別物だろうけど。
遠目に見えていた林がだんだんとはっきり見えてきた。潮の香りに混ざって、甘ったるいリンゴの香りが漂ってくる。どのポップルツリーも立派な姿をしている。
「きっと、あれだよねぇ。」
群生している中でも一際太い幹を持ち、突き抜けている。間違いない。
「ピートちゃん、大正解!あれがご神木だよ。」
…あんなに早く毒が回るわけだ。光の国のものとは桁が違う。
近づくにつれて視野の中には収まらなくなってきた。どこからもまとわりつくような香りがやってきて、眉をひそめずにはいられなかった。
「着いたね。このご神木は毒除けの森林の中心なの。ドランの守り木とも呼ばれてるわ。」
「守り木?」
マーサはコクリとうなずいた。
「海毒を防いでくれる唯一の木。この木の香りが毒を中和してくれてるんだって。だから、海岸沿いにはずーっと植えられてるんだよ。」
「海毒?」
そういえば、ロッツさんもそんなことを言っていたっけ。
「そう。名前の通り、海から来る毒の風。沖合の方に濃い紫の風が見える?」
木々の隙間から水平線を見渡してみる。沖合に渦巻くほどに毒がたまっている。
「すごい量の毒だね。あれがこちらまで吹きつけてくるんだ。」
マーサは顔をしかめて、うなずいてみせる。
「あと理由はわからないんだけど。海の向こうに縦雲がはっきり見えた翌日は、毒風がきついことが多いの。縦雲っていうのは雷道の先にある、あれのことね。」
水平線近くにある縦長の雲を指さした。近くに雷があって、円筒雲に覆われている…。
「あの雲って、いつもあのまま?」
「あのままって?」
「あぁ…えーっと。たとえば雲がない日とか少ない日とか。」
「いつもあのままだね。雲の色が違うことはあっても、形が変わるっていうのは聞いたことない。」
遠く沖合を走る稲妻は、瞬きのたびに形を変えている。海毒はこちらだけでなく、縦雲にも吹きつけているのか。間違いないな。
「マーサ。…あのさ…あれが、光の国だよ。」
「えっ!そうなの?」
僕は静かにうなずいてみせた。
「やっぱり雲に覆われてたんだ。」
根拠となる自然現象にはいくつも心当たりがあった。光の国が他の国とは全くに隔絶されているという事実には少し驚いたけど。でも、不思議とそれは僕の背中を後押ししてくれた。
おとぎ話の世界が僕の故郷か。悩んだり迷ったりしたところで、どうにもならない。もう進むしかない。海向こうの縦雲を眺めていると、父さんが炎雲の壁に向かって、つぶやいた一言が頭をよぎる。
「ソラ。世界ってのは広い。常識を疑うことを常識にするんだ。全ては移りゆく。変わらないなんて、あるもんじゃない。」
碧い海と煌々とゆらめく炎雲。その先をぼーっと眺める父さんが別人に見えた気がしたのをよく覚えている。
少しうつむいたマーサはもう一度、海の向こうを眺めた。
「雷の道を渡ってきたわけじゃなかったよね?」
「うん。」
「じゃあ…どこを通ってきたんだろう。黒い世界って言ってたもんね。地下とか?もしかして海底かな?」
「うーん、どこなんだろ。」
「…空間だよぉ。」
どこからともなくピートの声が降ってきた。のんきな龍は水の元素をとりこんで、ご神木くらいの高さになっていた。むしゃむしゃとポップルをほおばっている。
「えっ!」
僕とマーサの声がそろう。
ありえない。一体、父さんは何をしたんだ。空間の移動なんて全く想像もつかない。
ますます父さんのことがわからなくなる。今まで僕に何を話してくれて、何を話してくれてないんだろう。
「黒い穴は空間をつないでたんだね。」
マーサは縦雲とご神木を交互に指さして言った。
「そうみたいだね。」
ビューッと風が吹き抜けていく。葉はかさかさと音をたてて、枝はぎしぎしとゆれる。
守り木か…。ピートは座標って言ってたっけ。意図せず僕の体はご神木へと引き寄せられていく。
「あっ、だめ!また、倒れちゃう!」
慌てて、マーサが駆け寄ってくる。
「ソラのことなら、心配いらないよぉ。」
ピートはまだ食べられるポップルがないか探しながら言った。そんな僕たちを、マーサは不思議そうに見つめている。
「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫なんだ。」
「そう?なら、いいんだけど。」
下がり調子でマーサがつぶやく。
マーサには申し訳ないけれど、絶対に大丈夫。ポップルツリーの毒も海毒も二度と効く気がしない。
両方の手のひらを真っ直ぐに伸ばし、守り木の幹肌にのせる。ゴツゴツとした見た目に反して、ヌムっと手首の奥まで埋まっていく。
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