第19話
今日はこの国の建国記念日。城下は活気に溢れ、町は装飾で華やかになっている。広場では建国を祝う人たちが踊ったり、王城の門が特別に開くこの日は市民が非日常を味わう特別な日だ。
一般開放される王城の敷地からは離れた館に位のある客人が集められている。私も一般開放される前にこの会場に入り設営の段取りやら、料理の手配、客間の振り分けなどをした。
「今日は私たちの主催する夜会に来てくれて嬉しく思う」
「陛下にお招きいただき光栄です」
しかし私はまだ王家の一員ではない。客人である立場なので王座に座る国王と隣に座る王妃に挨拶をする。王妃は一人でこのパーティーに来た私を不憫に思ったのか、王妃の側近をつけようかと提案されたが断った。
空席が二人を挟んでいる。きっと王子二人の席ね。ニアンベルは朝から城内にはいないようでしたし、アイザック殿下はどこにいるのかわからない。
私は一人でも独りじゃないわ、憐んでいただかなくても結構よ。王妃は優しいお方なのだけれどその優しさは今はいらない。
「ニアンベルは朝からどこかに行ってしまってな。しばらくは帰城しないだろうから、今のうちにゆっくりしておいてくれ。アイザックはそのうち来るだろう」
どこかって国王もおおよそ検討がついているようね。城にいないことも当然把握されているし、どうせマリアンヌと城下でデートでもしているのでしょうね。
せいぜいゆっくり幸せを噛みしめているといいわ。
「そうさせていただきますわ」
陛下に挨拶を終えてからは壁に同化し今までにないほど空気になりきった。昼食の時間はとうに過ぎていて皆ワイングラス片手に談笑を楽しんでいる。
笑えるほどにだれにも話しかけられないのは壁に成りきれているということだろうか。
本当は正装のアイザック殿下にお会いしたかったですけれど、あまり慣れないパーティーに引っ張り出すのも申し訳ない。
私もグラスに入る葡萄酒を飲みながら目玉である夕刻の国王夫妻の登場を待つことにした。
決闘の後、大聖女と夢の中でお会いしたこと、マリアンヌをうまく利用すればアイザック殿下が次期国王になれるかもしれないということを話した。
マリアンヌの今までの行動の動機を聞いて、アイザック殿下の口角は目じりにつきそうなほど上がっていた。「そうか、そうだったのか」と呟いてからは上の空でちょとだけ悲しかった。
ニアンベルときたらあの決闘以来私に近づくことは無くなり、マリアンヌ一筋になった。城にいることも減り国王から政務をするように勅令を受けても一切手を付けなかった。宰相や役人、侍従達にまで落ちぶれた王子と囁かれるようになった。その間私とアイザック殿下はなにも行動を起こさなかったが、ぽつりぽつりと次期国王はアイザック殿下だと下馬評が上がった。
私からすればニアンベルはポテンシャルはありますのにマリアンヌの見かけだけの優しさに絆されて、アイザック殿下と同じことをしないように比べられることを恐れて城から逃げているように見えますわ。
マリアンヌの情報はエミリーから回ってきた。エミリーの父であるニュロンデ男爵はこの国では違法とされている人身売買を行なっていて、目を引く者は男であれば男娼として高値で、女であればニュロンデ男爵の性奴隷となる。子を身ごもれば捨てられ、病気にかかればそれを隠して売られる。
マリアンヌは目を引く女としてニュロンデの性奴隷として最初は家のコレクション部屋に監禁されていたそうだ。その部屋は言うまでもなく環境が最悪であったそうだ。
エミリーが言うにはニュロンデがマリアンヌに惚れこんでしまい、家の外でも連れて歩けるようにと養子に取ったらしい。真意は確かではないが、マリアンヌが生き残るためにニュロンデに恋をさせたのではないかとエミリーは言った。
同情はするが、それだからといって許すことは出来ない。
「イル」
壁に寄りかかっていると、横から聞きなじみのある声で呼ばれた。
「エミリー」
凭れたまま手をひらひらと振った。
「誰からも声を掛けられなくて暇していたの」
「今までニアンベル殿下と共にいたのに急に一人になって空気のような存在になっていたら、誰もが話しかけづらいよ」
壁に成りきることが出来ていなかったことに少し落胆する。
エミリーは何か話があるのだろうか、周りを気にするそぶりをしてから私に耳打ちをした。
「え!家に近衛兵が調査に来たの!?」
「声が大きい」
眉間に皺が寄るエミリー。私は焦って口を手で覆った。
「ごめん。……でもどうして?あのことを誰かに話したの?」
男爵は表では健全な取引をその裏で人身売買をしているって、証拠が少なくてどうしようもできないって言ってたじゃない。エミリーを私の家に厄介払いのように送って来たけど、正真正銘のエミリーの家なのよ?そんな、ばれたらエミリーは罰を受けるの?籍はまだ男爵家に置いたままなのよね?
「私がアイザック様に言ったのよ。父が違法行為をしているって」
口を開きっぱなしの私は唾液を飲み込むために口を閉じた。
「そしたら『知っている』ですって。これではっきりとわかった、あの人はイルの側にいるひとのこと全部調べ上げているのよ」
呆れと恐怖が混じったように、口角を片方だけ挙げて目を細めた。
何も言えないでいるとエミリーは続けて言った。
「家は没落まっしぐら。これじゃあイルの側にもいれないわ。距離が遠くなると思うけど、イルのことは忘れないので」
「エミリーはそんな簡単に私の側を離れられるって言うの?」
「ずっといるつもりだったけど、イルが王妃になるのに隣に身分の無いもの置いておくわけにはいかないでしょう」
「……やっぱり、エミリーも知っていたのね」
何を?ととぼけた顔をするエミリーに、お父様に言われたことをすべて話した。
「ふっ、恋は盲目って言うものね」
エミリーはやはり知っていたようで、馬鹿にしたように鼻で笑った。
「まぁそんなことはよくて、エミリーは私の家に売られてきたんだから家のことなんて気にしなくていいわ。誰になんと言われてもエミリーは友人だし私の唯一の側近よ」
「そ。なら安心。あと私、もう男爵家と絶縁したから。ま、絶縁というか結婚したのよ」
「え?……どのみち私の側仕えから外すつもりはないけど」
衝撃すぎて間抜けな声を出してしまった。そんな簡単に家と縁が切れるの?これもアイザック殿下が手助けしたのかしら。どこまで従者のために手を尽くすのよ。
そのまま二人で夕刻になるまで話し込んだ。
エミリーと二人でこんなに長話をしたのは久々で、お腹がちぎれそうなほど笑ったりもした。
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