第7話
「殿下、その、どこへ行くのですか?」
「思い出の場所に急遽変更したんです。天気も良いですし」
リズムよく乾いた草を踏む音が二人分空に響く。私は殿下に手を引かれながら庭園を走っている。
バラの甘い香りと、のんびりと揺れる草に懐かしさを覚える。
けど、それより……脇腹と喉が渇いて痛いですわ。
「殿下……止まっていただけませんか……」
「え!あ!ごめんなさい!」
急に止まる殿下の背中に勢いよくぶつかってしまった。やだ、殿下の黒いシャツに化粧がついたりしてないかしら。
私はぜぇぜぇと呼吸をして息を整える。
さすが殿下ですわ。顔色一つ変えていませんわ。
「さすが仮面の貴公子ですわ……」
「仮面は息苦しいですけどね」
殿下は顔から仮面を外すような仕草をした。その顔は少し困ったような、やれやれと言わんばかりの表情だ。
……嫌味だと思われてしまったかしら。私は誉め言葉のつもりでしたけど、殿下にとっては違うのかもしれませんわ。そんなことを考えていれば、殿下は私の手を離した。
「まぁ、仮面も悪くはありませんよ!っと」
「殿下……!」
その瞬間私の体は殿下に持ち上げられた。これが俗に言うお姫様抱っこなのかしら。
殿下と同じ目線の高さで、少しだけ近くなった空に嬉しさを覚えた。それに、今まで以上に殿下の顔が近いですわ。
殿下の顔に触れそうになる手を必死に我慢しながら、行き場をなくした手を色々な所へ移動させる。
「……重くないですか?」
「全然!毛布みたいに軽いです。むしろ飛んで行っちゃいそうなので僕の首に腕を回してください」
言われるがまま、私は殿下のずっしりとした白い首に腕を回す。
「じゃあ、行きましょう」
そう言って先ほどよりも速いスピードで走り出した。殿下の銀色の髪がふわふわと跳ねる。健気な犬みたい、とつい頭を撫でてしまった。
走っているせいか殿下の顔が少し赤くなる。
なんだか心がムズムズしますわ。恥ずかしいというか、なんでしょう、逞しさにドキドキしているのかしら。思っていたより筋肉があるようで、殿下の胸筋は私が弾むたびにクッションのように私を跳ね返す。
しばらく殿下が走っていると、奥の方に木が生い茂る雑木林が見えていた。殿下は迷うことなくそこめがけて走っていく。
森よりは明るく、木の密度はそこまで高くないようで日が葉っぱの隙間から差し込んでいる。
少し開けた空間に用意された椅子に私は座り、丸いテーブルを挟んだ向かいにアイザック殿下は立っている。目を丸くして殿下を見ていると、殿下がボウ・アンド・スクレープをして私に頭を下げた。
私がやめさせようと椅子から立とうとすると、その気配を察知してか咳払いをして座っているように促した。
「本日はお越し下さりありがとうございます。レディ・イルローゼ」
殿下は誰かの真似事を始めた。そう言いながら頭をあげて隣の椅子に腰かけた。長い脚は窮屈そうにテーブルの下にしまい込んでいる。
「ふふ、なんですか?それ」
私は面白くなって笑ってしまった。私が笑っていると殿下は眉毛を下げて、少しだけ悲しそうな顔をする。
「……いいのです、招かれてください」
「わかりました。お招きいただき光栄です」
私も隣にいる殿下に頭を下げる。きっと何かしようとしていることがあるのでしょうね。
「さぁ、食べましょう!お腹と背中がくっつきそうなんです」
「えぇ、私もです。ちなみにこれらは殿下がお選びになったのですか?」
テーブルに並べられた数々の料理。あっさりとしたサンドウィッチや、小麦の香りがするパン。スープにキラキラと輝く肉料理。
「全部、僕のお気に入りなんです」
「そうなんですね。覚えておきますわ」
殿下は何か言いたそうな顔をする。
「ローゼは僕のことを何も知らないのですよね」
「何もというわけではないと思いますわ」
「じゃあ、今の僕の気持ち、知っていますか?」
「そこまではちょっと……」
「兄上一筋でしたもんね」
随分と棘のある言い方をなさるわね。でも今はもう違いますわ。
「でも今は」
「本当は何も知らないでしょ」
「――!」
殿下の薄い唇と私の唇が重なる。
「殿下!?何なさるのですか!?」
キキキキキスですわ!手は繋いでもキスはベルとだってまだですのに!!こ、こんなのダメですわ!
ボッと顔が熱くなるのが自分でもわかる。私は固まってしまった。
殿下は私に微笑む。うっ、眩しい、美しい……。
「これが僕の気持ち」
どういうこと!?私のことが好きってこと!?そんなはずありませんわ、私と殿下は幼いころ、物心つく前に遊んで以来何もなかったですもの――!
「体目当てということですか!?」
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