やられっぱなし令嬢は、婚約者に捨てられにいきます!!

@mikamiyyy

第1話

 白を基調とした大聖堂に、可憐な修道着に身を包んだ女と、麗しい顔の華美なドレスに身を包んだ女が対峙している。


 不覚にも祈りを捧げるその姿には、神々しさを感じるものがある。さすが、大聖女を名乗るほどだけの風格はあるようね。


「あれぇ?イルローゼ様じゃないですかぁ」


 甘ったるい声で私の名を呼ぶその声は、とてもじゃないが聞くに耐えない。


 この修道着に身を包む女は、聖女マリアンヌ。我が国、フェアベール王国唯一の光の魔法使いであるマリアンヌは、その力が現れてからというものの大聖女を自ら名乗り、王宮に居を構えるようになった。


 マリアンヌの金色の髪が、吹き抜ける風で揺らされる。碧瞳は何を考えているのかわからない。


「えぇ、こんにちは。マリアンヌ」

「よくここに来られますね!」


 対して私は光魔法は使えないが、デアギュート公爵家の長女であり、この国の第一王子の唯一の婚約者である。


「貴方は言葉遣いを改めた方がよろしいですよ」

「え!ごめんなさい!私またドジしちゃいましたか?」


 腕で豊満な胸を挟み、上目遣いでか弱い仔犬のような演出をする。


 この人の体だけは羨ましいと思ってしまうわ。


 金髪碧眼とその身体から醸し出される妖艶さには、誰しもが唾を飲んでしまうだろう。実際、王宮をマリアンヌが歩けば、すれ違う男性は皆振り返り二度見する。


「ドジではないと、貴方が一番わかっているのでは?」


 マリアンヌは不気味なほどの笑顔を見せながら、私に近づきこう言う。


「わかってるわよ。貴方はいつまでベルの隣に居るつもり?私の方が愛されてるってこと、貴方が一番わかっているでしょう?」


 この女、私の足を踏みながら私の耳が汚れるようなことをよくもまぁ平然と言ってのけるわね。


 マリアンヌのこの愚行は今に始まった事ではない。


 私の婚約者である第一王子ニアンベル殿下のことを大層気に入ってしまったらしく、その婚約者である私を目の敵にしているのだ。


 高いヒールで踏まれている足の痛みに耐えながら、色々と考えてしまう。この状況を見て、殿下はどちらに駆け寄るのだろう、とか。


「いい加減答えてくれない?イルローゼ・デアギュート」


 マリアンヌの目は私を睨み、声色は到底聖女とは思えぬ怒気を含んだものだった。


 私の方が身長が高いので下から睨みつけられる形にはなるが、迫力はあるので怖いふりでもして話を逸らそう。


「あら、怖いわ」


 私は迫真の演技で恐怖に怯える令嬢のふりをする。


 金髪の艶のある髪、ルビーのようなキラキラと輝く瞳、引き締まった身体にマリアンヌには劣るがそれなりの胸。


 マリアンヌが来るまでは、私が高嶺の花だった。


「怖い?マリアは貴方のほうが怖いわ……きゃっ!」


 は?この女、何もないところで後ろによろけましたわよ?地面に倒れ込むと、豊満な胸が上下に揺れる。


 それを見ていると、後ろからものすごい速さの足音が聞こえてきた。


「マリアンヌ!大丈夫か!」

「ベル~~!!」


 わんわん喚くマリアンヌに駆け寄るこの赤髪の男。この男こそ、私の婚約者であるニアンベル殿下だ。


 私はこの男に、10歳の時に惚れたのだ。


 殿下は幼い頃から見目麗しい顔立ちで、才色兼備として国王陛下の側で外交を学び、身を守る剣術を学び、さらに魔法学までも極めた。これらは後から知ったことだが、私はこの殿下の顔と雰囲気に心を奪われてしまったのだ。


 忘れられないあのパーティー。


 殿下は私の初めてのパーティーで、私に優しく微笑んでくださった。その笑顔に私は一目惚れしてしまったのだ。


 それをお父様に伝えれば、婚約の話がとんとん拍子で進み、それなりに仲良く恋愛を楽しんできたと思う。


 しかし今ではその笑顔は、マリアンヌに向けることが多くなった。


「ごきげんよう、ベル」


「ローゼ!君はいつもマリアを虐めているそうだな」


 殿下はそう言いながらマリアンヌを優しく包容し、目は私をキッと睨んでいる。


 それに少し悲しくなりながら、でも心のどこかで私を見てくださる殿下に喜んでしまっている自分がいることにさらに悲しくなる。


「そんな事実はございませんよ、殿下。それに殿下、一方だけから意見を聞くのはどうなのですか?」

「……どうもこうも、今マリアが倒れ込んでいるのが全てだろう!?」


 殿下の世界では、マリアンヌが一番になってしまったのだろうか。いや、すでに彼の中での優先順位の中に私が入れていないのかもしれない。


 これまでのありえない殿下とマリアンヌの行動を振り返る。


 私と殿下の数少ないデートでは、行く先行く先にマリアンヌが現れていつのまにか殿下の隣はマリアンヌにすり替わる。殿下とマリアンヌの二人で城を抜け出し、城下町でデートをして楽しんだり、殿下の馬に断りもなく勝手に同乗したり、殿下に軽々しく触れる、敬語を使わない、愛称で殿下を呼ぶ。


 極め付けは、殿下の部屋にマリアンヌが押し入って寝台で夜を共にしたことだ。


 殿下は何もなかったの一点張りだが、マリアンヌは意味有り気に「殿下との夜、よかった」と私にマウントをとってきたので何かあったに違いないと思っている。


 私はマリアンヌだけが悪いとは思っていない。マリアンヌの押しに断ることができない殿下も殿下だと思っている。


 最初は断っていたがだんだんと受け入れ始め、いつしか友人なのか恋仲なのかわからなくなるまで親しくなっていった。


 それからと言うものの、殿下と私で過ごす時間は格段に減り、さらに殿下は王妃になる勤めだと言って政務を私に押し付けるようになった。


 私はこの阿呆二人の行動に我慢の限界はとっくに過ぎていた。


 殿下は私を睨んでから、一度も私のことを見なかった。


「違います、殿下。マリアンヌ様がご自分で勝手にそこに座られたのですよ」

「あぁ、マリアンヌ。痛かったろう?」


 殿下は私の声が聞こえていないのかしら、それともマリアンヌに夢中なだけかしら。どちらにせよ、私に興味がないのは明白ね。

 

「ベルゥ、大好き」


 マリアンヌとベルは長い、長ーい抱擁を交わす。


「あ、あぁ……ありがとう」


 マリアンヌの顔は鬼の形相になっていた。私を睨んだって、婚約者という事実は変わることはない。


 私から婚約を申し出た以上、私から婚約を破棄することはできない決まりなのだ。


 それなのにこの女は私が諦めるように仕向けてくる。何がしたいのかわからないことが一番辛い。


「マリアンヌは愛らしいな」


 あぁ、頭が痛い。


「ローゼ、どこに行く。話はまだ終わっていないよ」

「頭が、痛いので、失礼します」


 本当に頭が痛い。


「ローゼ!」


 殿下が駆け寄ってくるのが見える。しかしそんなことに気を配っている余裕がないほど、頭が痛む。鈍器で殴られているような痛みだ。


「医者を呼べ!マリアンヌ!」


 誰かに成り変わったような、自分だけど自分じゃないような記憶が頭に流れてくる。


 修道着……?髪の色も違うし、胸も小さい。


 それに目の前にいるのは誰?色白で目元がスッキリとした男性。私の周りにはこんな人はいない。


 頭が痛いせいなのか、心臓の音もうるさい。


 しばらくその男性と過ごしている記憶が流れた後、頭の痛みは消えた。


「ぃぇ……それには及びませんわ殿下…どうかお構いなく」


 涙が溢れそうな目を持っていたハンカチで拭う。


「ベルゥ、イルローゼ様もそう言っていますしぃ、早く二人でどこかに行きましょ!」

「いや、医者に診せるべきだ」


 ぼやけていた視界が晴れていく。


 あれ殿下ってあんなお顔でしたっけ。全くときめかない。


 ベルの力のこもった抱擁に少しでも嬉しくなってしまった自分が恥ずかしく感じるし……。


 マリアンヌが痺れを切らしたのか、ベルの腕に抱きつき大聖堂の外へと引っ張っていく。


「ローゼ、何かあったらすぐに医者を呼ぶんだ!」


 マリアンヌ翻弄されている殿下が何故か面白く感じてしまう。以前なら悲しくて仕方なかったのに。


「すっきりした気分だわ!」


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