光放つ剣
05(1)
クリスマス飾りを正月飾りに替えて、よつ葉書店も新年を迎える準備を済ませた。
開店前に美鳥ちゃんと今日発売の文庫を
「世の中の人たちは泣きたいのかしら」
「こういう読みやすくて泣ける本がSNSで紹介されてバズること多いですね」
SNSの投稿がきっかけで反響を呼んでいるタイトルを教えてもらう。その中にはチェックしていなかったタイトルもあり、あとで確認しようと頭の隅に置く。流行のキャッチは売上に欠かせない。この点については私の方が美鳥ちゃんに指導を受けている。
「もやしくんとは進展ありました?」
「友だちになった」
「それで?」
「それだけ」
美鳥ちゃんは田中先生の本を読んだことがないらしい。けれど、もやしくんがその作家だと話したら会わせてくださいと言い出しそうなので黙っておく。
インタビュー記事でも写真を載せないし、SNSでの新刊の情報発信はレーベルの公式アカウントから。田中先生自身が表に現れるのは極端に少ない。本人が言っていた通り、人前に出るのが本当に苦手らしい。
「クリスマスもイヴもデートもせずに仕事、加えて遅番って、それでいいんですか?」
「そもそもクリスマスはキリストの降誕祭で、家族でそろって祝う行事であって」
「それは恋人がいない人の
ぐうの音も出ない。
クリスマスイヴ、クリスマスとも働いた。休みの希望が多い中で遅番になった私は「毎年ありがとう!」と店長にとても感謝された。アルバイトたちの前で言わないでほしかった。
美鳥ちゃんはイヴに休みを取った。実際は2日とも希望を出していた。揺るぎない。
「勘違いしてるみたいだけど、私はもやしくんと趣味の友だちになりたかっただけ」
「それだけで話しかけるのに1年半もかかったんですか?」
(コミュ障なめんな)
心の中で毒づくものの、自分が惨めになるだけなので言えない。
先輩の威厳はどこに行けば買えるだろう。福袋に入っていたら、開店前の行列に並んででも買いに行く。
誰かに引き留められる前に定時であがり、制服を着替えてさっさと退勤する。
「美鳥ちゃん、いつもと雰囲気違う」
昨日は肩を出したオフショルダーのニットでまだ大学生みたいだったのに、今日はリブニットのセットアップで落ち着いている。
「憧れの大手出版社の飲み会ですから!」
「たしかに憧れるよね」
作家と力を合わせて本を売り出すのは、本好きの夢だと思う。
私も就職活動で出版社を数社受けて全滅した。ちなみに槙さんが働く出版社は第一志望だった。理由は田中先生がそこのレーベルから本を出しているから。田中先生の小説の最初の読者になるのを夢見ていた。
(でも、友だちになれた今も夢みたいだなあ)
地下鉄の改札を通ると間もなく電車が到着するアナウンスがかかった。早足で階段を下りて電車に乗り込む。帰宅ラッシュほどではないとはいえ席は埋まっていて、吊り革をつかんで美鳥ちゃんと並んで立つ。
「志穂さんもスカートにするだけでも雰囲気変わるのに」
「私の場合華やか要因じゃないし」
窓に映るのは、黒のズボン、白シャツの上にセーターを重ね着している、野暮ったい自分。窓の外がトンネルで暗いせいもあり、年齢よりも老けて見える。
ファッション雑誌に載っているおしゃれな服をすてきだと思う。同時に自分は似合わないだろうと思う。自分が着ていて落ち着く服を探すので、タンスの中は白黒紺ベージュの似たような色味とデザインがそろう。オフショルダーのニットなんて自分には着こなせない。寒くないのかなと思う時点で自分の限界を感じる。
近所に住む私のおばあちゃんがオフショルダーを見たら、襟を上に引っ張られるだろう。テレビでダメージジーンズを見る度、「穴が空いてかわいそうに」と言う。ファッションだと説明しても理解できない。そのくせ私には派手な色の服を着ろと口うるさい。以前黒のワンピースで会いに行ったら、誰の葬式があったのかと聞かれた。
「槙さん狙ったらどうですか? あの人には緊張しないみたいですし」
「槙さん彼女いるよ」
彼女がいる人を略奪する趣味はない。そもそもそんなことができるのは恋愛上級者で、そんなレベルには到底及ばない。
「志穂さんは彼氏欲しくないですか?」
「ほ、欲しいよ」
「合コンセッティングしますよ」
「先輩に連れってもらったことあるけど、1度でお腹いっぱい」
違う業種の仕事を知るのはおもしろかった。けれど、限られた時間で打ち解けようとするテンションとか、知り合いでさえ話しかけられないと自分からは話せない人見知りにはかなり厳しく、へとへとになって家に帰った。翌日朝の電車で居眠りしたほど疲れが尾を引いた。社交辞令のように交換した連絡先もあれきり表示されることもない。
「良い相手が見つらなくても、その合コン相手の知り合いと合コンして人脈を繋げていけばいいんですよ」
「それはコミュ力高い人だからできることだよ」
ちなみに合コンに誘ってくれた川合さんは、私の社会人1年目の指導担当で、大変お世話になった。
川合さんは数年前に職場結婚した。面食いを公言していた川合さんだったけれど、相手はイケメンとまではいかなくても優しく面倒見の良い人で、今は別の店舗の副店長をしている。
職場にいい人いないの?
男の人とごはんとか行ってみたら?
私に恋人がいないことについて、私よりも周りの方がやきもきしている。
目を養うためにも様々な人と出会うことが必要だと思う。1回でも行動してみたらその次ハードルが下がると思う。
それが正しいと思いつつ、思うだけで行動しないのは、自分が誰にも選ばれない人間だと知るのが怖いんだ。
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