夏休み―2日目①
蝉の鳴き声が網戸を抜けて居間まで響く。
今日の宿題のノルマを終えて、畳の上に寝転んだ。縁側のカーテンレールにぶらさがる、金魚の絵が描かれた風鈴が涼やかな音を鳴らした。じっとしていると山の方から吹く風が気持ちいい。
「ただいまー」
おばあちゃんが買い物から帰ってきた。
「おかえりー」
「今からごはん準備するから」
おばあちゃんが冷蔵庫に買ってきたものをしまう。その様子を寝転がったまましばらく眺めて、体を起こした。
「準備手伝う」
「あら、ありがとう。蛍にはそうめんをゆでてもらおうかしら」
「教えて」
夏になるとそうめんをよく食べるくせに、今までゆでたこともなかった。
おばあちゃんに言われて、まずは大きな鍋に水をたっぷり入れて火にかける。おばあちゃんは冷蔵庫から昨日の残りのしいたけと玉ねぎの具が入った手作りのおつゆを取り出した。
「スーパーの店員さんから、海で映画の撮影してるって聞いた。暇なら見に行ってみたら?」
「映画の撮影かあ」
映画の撮影なんてめったに見られるものじゃない。普段あまり映画やテレビを見ない私でも気になったけれど。
「悠太郎君から電話あるかもしれないから、家にいる」
「どこの子?」
「家は知らないけど、昨日神社で会った子。卓球の合宿で今週こっちにいるって」
「夏休みなのにえらいわね」
「お湯沸騰してきた」
「そうめんをばらしながら入れて」
それからおしゃべりする暇もなかった。ふきこぼれないように手早く菜箸でかきまぜる。ゆで時間が短いので、すぐに鍋の中身をザルにあけて冷たい水でぬめりを洗い流す。水を切り、そうめんで重たいザルを鍋の縁にかけて、ふうっと息をついた。
「おじいちゃんは?」
「町内会の初盆の準備。先にふたりで食べましょう」
「はーい」
おばあちゃんがおつゆと
お昼のニュースを見ながらそうめんをすする。自分が初めてゆでたそうめん。味が変わるわけではないけれど、なんだか達成感があった。
「あとでスイカ切りましょう」
「やった」
今朝家の裏の畑で収穫したのを、外の手洗い場で冷やしていた。私の顔よりも大きくて、抱えるとずっしりと重い。
スイカを抱えて台所に戻って来たとき、ダイヤル式の黒電話が高い音で鳴り出した。電話台に近いおばあちゃんが受話器をとる。
「はい。ええ、蛍に代わります。悠太郎君よ」
最初に自分の名前が聞こえた時点で、おばあちゃんの方に近寄っていた。両手で受話器を受け取る。
「もしもし」
『悠太郎です。これから神社に行くけど、蛍ちゃん来れる?』
「行くよ」
電話を切っておばあちゃんに向き直る。
「神社に行ってくる」
「スイカ容器に入れてあげるから、悠太郎君と食べなさい」
「ありがとう」
急いで歯を磨いて準備をする間におばあちゃんがスイカを切って、タッパーに入れてくれた。自分のトートバッグと、タッパーを入れた保冷のバッグを持って玄関を出る。刺すような強力な日差しを浴びて、慌てて麦わら帽子を取りに戻った。
神社には悠太郎君が先に来ていた。昨日のベンチで本を読んでいる。クロは人が来ないのをいいことに石畳の真ん中で寝そべっている。日陰になっているその場所は土の上よりもひんやりしていて、私も猫ならそこに寝そべりたいと思った。
ベンチに近づくと、悠太郎君が本から顔をあげた。
「突然でごめん。来てくれてありがとう」
「何の本読んでるの?」
それは本というよりも、表紙に高級そうな色紙を使った冊子だった。分厚い卒業文集みたい。表紙には大きく『夏の果』と書いてあった。
「夏の……」
「なつのはて」
「どういう意味?」
「夏の終わりごろ。物語はお盆までの時期で終わるけど」
「私はお盆が終わっておじいちゃんちから帰ったら、夏休みも終わりって気持ちになるよ」
「わかる」
「どんな話?」
「仲が悪かった父親と娘が再会する、家族の話」
「おもしろい? 今度本屋で探してみようかな」
「本屋には売ってないかな。ノベライズが出るかもしれないけど」
「ふうん?」
私は普段本を読まないせいで、タイトルを聞いたことがないし、『ノベライズ』の意味も知らなかった。けれど、何も知らないやつだと思われたくなくて知ったかぶりした。
「今日はうまくできた?」
聞いた途端、どよんと効果音がつきそうなくらい、悠太郎君は全身で落ち込んだ。
「監督に笑顔で追い出された」
「あらー」
「僕のは頑固じゃなくて、反抗期だって」
卓球ってラケットで球を打つスポーツだったと思うのだけど。メンタルの話かな。
「悠太郎君、反抗期なの?」
「そう見えるみたい」
「全然そんなふうに見えない。素直そう」
悠太郎君は眉を下げて笑う。
「どうしたら頑固に見えるかな?」
「えぇ。ならなくてもいいんじゃない?」
「蛍ちゃんは頑固ってどういうイメージ?」
「人の言うことを聞かないとか? 今みたいに」
「ふふっ。人に言われても自分の考えを変えないとか?」
「むすってした顔してるイメージ。あ、クロのことみたいだ。めったに触らせてくれない」
「クロが……」
ふたりとも石畳にいる黒い影に視線を向ける。自分の名前に反応してか、クロは寝そべったままこっちを見上げる。鼻に皺を寄せてぶさいくな顔をした。
「『やかましい。昼寝させろや』って顔かな」
「あはは。悠太郎君うまいね」
クロのアフレコのイントネーションが、テレビで聞くような自然な関西弁だった。
「おばあちゃんがスイカ持たせてくれた。食べる?」
「食べる!」
スイカは一口サイズに切ってある。つまようじも2本つけてくれていた。さすがおばあちゃん。
「悠太郎君は昼ごはん食べてきた?」
「海鮮巻き食べた。おいしかった」
「ここはお刺身おいしいの」
海が近く、隣町は港のある漁師町だ。おじいちゃんの家に来ると、お盆やお正月のごちそうに刺身が出る。こりこりした食感のものはあっちではなかなか食べられない。
「スイカ甘い」
「おじいちゃんの畑で育てたの」
スイカはみずみずしく、食べるとお腹が涼しくなる。喉が渇いていたのもあって、ふたりでたちまち食べきった。
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