09(2)
帰りのホームルームでクラスのゼッケンが2枚配られた。タスキは当日に渡される。体育祭のチームは学年を越えて縦割り班になっていて、私の班のチームカラーは赤になった。
ダイニングテーブルで、体操服の前と後ろに配られたゼッケンを自分で縫いつける。後ろが少しななめになった。まあいいか。針を裁縫箱にしまった。
キッチンからリズムよく包丁の切る音が聞こえる。自分も翔に拒否されないぐらいには料理が上手になりたい。
「渚ちゃんは明日何に出場するの?」
「大縄跳びと部活リレー。あと得点係の仕事」
「係になったって言ってたね」
「紗希さんは高校生のときタスキ交換した?」
「タスキ交換ってなに?」
私が通っている高校は紗希さんたちの母校でもある。でも、このイベントは知らないようだった。伝統ではないらしい。
「体育祭が終わった後、好きな人と交換するんだよ」
「タスキとゼッケンとも体育祭が終わったら返した気がする。私のときはフォークダンスで好きな人と踊れたら、告白もうまくいくって話があった」
「フォークダンスあったんだ」
「3年生だけ。1年と2年は代わりに、曲が止まるときに好きな人と一緒にいるようにしてた」
「おもしろい」
「ね。今思うとこじつけだけど、運命だと思いたくてジンクスを楽しんだところもあったな」
運命や特別感を求める。年代が違ってもそういう気持ちは同じだと思った。
家の電話が鳴りだしたので、場所が近い私が受話器を取る。
「瀬尾です」
『渚?』
「うん。司さん、どうしたの?」
『今日会議が遅くなりそうで、ご飯先に食べて』
「はーい。気をつけて帰って来てね」
まめだなあと受話器を置く。司さんはいつもより遅くなる日は必ず電話をする。
「司さんが帰り遅いからごはん先に食べてって。最近忙しそうだね」
「大きい仕事が入ったみたい」
ジュウッと油が跳ねる音がした。
「今日のごはんはなに?」
「アジの南蛮漬け」
「やった。司さんも魚好きだから喜ぶね」
紗希さんがにこっと笑うのを見て、だからかと気付く。こういう相手への気遣いを目の当たりにすると、心があったかくなって、ちょっと苦しくなる。鼻がツンとするのは多分酢の匂いのせい。
「渚ちゃんは誰かとタスキ交換するの?」
「するよー。でもフラれたー」
「えー!」
紗希さんはびっくりしていた。好きな人がいることも言ってなかったから。
「同級生?」
「祐輔君。翔の弓道部の友だち」
「あの感じのいい子かあ」
「翔にも今日のこともちゃんと報告しないと」
「あの子、協力したの?」
「話聞いてもらっただけだけど」
しばらくの間はふられたのを思い出しては悲しくなるだろう。今日の帰り道、前を歩くカップルを見て泣いた。デザートで自分を慰めようとコンビニに入ったら、失恋ソングが流れていてまた泣いた。
それでも、1年生の頃に比べたら努力したという実感があった。がんばったから、泣いた後に笑うことができる。
「翔は誰かと交換するかな。うきうきしてないから約束してないかな」
「翔のうきうきは親でもめったに見たことない」
「彼女できたのも知らなかったから。そういえば、みーちゃんが翔のこと、人に嫌われることなさそうって言ってた」
「それはうれしいな」
その日の夕食は、司さんをのぞいた3人で体育祭の話をした。
翔は部活リレーと、綱引きとムカデ競争に出るらしい。ムカデ競争のゲタに潰されそうになり、祐輔君に助けてもらった話をすると、「へえ」という反応だった。知ってた。
食事の後に少しだけソファーで居眠りするつもりが、緊張と感情の振れ幅でくたくただったせいでそのまま寝入ってしまっていた。司さんに起こされて目を覚ます。
2階にあがれば翔の部屋の電気は消えていて、もう眠ったようだった。報告は明日にしよう。おふろに入ろうとパジャマを取りに自分の部屋に入った。
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