第2話
07
みーちゃんのスパルタ指導のおかげで中間テストを切り抜け、次のイベントの体育祭が来週に迫っていた。
体育祭の種目決めで、香川先生が黒板に種目の名前と参加人数を書いていく。どれを選ぶか相談する声で教室がざわめく。
「祐輔君は何する?」
「長距離以外なら何でもいいかな。秋本さんは?」
「運動得意じゃないから、あまり走らなくていい種目がいい」
全部書き終えて香川先生がこちらに体を向けた。
「まず体育祭実行委員を決めるか。男子女子ひとりずつ。実行委員になったら学年種目だけでもいいぞ」
シーンとなる教室。みんなうつむいたり、視線をさまよわせたりしている。体育祭実行委員の内容はよく知らないけれど、面倒そうだもんなあ。
香川先生も私たちの態度を予想していたのだろう。「出てこないならこっちで決めるぞ」と黒板の端を端を見る。「今日は5月26日だから、26ひく5で、21番」
「なんで引くんですか」
隣から落ち込んだ声がして、教室に控え目な笑い声が起こる。祐輔君にとってはかわいそうだけれど、チャンスだ。
「次の女子はどうするかな……」
誰かの名前が呼ばれる前にさっと手をあげた。
「お、秋本やるか」
「走る種目になるよりかは」
黒板の体育祭実行委員の文字の隣に「長谷川・秋本」と付け加えられた。
それからみんなは種目を選ぶのに、黒板の前に
「祐輔君、大縄跳びを全力でがんばろう」
「そうだね。がんばろう」
小声で言うと祐輔君も微笑んでくれた。好き。
クラスも同じ、席も隣、係も一緒だなんて、やっぱり今年の運勢は最強だ。にまにましちゃう。
香川先生が紙を手に私たちの前に来た。
「来週月曜日にこの委員会あるから」
「はい!」
「やる気あるな。じゃあこれも秋本に託そう」
その紙は体育祭の出場者の提出用紙だった。雑用も気にならないぐらい私は今上機嫌で、黒板を見ながらクラスメイトの名前を書く。一番下の体育実行委員の欄に、祐輔君と私の名前を書いた。婚姻届を書く練習じゃん。
○
お道具を脇に置いて、正座した膝の前に両手をついて一礼。襖を閉めて、ほっと一息をついた。それから畳に手をついて、痺れた足を気合で立たせ、よろよろと移動して次のお
おいしいお菓子とお茶につられて茶道部に入った。入部の理由は甘いけれど、ぼけっとしていると先生に作法をびしびしと教え込まれるので、学校生活の中で部活を一番真面目に取り組んでいるかもしれない。
和室の隣の水場に茶碗を置き、残りのお道具を取りに行こうとしたら、
「萌ありがとう。足痺れてたから助かった」
「お客さんの役とお点前連続だと痺れるよね」
萌は高校からの友だちだ。実はみーちゃんと同じピアノ教室に通っているから、みーちゃんの話の中で名前だけ知っていた。
茶道部で私も仲良くなってみて、こういう子がモテるだろうなと思った。
みーちゃんみたいに誰が見ても美人と思う容姿ではなくても、性格も話し方も柔らかくて、思いやりがある。萌を悪く言うなら、その人が性格悪いと周りから見られるような、敵なしの良い子だ。
茶道部は顧問の先生とは別に、お茶の先生に外部から来てもらっている。先生が帰られると和室はリラックスした雰囲気になった。
日曜日に介護福祉施設でお茶会をさせてもらうので、準備をしながら体育祭でどの種目に出場するかという話になる。リレーに出るという先輩の話から、部長の先輩が思い出したように言った。
「今年も部活リレー、2年生中心で参加ね」
部活リレーは午前の最後の競技で、運動部、文化部に分かれて走る。走者の学年は自由で、茶道部は去年今の3年生が走ったように、2年生が走ることになっている。今年の2年生は5人で、1年生がひとり入って走ることになった。運動部はよりすぐりの足の速い人を集めて挑んでいる。点数にならないとはいえ、部のプライドをかけて白熱する。一方文化部はゆるい。速さよりもオリジナリティを競うと言っていい。
「去年はバトンに茶杓を使ったっけ?」
「
「走ってるときに頭の部分がどっか飛んでいきそう」
「今年も茶杓でいっか」
「あのー」
バトンの話がひと段落した後、おずおずといった感じで1年生の子が聞いた。
「体育祭が終わった後、好きな人とタスキを交換するって話聞いたんですけど、本当ですか?」
2年生以上の部員が「あーね」という反応になる。
「あるある」
「体育祭の前後でカップル増えるよね」
体育祭に、そんな出どころのわからない暗黙のイベントがある。もちろん交換したい人だけ。競技が終わってからが本番みたいな意気込みの人もいた。
「でも交換してって言うの、告白するようなものですよね」
「卒業式に学ランのボタンもらうノリだよね。3年は最後の体育祭だし、片思いでも言ってみるって子多いかも」
去年は祐輔君とまだあまり話したことがなかったし、何もできずに体育祭は終わった。でも、今年こそは――。
「私も好きな人にお願いしてみます」
ぴしっと手をあげると、おお、とみんなが反応する。
「同級生?」
「同じクラスで、今隣の席です」
「がんばれー」
目標を人前で言うことが大事だと聞いたことがある。逃げ道を断って、実現に向けてまっしぐらになるしかない。
先輩たちは彼氏がいる人はもう約束していて、最後の体育祭だから好きな人にお願いするという人もいた。2年生と1年生も好きな人がいる人はがんばってみようかなとそわそわした雰囲気になる。
冷静に見て、私はまだ祐輔君にとって友だちレベル。本当は告白するより告白されてみたい。でもそのせいでチャンスを逃したくない。
告白するかどうかは考え中でも、来週の月曜日、委員会の後にタスキの交換をお願いすると決めた。祐輔君が好きな人に頼む前に。
部活が終わり、みんなでぞろぞろと昇降口に向かって歩く。4月の頃はこの時間には薄暗くなってきたけれど、今は廊下の電気をつけなくても明るい。だんだん日が長くなってきたように感じる。
私は隣を歩く萌に小声で聞いてみた。
「萌は誰かとタスキ交換する?」
「うん」萌は小さい声で返事した。
「えっ! 誰?」
「同じクラスの――」
萌が教えてくれた名前は、去年同じクラスだった爽やかな野球部の男子だ。
「告白された?」
「うん」
「付き合う?」
「ううん。でも、それでも交換してほしいって言ってくれて」
私は野球部の人に好感が持てた。勇気を出したのだ。ふられても思い出が欲しいという気持ちに共感する。
「その人すごいなあ」
「渚ちゃんは、誰にお願いするのって聞いてもいい?」
「祐輔君。弓道部の、知ってる?」
「去年同じクラスだった。そっか。がんばってね」
萌ははじめびっくりしていたけれど、最後に笑顔を浮かべる。
「萌は好きな人いないの?」
「うん……。よくわからないかも」
「萌モテるのに、もったいない。私が男だったら萌に彼女になってほしい」
私の突然の告白にも、「ありがとう」とふわりと笑った。
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