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第20話

結局、あきは日曜までうちにいた。


ミートソーススパゲティ、チーズ入りミルフィーユとんかつ、からあげとクリームシチューも要求されて、私はせっせとご飯づくりに追われた。


「金ならある、買い出しはいくらでも行くからメシを作ってくれ、朔いも!」


トラベル・インフルエンサーとは、かなり儲かるらしい。何でもスポンサーがくれるから、お金を使うことがあまりないらしいし。



ご飯を食べてだらだらするだけと思いきや、しっかりと「仕事」もしていた。


日本のハロウィンパレードをSNSに乗せるとかで、日曜のいくつかのパレードにかけるちゃんとその彼氏も誘って四人で参加してみた。


暉はヴァンパイア、私は魔女、翔ちゃんたちはゾンビ。メイクアップアーティストも目じゃない高い技術力のある翔ちゃんによって、結構凝ったメイクをしてもらった。


衣装もそれなりにアレンジして、なかなかかっこいい化け物チームになった。翔ちゃんの彼は顔が隠れるメイクにしたから、有名人だと正体がばれる心配なしに心置きなくパレードを楽しめたらしくて本当に良かった。


日曜の夜、翔ちゃんの彼(人気俳優)とワールドワイド(?)トラベル・インフルエンサーの暉が同じ写真をアップしてそれぞれに同じタグをつけたことで、「いいね!」 が国内だけでなく世界中からつけられた。


翔ちゃんによって完璧なゴスメイクを施された私も、誰が見ても正体はわからないだろう。黄色いカラコンにつけまつげをつけたら、信じられないくらい派手な顔になった。しかもセクシーメイクだから、完全に私じゃない。


暉が複数アップした中に、魔女わたしのソロショットがあった。エフェクトかけてくれてあるけど、私が見ても私じゃない。すごく楽しそうで自信に満ち溢れているみたいで、ゴスメイクがめっちゃはまってる。写真を指先で触れると、現れたタグは、


#いも と #my sis のふたつ。


「いも」って何? というコメントがたくさん上がっていた。そりゃわからないよね。


でも、新しいタグとして認識されたらしい。真似してタグる人たちが現れた。


そして……称賛のコメントもたくさん上がっていて、なんだか不思議とこそばゆい気分になった。


小さなころから人見知りで消極的な私に、暉はいつも外の世界とつながりを持たせようとしていた。そして、いつも新しい世界に引っ張り出してくれる。月は太陽の光があるから輝いている。ここ数週間のもやっと淀んだ気分が、すっきりとどこかへ消えてしまった。血は水よりも濃い。兄の癒し力、すごい。


スポンサーからもらったという時計やらブレスレットやらいろいろとくれて、「そのうちまた会おう~!」と言って、暉は日曜の夜に去っていった。



「週末何かいいことがあったんですか?」


月曜の朝、その日のスケジュールを確認し終えた後、専務が不思議そうに首をかしげた。


「はい。兄に久しぶりに会ったんです」


私は穏やかに微笑んだ。相当、心が癒されたみたいだ。


「それはよかったですね。双子でしたよね?」


「はい。兄と一緒に父に電話して……あ、それで、なんですが……お話ししたいことがあります」


「では、午前中の会議が終わったら、ちょっとお昼に外に出ましょう」



専務を会議に見送ると、翔ちゃんに引っ張られて給湯室へ。


「今日のお昼に、専務に話すよ、辞めるって」


「早いほうがいいね。引継ぎもあるし。専務……がっかりするだろうなぁ」


「大丈夫でしょ。私よりも優秀な秘書はたくさんいるもの」


ふ、と笑うと、翔ちゃんは「信じられない」という硬い表情で私を凝視してくる。


「……きみ、まじで言ってんの?」


私は翔ちゃんの表情に構わずにうーんと上を向く。


「そうすると、また2年前みたいな専務つき秘書の座の争奪戦が始まるのかな? 私、翔ちゃんを推薦しておこうっと」


「……おそるべし、山野井朔。平凡なモブ女を装って、実は凄腕のイケメンキラー。近すぎて見えてないって、残酷すぎるよね」


せっかくスルーしてるのに、突っ込み過ぎだよ。私は呆れてため息をつく。


「ばかじゃないの、翔ちゃん。専務は部下思いなだけだよ」


「それは専務が……ああ、まぁ、いいや。じゃあ、ちゃんと伝えてきて」


「うん」




1時に地下駐車場の個人ロットに来てくださいというメッセージどおりに降りていく。


専務はすでにいて、私を見つけると軽く手を上げた。


結婚して車を買い替えたからと、購入して半年足らずのマセラティを兄の副社長から「おさがり」でもらったというけれど。マットアストロブルー色のクアトロポルテは、はっきり言って副社長よりも専務のほうがよく似合う。「どうぞ」といって助手席のドアを開けてくれる。



「シーフード、お好きでしょう?」


専務はそう言って海に向かい、小さな港町の漁師小屋のような年季の入った木造の店の前の駐車場に、ぴかぴかのクアトロポルテをとめた。



「浜焼きの店」と、看板に書いてある。スーツから時計から靴から、全身で100万超のハイブランドを身にまとう品の良いイケメンががらりと引き戸を開けると、お店のおばちゃんたちはぽかーんと一様に呆けて、いらっしゃいませというのも忘れている。わかる。その気持ち、すごくよくわかる。


私は専務の背後から店の中の様子を目の当たりにして、こくこくとひとり納得してうなずいた。店の中はお昼のピークも過ぎてお客はいない。かっぽう着姿の60代から70代のおばちゃんたちが4人、お昼休憩をしていたところのようだった。


外に「準備中」の札がかかっていないので、一応は営業中? の様子。


「よろしいですか?」


専務が声を発すると、おばちゃんたちは一瞬どこか違う世界へ行ってしまった。そして大体5秒くらいして我に返り、接客モードに入る。


「ああ、はいはい! どうぞ! 2名様ね、奥にどうぞ!」

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