解呪とねむり姫?

1

第26話

「……」


「……」


「……」


王太子の執務室。



バルが人払いしたので、そこには三人しかいない。


先ほどから考えがまとまらず、テーブルの上の青いかたまりを凝視するヴァラとヒューとバル。彼らはそれを、額を突き合わせて見つめている。


それは竜が飛び立った時に置いて行ったもので、恵与なのだとヴァラは言った。


ヴァラとヒューが水晶の谷から持ち帰ってすぐに、バルは臣下をしてそれを鉱物学者を城下に訪ねさせたたき起こし、登城させて調べさせた。そして報告によれば、そのかたまりは紛れもない蒼玉サファイアだという。



「これ……竜が生んだわけじゃないよね?」


水晶の谷の一枚岩の上でヒューが訊いた。


「まさか。前脚に握っていたの。私が来た時にはもう羊がいなかったから、食べてしまったお礼なのかも」


ヴァラが肩をすくめて答えた。


「羊一頭にこの塊って……竜の価値基準がわからないな」


「そうね……」


—―というようなやり取りは、した。




「う—―ん……」


バルの眉間に縦ジワが刻まれる。


「このばかデカい宝石を恵与としてどうとらえるか……」


「竜の言いたいことは竜にしかわからないからね……」


バルとヒューはまたうーんとうなる。


そして先ほどからずっと沈黙しているヴァラに二人はほぼ同時に視線を送る。ヴァラは両側から期待を込めた視線を向けられて兄とヒューを交互に見る。


それから一度目を閉じて浅く息をつき、再び目を開けると静かに言った。


「言葉を交わしたわけじゃないから、確実ではないのだけれど。なんとなく、もしかしてそうなのかなと思い当たることがないでもないわ。でもね、私の仮説は……あることを確かめてから、話すわ。だからそれまで少し待って。バル、これは誰にも知られないように、安全なところに隠しておいて」


「なに? もったいぶるね。でもわかった。言うとおりにするよ」


「あることって?」


ヴァラはふと口の端を上げて微笑んだ。


「呪いを解いてみるのよ」


「えっ……」


バルとヒューの声が見事に調和した。


「はい?」





北の塔。


異母兄弟の中でも一番よく似ているといわれるハイデとイェルは、テーブルに着いた両肘を支えにして、同じように身を乗り出して首を傾げた。


その動作のすべての同調具合がまるで双子みたいにそろっていて素晴らしくて、ヴァラは思わず笑ってしまった。



今彼女は王太子の執務室から着替えのために自分の居住する塔へちょっと戻ってきたところだった。


たぶん彼女の帰りを待っていたのだろう、午前中の勉強を仮病で抜けてきた二人と塔の前で会ったのだ。


ヴァラは湯あみをして薄青のコタルディに着替えた。その間二人はお茶の用意をしてヴァラを待っていたのだ。


「ええと……なに? 宝物庫で魔術師と猛獣と蛇に襲われたって? それで今朝は竜に会って、大きな蒼玉をもらってきた?」


「どういうこと? さっぱり話が見えないわ」


二人の頭上にはたくさんの疑問符が浮かんでいるようだ。



「要するにね、クラム侯が奸計のために金で雇った魔術師がさらに欲を出してね、私の代わりに王家の呪いを解いて更なる大金をせしめようと、私の妨害をしてきたの。竜に会ったのは、バルにお使いを頼まれて水晶の谷に行ったから」


「すごいことを次々と……さらりと言うよね」


「本当ね。とても普段昼間はいねむりしている人と同じには思えないわ。あなたがそんなに行動的だなんて、きっと一緒にいるマイヤー卿の影響に違いないわね」


異母姉弟たちは彼女を驚愕の目で見て、陸にあげられた魚のように口をパクパクと動かす。


「それから、ヒューの六つ目の婚約が破談になったわ」


ヴァラが嫣然と微笑むと二人は一瞬静止した後、また同時に目を丸くして叫んだ。


「えええええ?」




ヴァラは四日前のヒューの「用事」について異母姉弟たちに話してやった。


二人は目を見開いて「おおおおおお」と驚嘆の声を上げる。


「なによ……もう反対する理由がなくなったわ! その六番目の婚約者、いやもと婚約者に、感謝しなくてはいけないわね!」


ハイデが胸の前で両手を組み合わせてほう、と息をついた。


「まあ、表向きは侯爵家が裏切られたことになるけれど、使用人と駆け落ちしたという不名誉を公表したとしても、彼女は生き残りたかったということだね。実際、婚約して二年くらい経つから……そろそろ命の危機を感じていたのだろうし。普通の令嬢はどうしようもなく恐ろしいだろうけれど、ヴァラなら呪いくらいどうにかできるだろう。よかったね、ヴァラ」


「本当ね。マイヤー卿は婚約者に逃げられたと不名誉なうわさを立てられるかもしれないけれど、それだけの価値はあるわね。理由が理由だし、彼の落ち度ではないし。ああ、会ったことはないけれど、鷹の谷の伯爵家の令嬢には感謝するわ!」


うっとりと天井を見上げるハイデの横で、ヴァラは彼女の手をそっと掬い取り顔を覗き込む。



「もう……怒っていない?」


ハイデははっと息をのみ、恥ずかしそうにうつむいて、首を横に振った。


「まさか。私のほうこそ、ごめんね。自分でも幼稚だったと思っているわ。森の魔女に薬をお願いしたのは、あなたが半人前だから不安だという理由ではないの。あなたに言えば、必ずお説教されると思ったからなの。私、どうかしていたのね。結婚が決まって、ひどく動揺して追い詰められていたの。あなたはいつだって私の味方で私のことを心から心配してくれるのに、わかってはいても正論で諭されるのがつらかったからなの」


ヴァラはそっとハイデを抱きしめた。ハイデもヴァラを抱きしめ返す。イェルが二人を見て感嘆する。


「もちろん、いつだって、いつまでだって私はあなたの味方よ。でもあの時は……正直言って、あなたのほうが正しかったかな。あなたが出て行ったあと、私も意地になって同じものを作ってみたの。試したわけじゃなかったけれど、偶然、目の中に数滴入ってしまって……でも、熱が上がっただけだったから、やっぱり私に依頼しなくて正解だったのよ」


何気ないヴァラの言葉にイェルが口元に手を当てて驚愕の声を上げる。


「えええええ? それはもしや、あの嵐の夜? 子爵と二人して、魔女殿の庵に泊まった時だよね?」


「あ、いえ、だから、失敗したから」


「失敗……」


「失敗……」


イェルとハイデがまた同時に呟いた。本当に良く同調する。


「そう。二人とも数滴浴びちゃったけれど、ヒューは手について洗い流したら何も効果は出なかったし、私は目の中に入ったけれど熱が出ただけ。そのあとついでに誘惑してみたけれど、彼は落ちなかったの。落ちてくれればよかったのに」


くす、と笑ってヴァラは肩をすくめた。イェルはおろおろと首を横に振る。



「おおお、ヴァラ、なんてことを。彼に同情するよ! 魔女というより、悪魔だ。子爵、恐るべし。よくぞ悪魔の誘惑に一晩耐えた」


「どうしてよ? 彼も明らかにヴァラのこと好きでしょう? どうして好きな相手に誘惑されたのに落ちなかったの?」


ハイデが首を傾げるとイェルは右目をすがめてハイデを見てため息をつく。


「彼の本気度がわからないの? そのときはまだ婚約者がいたじゃないか。ヴァラのこと、ちゃんと考えてくれていたんだよ」


ああ、とハイデは納得して頷いた。


「そのときは失敗だったとしても……今となっては婚約が破談になって本当に良かったわね。彼女も死ななくて済んだから、うれしいはずよ。あとは……公式にはどう動くかね。父上がヴァラの意思に反対なさるはずはないとして、唯一、心配なのは北家の侯爵よね。王命ならば拒否権はないけれど」


「そのことだけど……実はもう、侯爵とともに謁見して婚約破談を報告したときにヒューが婚姻の申し入れをしたらしいから、その場に一緒にいた侯爵もご存じよ」


えええええ? と再び二人の異母姉弟はのけぞった。


「マイヤー卿、やるわね……」


「他家との婚約破談を報告すると同時に王に王女との婚姻の申し入れとは、子爵も大胆だね。父親の侯爵もさぞ驚いたことだろう。好機を逃さないとは、さすが次代の王の右腕候補だね」


「それでヴァラ、彼はあなたに求婚したの?」


ハイデの問いにヴァラは微笑んで頷いた。またまた二人はきゃあああ! と同時に叫んでヴァラの手をそれぞれに握る。


「お祝いしなきゃ!」


「よかったね、ヴァラ!」


 はしゃぐ二人のハグを順番に受け、それぞれの背をぽんぽんと叩き、ヴァラは再びにっこりと微笑んだ。


「ありがとう。でもまずは、呪いを解いてくるわ。詳しくはまた後でね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る