15天国と地獄
おれ様は強い、最強だ、誰の言うことも聞かず唯我独尊であっていい。
おれ様は賢い、天才だ、誰よりも頭が良いからやること成すこと全て上手くいく。
おれ様は優しい、それはそれはお隣のお姉さんに負けないくらい優しくて、仏さまの化身とも言えるほど慈悲に溢れた人格者なのだ。
だからおれ様のすることに間違いはない。
これから
全くどうしようもないトンマだが仕方ない、おれ様とご近所を除いた人類は全てアホばかりだから、おれ様が助けてやらないとすぐくたばっちまう。
と、そんな傲慢に満ちた嘘で臆病な内心を奮い立たせ、アナはようやく量子能電算機を立ち上げた、そうでもしないといつまで経っても心地よいソファで微睡ろみの中籠もってしまいそうだったから。
アナは強い、その天才性で新時代を生き抜くための新技術もすぐに鍛え上げた。
アナは賢い、賢しすぎるその知能は笑顔で近づいてくる大人の卑しさを嫌でもわからせた。
アナは優しい、その産まれの良さに反して愛されて育った彼女は今の時代その頂点近くで生きるには残酷なほど豊かな心を持たされた。
アナーキー3
無政府主義者、テロリスト、愉快犯、世界で最も金持ちをコケにした犯罪者
様々な通称はあるものの、彼女の実際を表すならこれがいい
[おせっかい焼きのお人好し]
「おーい」
〈interference from out.〉
「おい、おーい!」
〈canceling the suspension system.〉
「おい!!!寝てんじゃねーよボケ!!このボケナス!!!!」
〈reboot.〉
突如、覚醒する
穏やかで暖かい海の中をふわふわと漂っていたような気がした、けれど突然硬くて丸いなにかが自分の頭にぶつかってきて…
「あ」
そこで思い出す
「あ、あぁぁぁぁああああ!!!」
あの亀裂から一瞬だけ見えた畏ろしいあの瞳が!瞳が!
『アナ タガワ タシノオ ウジ サマ?』
あのときあの恐るべきなにかが迫ってこようとしたその時、咄嗟に他々人はその右手に握っていた[code]を地面に叩きつけていた。
なにを考えていたわけでもなく、ただ単純にそうしなければいけないと本能に駆られわけもわからず動いた。
幸運、といえるのだろうか。
その瞬間、粗暴な扱いに相応しい報いを与えるべく[code]は罰を起動した、[転移]の罠と言う名の罰を。
通常[転移]の罠はそのダンジョン内における別フロアへその罠を起動させた愚か者を瞬間的に移動させるという単純な罠だった、一階層しかない低難易度のダンジョンではあまりその怖さを実感しにくい罠だが[
通常の[code]が発動させる[転移]の罠とはそういうものだった。
が、他々人が叩きつけたその[code]は単なるボスドロップなどという優しいものではない、
ゆえにその罠も、単にダンジョン内を転移させるなどという生易しいものではなく、自らを斃した相手をならば諸共地獄に送り込まんとするようなものだった。
だからこそ間一髪[
『マタ アエルカ シラ?』
仮にその罠が通常の[転移]だったとすれば他々人は降臨しかけた
しかしそれが幸運だったかと言えばそんなことはなく
[第一一一怪異侵食封鎖区域 思比良屋敷]
新たな苦難の始まりでしかなかった。
「あれは!あれは!あれはぁぁああ!!!」
間一髪死地から脱出出来ていた他々人だったが、不幸なことに
悍ましき灰降る星の愚神、死んだ世界の灰かぶりの瞳に。
亀裂をこじ開けて刹那垣間見えたのは
人の体二つ埋まりそうなほどの高さ、小型のクジラほどありそうな長さ。
黒地に白で丸く縁取られた眼球の中に目が無数と押し込まれていた。
それらが一斉にこちらを視て
認識できたのはたった一瞬だったのに今でもその瞳に覗きこまれている感触が脳を這い回り気が狂いそうで他々人はひたすらに叫んだ。
「ぅあぁぁぁぁああああ!!!」
「起きたと思ったら…うるせぇ!!!!!」
「〈reset〉!!!」
「ぁぁあ…あ?」
「ヨーヨー、寝坊助のノータリン!ゴキゲンかよ!!!」
目の前に他々人がダンジョンに持ち込んでからはその存在をすっかり忘れていた配信ドローンが声高にそこに居ることを主張していた。
「起きたならまずすることがあるんじゃねえの?」
ドローンが問いかけてくる。
男か女かも判別がつかないかん高いキンキンとした声で。
何があったのか、何が起きているのか他々人にはさっぱりわからなかったが、他々人が窮地にあったこと、そこをこのドローンに助けてもらったのは間違いない、と思った。
「ぁ、あ…ありがとう、ございます」
「…?ぉ、おう、そっちか」
「まぁ、気にすんな、とは言わねー、むしろ五体投地で感謝しろ」
「宇白、他々人です。はじめまし、て」
「それで、これは一体なにが…?」
「へぇ…はじめまして」
「アナーキー3だ、このクソ[公社]のドローンでわざわざここまで助けに来てやったヒーローだ、有難く思え!!!」
驚天動地といえば大袈裟だと取られるかもしれないが、他々人にとっていつまで経っても驚かされる、ある意味びっくり箱のような人との出会いが、これだった。
まだ互いにお互いを知らず、相手が自分にとってどういう意味を持つ人物かわからなかった頃、手探りで互いの形を確かめあうことを、臆病な手つきで交わしあっていた。
いずれ、道が分かたれるとしても
今はこうして手を引かれることでともに立っていた。
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