13勝利?
ぶるりと、震える。
その巨体をぶるぶると震わせ苗床があからさまになにか大技を繰り出す兆候を見せている、と他々人は感じた。
既に亀裂は生じ、そこから真っ赤な玉石のような苗床の核の肌が見えている。
しかし、動かない、動けない、ここから動くことは出来ない。
こんなわざとらしい異変を前にして直接〈sword〉でトドメを刺しにいけるほど他々人は大胆でも無謀でもなかった。
だからこそ待つ。
ここは[待]にまわり警戒することこそが…
「hack〈scan〉!」
瞬時、前言を撤回し強行的な偵察を行使する、[待]では足りない、嫌な予感がしたこの敵は─────
〈slag seed plot condition=Preparing 〝
「
「〈code〉change:num=2〈shield〉ぉぉぉおおお!!!」
そして
最後にぶるりと、また一震いしてそれが始まった。
砲撃の嵐だ。
つたない〈code〉でもギリギリで間に合ったようで、銀のワイヤーで編み上げられた大盾が目の前に鎮座している。
それを、打ち叩く、塊、塊、塊!!!
あまりの衝撃に盾ごと後ずさる、周りを見ずとも気配で理解できる、全方位攻撃だ。
おそらくは捨て身の大技、核に纏わりついている大ナメクジ全てを消費してでもこちらを葬り去ろうとしている。
Vは無事だろうか、鍋のふたで耐えきれるのか不安だが〈code〉をそちらに回せばすぐにでも盾を剥がされ全てが終わる─────!
(終わらない、まだ終わらないのかこの砲撃の嵐は…!)
現状なんとか衝撃に耐え盾を構えていられるが、そのうちに〈code〉の力よりも早く、自身の持久力のほうが尽きる、そんな危惧が他々人の頭によぎる。
なにしろ長い、あまりにも長すぎる、こんな無茶な捨て身の大技のくせにどこにここまで延々と弾丸を持続させる余裕が…!
はっ、と、他々人の脳裏に嫌な考えがちらつく。
しっかと盾に力を込め恐る恐る横目に周りを確認した。
ナメクジたちが、戻っている。
遅々としてはいるが、しっかりとした動きで這い、中央部の核がある場所へ戻ろうとしている。
唖然とした
良く考えてみれば最初こそ爆発したかのように全方位にナメクジ弾をばら撒いていたが今では狙いを収束して
盾で防御するのに必死で動けないこちらとは裏腹に、補給される弾丸と修正され収束する砲撃で敵は延々とこちらを攻撃する、いや、もうそれどころかこのままでは遠からず増す弾の嵐に削り殺される
絶望の匂いがする、このままでは[死]ぬ───
しかし
がつん、と、なにか石と石が打つかり合う音がして、瞬間、弾丸の嵐はそれまでが嘘のように突如として止んだ
「change〈sword〉!!」
「うぉぉぉおおおおおあああ!!!!!!」
理解よりも速く本能で動き言葉にならない雄叫びを上げ駆け抜ける
途中、前進を妨げようと大ナメクジたちが他々人に体を向けるがそれも無視して足を前に進める
ナニカを踏んだ、ゴムが焼けるような匂いとふくらはぎに熱が、それでも必死に一歩でも速く前へ、前へ!
実時間にしてみればそれは大したことのない数秒だっただろう、けれど他々人にとってはそれが分に及ぶほど引き伸ばされたように感じた、延々と、じれったくなるような焦りを産む永遠の一瞬が
しかし、やがて、たどり着き
大きく振りかぶり
これが最期の一撃になるように
思い切り力をこめ、他々人は、銀剣を振り下ろした。
びしりと、音が鳴り、玉石の表面に亀裂が走る。
再び振りかぶり振り下ろす、ガツン、ガツン、と鈍い音を立てながら亀裂を更に広げる、最期の一撃と思いながら格好悪いが復活させてナメクジ塗れになりながら死ぬのはごめんだった。
やがて、亀裂は取り返しがつかないほどに広がり、玉石は真っ二つに割れた。
残心は解いていない、まだ悪足掻が残っているかもしれない、とすら他々人は思っていた。
しかし、ついに玉石が崩壊を始め、データの海へ還る電子的分解が開始されたころにようやくに実感が掴めた。
勝利だ。
「勝った、のか」
銀剣を取り落としその場にへたり込む、勝利の喜びよりも安堵のほうが勝り気が抜けた。
「ぎーっゔぃぃぃいいい!」
いつの間にか他々人のすぐ前に立っていた
「がゔ!」
後ろから
原因はわかっている、あの、他々人が頭を諦めに支配されかけた絶体絶命の瞬間に、
その時には既に
「今回の殊勲賞はお前だよ、
「change〈ring〉〈code〉access:num=1〈stitch〉」
指輪から生じた幾本ものワイヤーが他々人たちの周りを巡り、傷を見つけてはその端子から光を放ち癒していく、他々人がレベルアップ時に身につけた二つ目のcodeだった。
戦闘中は余裕もなく行使することが叶わなかった、これを習熟することがこれからの最優先事項かもしれない。
やがて全て傷は癒え、再び苗床の核があった場所に目をやる、[code]があった。
不思議なことに、小さな宝箱の形をしている、それこそ手のひらに乗せてしまえそうなほどの。
ダンジョンでは戦闘で[code]を得る以外に、ダンジョン探索により隠し部屋を暴いたり、迷路を突破することでも宝箱の形をした[code]を得ることが出来ると研究所で教えられた、宝箱からは戦闘で得られる[code]よりも良い[code]が得られる確率が高いという、ボスを倒すこともその出現条件の一種なのだろうか、と他々人は思った。
このときに帰っていれば、と他々人は後から述懐する。
後から考えてもあり得ないが、その目の前の宝箱を放置して帰宅していたとしたら、他々人の未来は変わっていただろう。
他々人は忘れていたが、勝利の余韻で掠れていたが、その洞窟に漂う怖気と寒気は霧散するどころか増して気配を強ませていた。
しん、しん、と戦闘の余波で舞った埃が、まるで真夜中に降る深雪のように静かに振り積もる。
真に恐れるべきものは、ひっそりと彼らのそばに迫っていた。
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