第4話ー得体の知れない魔法と皮肉
「はあぁ…………下の諍いも見てられないし、本当に異世界に飛ばせる女神様が「お前の音楽なら大丈夫」って言ったんだ!出来るさ!!」
自分を奮い立たせながら立ち上がると、人間の性とも言える感情が芽生えて来る。
「んーー、でもなあ…………ここで逃げて適当に生きられなくも…………」
それは、恐怖心だった。
人間、誰しも死ぬのは怖い。
それが、罵詈雑言溢れる戦場なら尚更だ。
しかしその感情は、一瞬にして振り払われる。
「…………って!それじゃあ絶対に親孝行なんて出来ないじゃん!」
両親に支えて貰って生きてきた響にとって、親孝行をすることは何よりも重かった。
だが親孝行をするにしても、この世界を僕の音楽で平和にしなくてはならない。
「もうやるしか無いんだよ響!!やってやれないことはないんだ!!いくぞ!!!」
両親への想いを糧に覚悟を決めると、手早く調弦し、演奏の構えを取る。
演奏しきれなかったし、何よりも、人の心を落ち着かせるのなら、この曲だ。
「すうう……はああああ…………よしっ」
響き渡るは、カノンのメロディ。
ヴァイオリンの弦と弓の毛が擦り合い、旋律を奏でた。
カノンとはギリシャ語で「葦」を意味し、音楽のルールに厳格な曲調が由来だ。
良い雰囲気の音から、沈むような不安な音になり、そして最後に、不安を解消するような、気持ちの良い音を紡いでゆく。
そのようにして、厳格なルールに則った音が波を打つ様に響くため、心を動かされる旋律が奏られるのだ。
そんな旋律を戦場に響かせると、先程まで斬り合っていた人達がこちらを眺めて立ち尽くす。
『おい何だこの音……すっげえ落ち着く…………』
『ああ。俺なんか、死んだおふくろを思い出したぜ……』
『私は廃墟と化した故郷を思い出したわ……』
争っていた観客達は音に合わせ、手に持っていた武器をバタバタと落としていった。
その間も、僕の奏でる、決して大きいとは言えない旋律が、広大な戦場に響いていく。
これが、いわゆる魔法と言うものの影響なのか、はたまた、この世界独自の影響なのかは問題じゃない。
大事なのはたった一つの現実、この音で争いを止めれている現実だ。
しかし、これは皮肉なことだな。
音楽で争いを止めれるのなら、きっと、モーツァルトが既に世界中から戦争を無くしていたことだろう。
だが、現実ではそうじゃない。
だって、そうだろう?
摩訶不思議な力で戦場中に響くこの音も、現実の世界ではそうでなく、何人もの著名な作家が戦争に喘ぐ曲を描いて来たのだから。
結局のところ僕は、音楽という歴史と、摩訶不思議なこの世界の魔法によって、こうして生かされているだけだ。
断じて、僕が凄いのでは無い。
音楽を積み重ねて来た作家達と、この摩訶不思議な力が凄いだけなのだ。
やがて演奏を終えると、僕は戦場の観客達に向かって、深く一礼をした。
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