第8話

「そ、そうですよ。カイさんもオーナーもおじさんって感じしません」


「…そういうものか」


「そうだよ、お前真面目すぎるんだ」


オーナーは肩をすくめる。そして美夜に視線を向けた。嫌な予感がする。


「でさ、桜井さん的にカイはあり?なし?」


「だからやめろ、困ってるだろ」


(どうしよう…)


オーナーの口調からして本気で聞いてはいない。ならばこの雰囲気に乗じてさらりと本音を明かしてしまってもいいのでは、と美夜の中のもう1人の自分が囁く。


そして美夜は決心する。


「ありですね、というかカイさんをなしって言う女性いませんよ」


美夜はその他大勢の中の一意見、の体で笑いながら言った。こういう言い方をすれば、曲がり間違っても本気だと受け取られることはないだろう、と見越して。


「だよな、コイツ学生時代も死ぬほどモテてたんだよ」


オーナーは乗っかった。美夜の返事を所謂人気者に熱を上げる類のものだと受け取ったようだ。変に邪推される気配はない。


「…そうか、ありか」


「ん?カイ何か言った?」


「いや、何も?」


美夜がホッとしてる間にこんな会話が交わされていたが、当の本人は聞いていなかった。


その後、オーナーはカイに美夜が「あり」か「なし」かを尋ねることは流石にしなかったので、この話題は曖昧なまま終わった。美夜は軽いノリとはいえカイのことを「あり」だと言い切ったことが恥ずかしかった。しかし、カイの態度は当然ながら全く変わらないので美夜は望みがゼロだと改めて突きつけられ、内心地味に凹んでいる。


もう無理に恋人を作ろうとせず、心の中でカイを憧れの人として推していた方が余程精神衛生上良い気がしていた。


この時の美夜は、あんなことが起こるなんて全く予想していなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る