第10話

 街へ出たフェリスはドレスショップやアクセサリー、雑貨や小物などを見て回る。

 どれも平民向けの店よりきらびやかで見て回るのが楽しかった。

 そして時刻は日がてっぺんにに昇るお昼時。


「ねえミア、お昼は外食でもいい?」

「もちろん。主人マエストロは三食提供すると言った」


 ミアを振り返り、そう問う。

 淡々とした答えが返ってきた。


「お金はあるの?」

「気にしなくていい」

「分かった」


 疑問に思っていたことだった。

 ここまで基本的には見るだけでいたので一銭もお金は使っていないが、宿を出る時お金も持たずに出る事を心配されたことが気になっていたのだ。

 お昼は予算を気にせず楽しんでいいのならば行く店は決まっていた。

 フェリスは迷うことなく道を進んでいく。

 その先にあったのは大通りが交わる角にある大きな喫茶店だった。

 お昼時なのもあり、中は込み合っていて行列もできている。


「ここ、行ってみたかったの!」


 フェリスは満面の笑みで言った。

 そこは地元で評判の喫茶店で、ケーキや紅茶がおいしいのはもちろん、有名なのは名産地から取り寄せた小麦を使ったパンケーキだった。

 ふわふわで最高に美味しいのだと評判で、遠い場所からわざわざ食べに来る貴族もいるほどの逸品だ。

 フェリスはそわそわと列の最後尾に並ぶ。


「ミア、あなたも食べましょう? すっごく美味しいんだって!」

「人間と同じ食事は摂らない。不要」

「でもせっかく一緒に来たんだし、ね?」


 ミアがすげなく断ってもフェリスが粘りに粘り、フェリスも一緒に食卓を囲むこととなった。

 決まった途端、ミアがため息を吐きながらパチリと指を鳴らす。

 すると店員が一人、ミア達のもとへやってきた。


「ようこそいらっしゃいました、お客様。こちらへどうぞ」

「は、はあ」


 もみ手でもしそうなほどの勢いだ。

 先に並ぶ一般客をしり目に、テープで区切られていた通路へ店員は案内していく。


「こ、これってもしかして伝説のVIP室!?」


 小声でフェリスははしゃぐ。

 この店に何度も通う貴族や高位の貴族限定で通される特別な部屋があるらしい、と噂で聞いていた。

 自分には縁遠いもののためぼんやり聞いていたことを思い出す。


「ミアの魔法のおかげだよね? すごい!」

「並ぶのが面倒。使用人も一緒に食べるなら個室の方が目立たない」


 フェリスの興奮もどこ吹く風、やはり淡々とミアは答えた。

 ミアにも人を操る能力があるようだ、とフェリスは思う。

 オズは圧倒的な力を見せていたが、ミアもかなり力のある魔族なのかもしれない。


 個室に通され席に座る。

 メニューが差し出された。


「しょっぱそうなメニューも甘そうなメニューもある! どっちにする?」

「どちらでもいい」


 舞い上がるフェリスの前で、やはりミアは淡々としていた。


「私、甘いのにする」

「それならば違うものを」


 話を聞いていたウェイターが承知し、下がっていく。

 周囲から誰もいなくなった。


「ねえミア」


 窓の外の人間を眺めていたミアにフェリスは声を掛ける。

 ミアは片耳をフェリスに向けて応じた。


「あなたは何の魔族なの?」


 純粋な疑問だった。

 フェリスがミアに聞きたいことはたくさんある。


「厳密に言えば魔族ではない。人間が言う魔族が人間以外を示すなら魔族になる」


 しっぽでぺしん、と椅子の脚を叩きながらミアが言った。


「魔族以外にも種族があるの? なんて言う種族?」

「人間の言う魔族からは妖精族と言われる」


 あくまで受け身の答えだった。

 ミアは自らを語る言葉を自分の言葉にする気はないらしい。


「妖精!? 妖精ってもっと小さいかと思ってた!」


 フェリスが知っている物語の妖精はトンボのような羽が生えた手乗りサイズの存在だった。

 意外な答えにフェリスは驚く。


「ミアは猫の妖精なの?」

「そう。魔族にはケット・シーと呼ばれる」


 ケット・シー。

 フェリスは物語で目にしたことがある言葉だ。


「ケット・シーって王様がいる?」


 フェリスの質問にミアは意外そうに瞳孔を開いた。


「そう」


 短い肯定の言葉にフェリスは目を輝かせた。

 フェリスの知るケット・シーは妖精で、王政が敷かれており、ある日王様が亡くなり次の王様を目指す猫の冒険譚だ。

 挿絵の猫が可愛くて何度も読み返した愛読書の一つでもある。


「もしかしてミアも王様を目指しているの?」

「目指していない」


 またもミアは淡々と答えた。


「その耳としっぽ、他の人は何も言わないけどどうして気づかれないの? 魔法?」


 今度も淡々と……は答えられなかった。

 ミアはフェリスの言葉に毛を逆立てさせる。


「人間には見えなくしている」


 鋭い眼光がフェリスに向いた。


「なぜ、見えている」


 ぺしんぺしんとしっぽが椅子の脚を打つ。

 警戒するような視線にフェリスが慄いた。


「わ、分からないの。でも見えているのは確かで……私にだけ魔法をかけ忘れているんじゃない?」

「そんなことはない」


 ミアは思案するように顎に手を当てた。

 グルル、と唸り声が聞こえる。

 そうして一つ何か思い当たったのか、目を見開いた。


主人マエストロが言っていたのはこの事か」


 ボソリとつぶやく。

 フェリスの耳には入らなかった。

 ミアは納得したようにため息をつく。

 毛はもう逆立っていない。

 その様子にフェリスはほっと息をついた。


「よく分からないけど、警戒しないで。私はただの人間だから」

「もうしていない」


 先ほどの抜き差しならぬ様子はなんとやら、ミアは両手を上げて肩をすくめた。

 フェリスは困惑しながらも自分の危機が去ったことに安堵する。


(私、舞い上がりすぎてる)


 貴族のお嬢様のように街を見て回り、憧れの店に来て舞い上がっていた事は自覚していた。

 そこから更に物語でしか知らなかった種族に出会っていた事を知って歯止めが効かなくなっていた。

 何が原因かは分からないが、無理に食事に誘い、その上何かとグイグイ聞いてくるのは図々しかっただろう、とフェリスは考える。

 それが不快で威嚇するような鋭い眼光を向けられたのだと思った。


「ごめんね、ミア。私舞い上がりすぎてた。無理ばっかりごめんなさい」


 バツが悪い様子のフェリスにミアは居心地悪そうに答える。


「気にしなくていい」


 それから、なんだか微妙な沈黙がその場を支配した。

 ウェイターが料理を運び、目の前に憧れだったパンケーキが並んでも沈黙は続く。

 フェリスがパンケーキに手を付けるのさえ躊躇っているとミアが限界のように口を開いた。


「私は人間の食べ物を食べなくとも良いが、食べなくともいい。……初めて見る食べ物。美味であれば主人も連れてこよう」


 オズは美食家だとミアが言った。

 これまで頑なだったミアが少し砕けたように笑んでいて、その様子に少しだけ心を開いてくれた気がしてフェリスは目を輝かせる。


「そうしよう! すっごい評判のお店なの! きっと美味しい! 早く食べよう!」


 あれほも手に取りにくかったカトラリーにさっと手を伸ばし、一口口に運ぶと顔をほころばせた。


「今まで食べてきた物の中で一番美味しい……」


 うっとりと頬に手を当てフェリスは噛み締める。

 色とりどりのフルーツが飾られたパンケーキは、動かさずともナイフが中に沈んでいき、口にいれるとしゅわしゅわと溶けるように甘さが口に広がった。


 ミアも気に入ったようで、ぴんとしっぽを上向かせている。


「次はオズも一緒に来よう?」


 コクリとミアが頷いた。

 至福の昼食だ。

 存分に堪能すると今度は一切れのケーキと紅茶が出てきた。

 ウェイターが言うには新作の試作品らしく、それを一足先に食べさせてくれるという。

 紅茶とピスタチオが飾られた鮮やかな緑のケーキがことりとテーブルに乗せられる。


「当店秘蔵の紅茶と、新作のケーキです。どうぞお召し上がりください」


 言葉少なに店員は下がっていった。


「すごい見た目……」


 フェリスは、まずは紅茶から嗜むことにした。

 芳醇な香りが鼻をくすぐり、深い味わいが先ほどのパンケーキの甘さを洗い流してくれる。

 一方ミアはケーキにフォークを入れていた。

 その様子をフェリスはじっと見つめる。

 ゆっくりと咀嚼し、飲み込む。

 表情こそ変わらなかったが、花を飛ばすようにほんわかした空気を纏っていた。

 聞かずとも美味だった事が分かる。


 その様子に目を丸くしてフェリスも一口食べてみた。

 クリームとスポンジの柔らかな食感にザクリとナッツの食感が入ってくるのが楽しい。

 緑のクリームはほろ苦く、その苦さが甘さを引き立てる。

 フェリスは苦いものは苦手だが、この苦さは嫌いじゃなかった。


 食後のデザートまできれいに平らげた2人は店を後にする。


「ほんっとうに美味しかった……」


 夢見心地でフェリスはつぶやく。

 ミアもしっぽの先をピコピコ揺らしていた。

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