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『シュバール国王陛下、戦勝おめでとうございます』
「……うむ」
玉座の間にて。
片膝を突き賛辞を贈る大臣たちに、元第二王子・シュバールは鷹揚に頷いた。
「大臣らよ。接収したラグタイム公国の領土配分は任せる。土地を持たぬ法衣貴族らに与えてやれ」
『はッ……!』
シュバールの目論見。それはまず国内の貴族らから真の忠誠を得ることだ。
「あと、土地の小さな弱小貴族からその地を取り上げ、元より大きな公国の土地を与えてやるのだ。そして接収した地は付近の大貴族に与えてやれば、全員が幸せになるぞ。うむ、よい策だ」
シュバール・ストレイン。
彼は血縁殺しにより成り上がった王である。ゆえに蔑視している者も多いだろうと自覚していた。そこで豪勢に土地でも配ってやれば、みなついてくるようになるだろうと考えたのだ。
その発想自体に間違いはないものの……、
「どうだ、私は偉大な王だろう?」
『は、ははぁ……!』
――与えられるのは、過酷極まる砂漠地帯である。
しかも容赦なき大虐殺によってライフラインが破壊され尽くした惨劇の跡地だ。
自然豊かなストレイン王国の貴種らが、そのような土地に突然の転任を命じられて〝感謝いたします王様〟と言うかは、
「ふはははははっ! あぁっ、やはりこのシュバールこそ真なる王! 王の器を持つ者なり!」
シュバールは一切気付いていない。細い身を反らし、ただただ豪気に笑うばかりだ。
「へ、陛下……」
これには彼のイエスマンだった大臣らも、流石にまずいと思い始める。
「ぁ、あの、陛下。一つお言葉が」
「……なんだ? お前は、私に、逆らうのか?」
「ッッッ!? い、いえっ、その……襟が! 襟が、少し曲がっているのに気付いて……!」
「ああ――なんだっ、そうであったか! ふはは、これは気付かなんだ!」
失敬失敬、と朗らかに笑うシュバール。
だが、その手前で一瞬見せた表情は、まるで幽鬼のようであった。
あのまま異論を挟んでいればどうなっていたか……。勇気を出した大臣の頬に冷や汗が流れた。
「では本日の儀は終了とする。先に失礼させてもらうぞ」
『はっ!』
颯爽と玉座より去りゆくシュバール。遠くなっていくその背中に、ようやく終わったかと、大臣らは胸を撫で下ろす思いだった。
「ああ」
とそこで、シュバールはふと思い出したように止まり、
「私の着替えをさせた使用人。少し曲がった襟のように、首を折り曲げて処刑せよ」
『ッ――!?』
何の気もなく、臣下の処刑を命じながら去っていくのだった。
――そうして残された大臣ら。
彼らは元々汚職を重ねていた奸臣たちで、それゆえに正義感の
だが。
「……どうしてしまったんだ、あの方は……」
「何かが変だ……。プライドは高くも、小心者ゆえ御せると思っていたのだが……」
「しっ、聞こえないようにしろ。何が気に障るかわからぬぞ……っ!」
彼らは、事ここにきて後悔を始めていた。
もしかしたら自分たちは、とんでもない『暗君』を生み出してしまったのではないかと――。
◆ ◇ ◆
そして。
「戻ったぞっ、ザクス・ロアよ!」
「おーう王様! 今日もビシッと決めてやったかァ?」
「ああ!」
玉座の間とは一転。『将軍ザクス・ロア』に与えた王城別館に入ったシュバールは、まるで小さなお手伝いに胸を張る幼児のような雰囲気を出した。
「ふふん、貴様に習ったことを実践してやったぞ。『信賞必罰』というやつだ。貴族たちには大盤振る舞いで土地を与え、逆に使えない使用人には処刑を命令してやったぞ!」
「うぉおやるじゃねえかシュバール!? 配下への度量と寛大さを見せつつ、しかし愚か者は許さない。うーーん、これは王様として満点だぜ。ザクス兄さんが撫でてやろうっ、うりうり~!」
「こっ、こらやめろっ、私は王様だぞ~!?」
乱雑に髪を乱すザクスと、抵抗しつつも楽しげな表情のシュバール。
まるで兄弟のような光景がそこにはあった。
「しかしよいのかザクスよ」
「おん?」
「此度の公国侵略、それを指揮した貴様の手腕は実に見事であった」
――交流軍事演習の名目で首都に本隊を送り、一気に王城を陥落・首都占領を果たして見せた。これだけで既に大金星だ。
しかもその後が秀逸だった。
騒ぎを聞きつけ、首都に救援に向かう公国他領軍。それらと首都占領軍がかち合った瞬間に、敵の背後より総帥ザクス率いる別動隊が奇襲を開始。
たった一万の兵を以って、一国を完全に潰してしまったのだ。
「はっ、別に裏をかいただけだよ。ニンゲンに
「謙遜するな。わ、私は、貴様のことを最大限に評価しようと思っているっ」
慣れない言葉に恥じらいつつ、シュバールは続ける。
「どんな報奨を要求されると思いきや、本当に最初に言った〝行軍費用だけ出してくれればいい〟だと? なんだそれは」
「ハハッ、別にいいじゃねえかよ。そっからお前が〝我慢ならん!〟とか言って、空席だった将軍の地位をくれただろ? 『地獄狼』の部下たちにも正規兵相当の扱いと給与を約束してくれたしよ」
「それくらいするわ! 一国を落としてきた兵団に何も与えなかったら、それこそ
怒鳴るシュバール。だが、ザクスはそんな彼を前にフッと微笑むと、その肩に温かく手を置いた。
「むっ!?」
「シュバール」
「な、なんだっ」
「ありがとうな」
「――」
思いもよらぬ、感謝の言葉。
凶悪な戦闘狂と謳われる男からの一言に、シュバールは固まってしまった。
「な……なに、が」
「なにがって、俺たちを想ってくれる優しさにだよ。……知ってるだろう? 俺ら傭兵結社『地獄狼』は、どーしようもないカス共の吹き溜まりだ。社会のゴミの、集まりなんだよ……」
悍ましい闇色のザクスの瞳。しかしソレが僅かに揺らぎ、ほのかに濡れていくのをシュバールは気付いた。
「ザク、ス……」
「暴力でしか稼げない俺たちだ。どんなに危険な仕事をこなそうが、今までの雇用主は、カネだけ払ってハイ終わり。提示した報酬額に〝高すぎる〟と言うヤツぁいても、まさか……くくっ……」
瞬間、ザクスの目から、一滴の涙がこぼれる。
「〝もっと評価されるべきだ〟と、取り立ててくれるヤツがいるなんてなァ……!」
「っ!」
この時初めて、シュバールは彼の脆い部分に触れた気がした。思わず抱きしめたいと思ってしまった。
粗野で、凶悪で、しかし頼りになるザクス。
そんな男らしい彼が見せてくれた表情。弱み。
それすなわち、最大限の信頼の証――!
「へへっ。だからありがとうよ王様。これからもどうか、俺たちのことを頼りにしてくれや」
「ぁっ……あぁッ、任せるがいい!」
力強く頷き、青年王は宣言する。
「この第九十九代目国王・シュバールが、貴様たち『地獄狼』すらも幸福にして見せると誓おう!」
ああ――まさに目覚めたような気分だった。
そうだ。この世に最初からクズな人間などいるわけがない。理由もなく暴力が好きな者などいるか。
このザクス・ロアのように、
当然の優しさに涙してしまうような、苦痛と苦悩があるのだろう。
(ソレに気付き、救ってやれるのは私だけなんだ――!)
使命感の焔が胸に燃えた。
こうして――彼は
「みなを救ってみせるぞ。私は、王として!」
その覚醒を祝福するように開かれる扉。
驚いてそちらを見ると、大幹部『五大狼』の内の三人である紳士ブルーノ、少女エルザフラン、荒くれ者ヴァンピードが、ドザッとその場に倒れ込んできた。
「なっ、お前たち盗み見してたのか!?」
「うぅぅうぅッ、なんと良い光景でありましょうか……! 我らが総帥ザクス様に、よもや理解者が現れるとは……!」
「ちょっ、どきなさいよブルーノっ!? アンタが興奮するもんだから扉開いちゃったでしょうか! せっかくこのままチュッチュしないかと期待してたのにぃ~!」
「黙れやエルザフラン。クソッ……シュバール王……アンタめっちゃイイヤツじゃねえか……!」
「あのヴァンピーが泣いてるっ!? うえぇぇ~~ん、たしかにいい話だけど、オッサンとチンピラがアタシ様を挟んで涙ぐちょぐちょしてるよぉ~……!」
「おい貴様らーっ!?」
出歯亀連中に怒鳴るシュバールだが、そこでザクスに肩を抱かれる。
「ぬあっ、おいザクスっ!?」
「はははは! おうおうっ、コイツらの言うとおりだ。マジでイイヤツだよシュバールは。お前に出会えて最高だぜ~っ!」
「っ、ふん!」
真っすぐに向けられる笑顔と称賛。それらに思わず口元がニヤつく。
「ほ、ほほっ、褒めても秘蔵の酒しか出さぬぞっ!?」
「ぎゃははっ、話が分かるなぁオイ! おーーーいお前ら、王様が好き放題飲ませてくれるってよ~!?」
「「「やったーーーー!」」」
「好き放題とは言ってないぞ~!?」
途端に酒場のように騒がしくなる別館。お祭り騒ぎのような雰囲気。
それは、貴公子であるシュバールにとっては苦手な空気のはずなのに、なぜか今宵はとても楽しく、思わずついに吹き出してしまった。
「ふふっ、あはははっ!」
「お~っ、やっと笑ったなシュバール!? おうお前ら記念だっ、王様爆笑記念の乾杯だーっ!」
「って爆笑はしてないだろうがっ!? 貴様ら調子乗るなよ~!」
こうして愉快にシュバールの時は流れていく。
酔っぱらったヴァンピードに「王様飲めや~ッ!」と大ジョッキを突っ込まれたり、同じく酔ったブルーノに「わたくしめの妻は非常に美しく聡明で気立てが良く優雅で繊細で甘美でッ」と無限にのろけを聞かされたり、絶世の美少女であるエルザフランに「チューッしてあげるチューッ!♡」とファーストキスを奪われて真っ赤になったりと、本当に幸せな時間を過ごした。
「あははっ、あはははっ!」
ああ、最高だ。自分にもこんなに楽しい仲間たちが出来た。
みんなの笑顔を見ることが出来てよかった。酒が美味くてたまらない。
「貴様たち~! これからは私が守ってやるからなーーーっ!」
「「「「イエェ~~~~イッ!」」」
もう何も不安じゃない。自分は何も間違っていなかった。
心の奥にひそかにあった、
〝公国の民には悪いことをしてしまった〟という罪悪感と、
〝自分は王には向いていないかもしれない〟という疑念は、全部勘違いだったのだ。
「立派な王にッ、私はなる!」
かくして瞳を輝かせるシュバール。
愛する仲間たちと共に、未来に向かって羽ばたいていくのだった――!
なお。
〝チョロぉ~~~~~……!〟
彼のことを愛する者は、この場に一人もいなかった。
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※ちなみにシュバールくんはエルザフランが男なことは知りません。
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